第38話 決着
脱力する陽菜子の隣には、胸を押さえながら時計を見てはにかむ八神の姿があった。
「や、八神さん!?」
「大丈夫、非殺傷性のゴム弾だ。さあ凛ちゃん、怪我の手当てを」
「うわあああああん!」
凛は堰を切ったように八神の胸に飛び込んで号泣した。
言葉にならない言葉と、よりそう7人の少女たちの笑顔を見てまた泣いた。
泣きすぎてありがとうがうまく言えない凛だが、十分に彼女たちに伝わっているようだ。
「それより、このままだとドアばぶち破られるのも時間の問題だ」
八神は最後の弾倉とコンバットマスターを陽菜子に預けると、倒れる戸河里が憑依した男の元へ向かう。
「そう、俺にはまだやることが残っている」
「がっ! っぐうぐううううう」
痛みで呻くのは本人なのか、憑依した戸河里なのか。
「けってめえの姉貴はよぉ、指を一本一本切り落としている時、泣いて許しを乞うたぜ?
泣き叫び声帯の筋肉を切断して声が出せねえ父親がよぉ、滝のように涙流してたぜ、ぐううう」
「そうか戸河里本人だったか」
八神は屋上に手錠をかけられ転がり呻く戸河里に向かい、左手を構える。
その瞬間だった。凛は周囲の空気が突然張りつめたものになったことを肌で自覚した。
(八神さんの周囲が、すごく大きな力、あれって!? お、オオカミ!? 大きくて 白くて、そしてきれい……)
凛の目に見えていたのは、神々しいまでに美しい白く巨大な狼の姿だった。
それは八神を守護するように立ち、そして怒りの表情で唸り声をあげていた。
「なんだそりゃあ!? ああん? ぐぅ、ち、ちからが」
「戸河里いいいいいいいいいいいい! この日のために俺は生きてきた! 家族の仇、取らせてもらうぞ!」
八神の目が怒りに燃えていた。そして大粒の涙がぽろぽろと零れている。
そして白い狼がその巨大なアギトで戸河里に嚙みついた。
『ぎゃあああああああああ!』
男の体はそのままに、無理やり引きはがされた戸河里の霊体を容赦なく噛み砕く。
だが戸河里の体から大量の黒い霧が周囲に溢れ出し、白い狼を覆いつくしていく。
「くっ!」
その声は八神のものだった。
膝をつき、苦しさのあまり吐血してしまっていた。
「戸河里ぃ!」
苦悶の表情の中、断末魔の叫びを続ける戸河里を、黒い霧で苦しみながらも白い狼はその圧倒的な力で霊体を嚙み千切ったのだ。
右腕と腹部を大きく失った戸河里の上半身のみの霊体は、黒くどろどろとしたヘドロのようなものになり、屋上へべちゃりと落下した。
白い狼は全身から何かを発っして黒い霧を打ち祓うも、八神はばたりと倒れてしまう。
そして白い狼は、ぐったりと八神を包み込むように座り込み、そしてすーっと溶けるように消えていった。
凛は気づいた。この場の穢れがあの白い狼によって吹き飛んでしまっていることを。
本条陽菜子は八神の異変に声をかけつつも、破られそうなドアに対し警告後に牽制の射撃で精一杯だった。
「あなたは八神さんを!」
「は、はい!」
凛は倒れむ八神の体を横にし、吐血で窒息しないように背中を叩きながら声をかけていた。
「ごあああああ! ぐがあああああああ!」
バリケードで塞いだドアを突破しようと、作業服の男たちが手を血だらけにしながら這い出そうとしてくる。
その様は、ホラー映画のゾンビを彷彿とさせた。
「これ以上近寄ったら撃ちます! そこで止まりなさい!」
陽菜子の絶叫にも似た警告が響くも、作業服の男たちはまるで自我を失った獣の如く凄まじい力でバリケードを一つ一つ壊していく。
それは明らかな変化だった。
柴山こと戸河理が八神に倒されて後に、統制を失ったように陽菜子には見えている。
こちらの警告がまるで聴こえていない。
「う、撃つしかないの!?」
そしてとうとう、血まみれになった作業員たちが封鎖を突破し、陽菜子たちに向けて雪崩こんできたのだ。
「ふ、二人とも 耳と目を閉じて口を開けろ、ごほっ」
八神の言葉は小さくか細いものだったが、それは陽菜子と凛の耳に確実に届いていた。
凛が耳と目を閉じてすぐのことだった。
轟音と閃光が響いたかと思うと、その後に聴こえてきたのはバタバタバタッ! という別の轟音。
上空からライトに照らされてよく見えず、すごい風のため思わず八神に抱き着いた。
「な、何が!」
それは特殊急襲部隊 SAT /Special Assault Team の突入だった。
ヘリから降下後に陽菜子や凛たちを保護するための隊員と、襲い掛かる作業服の男たちを制圧するための隊員たち。
通常であれば、スタングレネード(音響閃光手りゅう弾)で犯人たちを無力化できるはずであった。
だが、彼らは何も見えておらず、聴こえてさえいないように近くの隊員たちへ襲い掛かった。
「全員確保しろ! ぐあっ!」
武装している犯人を拘束するための訓練された逮捕術や、制圧術、格闘術であれば問題なく対処できるであろう場面であった。
彼らは既に武器を扱うという自我を無くし、素手で暴れまわっていたからだ。
目は血走り、口からは泡を吐き、獣のような雄たけびを上げている。
確保に回ったSAT隊員の腕を容赦なくへし折り、ボディーアーマー越しに噛みついてくる。
現場は混乱の中にあった。
鍛え抜かれた精鋭中の精鋭、SAT隊員たちの膂力をはるかに上回る力で吹き飛ばされる隊員たち。
その状況だけ見ても、上からは全員確保という命令が出ているだろうと陽菜子は理解した。
大勢の味方が現れ、安心したのも束の間、事態は悪化する一方だった。
凛も映画でも見ているかのように現実感がなかった。
「え!? あれって」
組みつかれる隊員たちに圧し掛かる血だらけの作業員。
既に何度か噛みついてるためか、前歯が数本しか残っていない者までいた。
そんな作業員たちの頭を押さえつける白くて細い手が数本。
暴れる作業員たちの頭からは、黒くてどろどろとしたものが蠢いており、それを制服姿の少女たちが……
ある子は金属バッドを豪快に振り回し、ある子はバスケットのユニフォーム姿でバスケボールを豪快にぶつけ、ある子は、ピアノの椅子でえいやっとドロドロを殴りつけている。
「みんな……」
凛の胸は張り裂けそうだった。
あんな目にあったのに、彼女たちは生前の姿であろう元の姿で元気よく鬱憤を晴らすかのように暴れまわっていた。
それを指揮するのは腕に生徒会と書かれた腕章をつけたクールビューティー。
生前の傷一つない美しい藤村杏華がドヤ顔で親指を凛に向けている。
あの白い狼が穢れを祓ったから、みんなが元の姿で――本能的に凛は理解していた。そして力を貸してあげていると。
それからだった、ぐったりと動きが止まった作業服の男たちをSATたちは制圧していく。
わずか10分ほどで現場の状況は終了した。
多くの負傷者を出して。
だが、死者はいない。
彼女たちの魂を除いて。
陽菜子はSATの隊員たちにお礼を言いつつも、事態を見守っていた。
階段側からは多くの作業員たちを確保した鮫島が、傷だらけの姿で涙ぐみながら無事を喜んでくれている。
そのとき、なぜか内ポケットにしまっていた藤村杏華の写真がこぼれおちている。
「あっ」と拾い上げ、しばしその写真を見つめる陽菜子。
鮫島は茶化すようなことをせず、額から流れる血をぬぐっている。
「藤村杏華ちゃん、わたしねやったよ逮捕したよ。仇討てたか分からないけど逮捕したよ、情けない先輩だけどこれからも後輩の分までがんばるからね」
ぽろぽろと涙が溢れて溢れて止まらない。
応急手当を受けていた夏目凛はその姿にもらい泣きをしてしまった。
藤村杏華は、「ありがとう先輩」そう何度も何度も、陽菜子に抱き着きお礼を言っている。
そしていつしか、被害にあった少女たちの姿は人混みに飲み込まれるように消えていった。
凛は自分のことよりも、八神が心配で最後まで付き添い一緒にいたいと申し出た。
それを不安だからと察した救急隊と女性警官たちが彼女の意図をくんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます