ファイル4 祀りのあと
第39話 遠き日のきずな
幼い時の記憶。
夏休み、親族間のトラブルが大事になったらしく田舎の親戚の家に預けられた時。
小1か小2だった気がする。
近所で遊ぶ友達がいなくて、一人で近所の公園に行き錆びついた遊具で遊んだりカブトムシを取ったりして時間を潰していたあの日。
それでも夏の暑さは都会と違って爽やかで、小川の水は透き通っていてトンボを追いかけているだけで楽しかった。
そんなある日、山の近くの公園に出かけると何やら騒がしい。
近所でも評判が良くない高校生が何かわめている。
「おらっ! おい、逃げんなよ!」
「おっ! あたったああああ! ひゃははは!」
何をしているのだろう。
そう思って近づいてみると、高校生たちは白いふさふさの子犬に石をぶつけて遊んでいたのだ。
「やめろおおおおお!」
幼い八神恭史郎は石をぶつけられる寸前の子犬との間に入って、頭に石がぶつかってしまう。
その衝撃とじんじんする痛み、そしてたらたらと垂れてくる血があたたかい。
「なんだこいつ! うぜえな」
「夏休みでこっち来てるガキじゃね? っていうかよ、邪魔するならぶっころすぞ!」
迫力のある声で恫喝する高校生のヤンキーたち。シンナーの影響か、歯が半分溶けてなくなっているためか、とても大きくて怖かった。
恭史郎は、小さく震える子犬を抱きしめた。
子犬も、恭史郎が守ってくれる存在だと分かったのか、すぐに首筋をぺろぺろと舐め始める。
「大丈夫、僕が守るからね」
「おいガキ! そのわんころを早くよこせ! じゃねえとぶっころすぞ!」
「はやく、逃げて! 僕が守るから!」
恭史郎は子犬を山のほうに逃がしながら、叫ぶ。
「逃げて!」
「勝手なことすんな! おらっ!」
イラついていたヤンキーに恭史郎は蹴り飛ばされて鉄棒に胸を打ち付けてしまう。
肺に衝撃を受け、一時的に呼吸ができなくなって苦しむ中でも、恭史郎はこちらを見ながら距離を取る子犬に微笑んだ。
「だ、だいじょうぶだから、逃げるんだよ」
運が悪いことに、あのヤンキーたちはシンナー開けで機嫌が悪く判断がうまくできない状態だった。
蹴られ、殴られ、投げ飛ばされた恭史郎は、体の数か所を骨折するほどの重傷を負っていた。
そんな中、急なにわか雨にヤンキーたちは退散するも、恭史郎は雨に濡れながら子犬を探した。
足を引きずり、体中が痛くて熱く、そして寒い。
雨宿りをしようと立ち寄った古い神社の軒下で、こてんと倒れるように寝ころぶ。
「あの子、無事に逃げられたかな。怪我してないかな。人間嫌いになっちゃたかな」
ぺろっ
そんな恭史郎の頬を撫でるくすぐったくも、心地よい感覚。
「あっお前ぶじだったんだね」
くぅううん
甘えるように恭史郎の腕の中に入ってきた白い子犬は、ふさふさで目がくりっとしたとてもかわいい姿をしている。
「あったかいなぁ……ありがとね」
痛む手で子犬を優しく撫でると、まるで独りぼっち同士だった友達のように二人は仲良く抱き合った。
子犬はとても良い匂いがした。
なにか甘い匂いがする。心地よい、優しい匂い。
どうして、どうして、お前みたいなかわいい子をいじめるんだろう。
そんな奴は、そんな奴は……
・
・
・
恭史郎は病院のベッドでギプスをつけられた包帯だらけの状態で目を覚ました。
ベッドサイドでは泣いている母と姉がいて、喜んでいる。
傷だらけで倒れていたところを発見された。
恭史郎の証言で浮かびあがったあの二人のヤンキーは、意外な場所で発見されていた。
その田舎では誰も近づかない忌地と呼ばれる谷間の沼で、手足が妙な方向にねじ曲がった状態で発見される。
奇しくも、その怪我は恭史郎が怪我した部位と同じ場所であった。
「あの子犬は見つからない? 怪我してたの、僕を助けてくれたの」
近所でそういった犬を飼っている家は皆無であり、目撃情報もないという。
山犬の類ではないかという話になり、狂犬病の検査もしたが無事であったということで母が安堵し大泣きしていたのを今でも覚えている。
・
・
・
「目が覚めたのね」
夢と現実が朧げになっていたようだ。
ふと隣を見ると、白鷺美冬がデニムのジャンパースカートの姿でサクサクとリンゴを剝いている。
「食べる物に制限はかかってないみたいよ。普段運動してるから血液も綺麗なもんだって」
「そいつは朗報だ」
「朗報じゃないわよ馬鹿。無理しすぎなのよ」
そう言って白鷺美冬は八神の口にリンゴを押し込んだ。
シャクシャクと、リンゴを食べるもひどくうまい。
「このリンゴうまいな」
「お父さんが持たせてくれたのよ、神気を練りこんであるから回復も早くなるだろうって」
「そうだ、みんな無事だったか? 俺が助けたあの凛って子は」
「安心しなさい、今日退院らしいわよ。あなたのことすっごく心配してたみたい。とても良い子ね、そして見える子よね」
「ああ」
「仇、討てたのね」
「ああ」
「いいのよ今だけは、やったどーとか勝ったどーとか、ざまあみろとか叫んでも」
「……そういう気分じゃない、何もわかない、心が晴れたりもしない、ただ、悲しいだけだ」
「そう」
白鷺美冬はベッドに腰かけると、起き上がっていた八神恭史郎をその胸に抱きしめた。
「お疲れ様、あなたは立派だった。今はいいのよ、泣いて、私は受け止めるから」
いつしか、病室には八神恭史郎が嗚咽する声がかすかに響いていた。
八神は子供のように泣いた。
万感の思いが、次々と湧き上がり、そして白鷺のぬくもりが溶かしていくようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます