第40話 事後処理
◇
女子高生連続誘拐殺人事件の犯人逮捕のニュースは、一ヵ月以上も報道番組やワイドショーにネタを提供し続けた。
複数犯という事実に、多くの人がショックを受け悪魔崇拝や邪悪なカルト宗教、殺人コミュニティー、ダークウェブの関与、反社や裏社会のゲームなど、様々な陰謀論的な憶測が飛び交っている。
主犯は、
見た目は人当たりの良さそうな好青年で清潔感もあり、一部ではイケメンと人気が出ていたりもしている。
その協力者として逮捕されたのが、あの作業服の男たち15名だった。
彼らは示し合わせたはずでもないのに、記憶が欠落していた。
なぜ負傷し、逮捕されているかが分からないと口をそろえた。
若い者から老年者までおり、共通点は一つだけ浮かび上がった。
あるネットワークビジネスの被害者もしくは加害者、という点。
「ソウルライフマーケット、ここで結びついたんですね」
退院の前日、ぽっちゃり増田がたくさんのシュークリームと一緒にもたらしてくれた情報だ。
タレコミ情報をもたらしたディビエントの使っていた携帯電話の契約先が、その会社だったということで内部リークであったのだろう。
「肝心の柴山は未だに意識不明状態だそうで、原因不明。身体機能に異常は見られず医療チームも困り果てているようです」
「増田さんにも色々と面倒かけました。それに応援手配のおかげで命を拾いましたよ」
「かなり急がせたんですが、捜査一課の小此木課長がすぐにSATを手配してくれたんです」
「まさかSATが来てくれるとはな」
ここで増田がちょっと言いにくそうにしている、そんな表情を見せた。
「どうしたんです?」
「えっと、その実は今回の作戦でSAT隊員も多くが負傷で入院してまして、彼らの隊長から今日面会に行くので時間をもらえないかと」
「断る理由はないと思うし、直接お礼を言いたいから構わないけど」
「そうでしたか、皆さんいいそうです」
増田が声をかけたと同時にわらわらと、ガタイの良い男たちがぞろぞろと病室へ入ってくる。
「おいおい、何事だよ」
「久しぶりだな八神」
そこには警察学校時代の同期である佐竹という大男がいた。
「久しぶりだ佐竹。そっちはSATに入っていたんだな」
「今は副隊長をしているんだが、今日はお前に頼みというかなんというか」
一緒に部屋へ入った隊員たちは腕にギプスをつけていたり、松葉杖をついてる者たちもいた。
死者が出なかったのが幸いというか奇跡のような状況だとも言える。
「実はここからはオフレコで頼む、俺たちが言ったということにしないでもらえるとだな」
「ここはプライベートの空間だ、好きに思ったことを話せよ」
八神がそう促すと、代表で佐竹が話し出す。
「俺たちはスタングレネードでほぼ制圧できると考えていた。これは油断ではなく今でもその判断は間違っていないと思う。
だが、奴らには効果がなかった。
しかも力自慢の隊員たちを遥かに凌ぐ力で襲い掛かってきた。
俺たちも訓練ではどんな犯人であっても確保し、制圧してみせるという自負があるしそのための訓練だって欠かしてはいない。
奴らは、化け物じみた力と痛みを感じていないような動きでSAT隊員を圧倒した。
隊長が射殺命令を出していれば、みな己の安全のために躊躇なく発砲しただろう」
彼らが何を言いたいのか、八神には分かっていた。
凛がお見舞いに来てくれたとき、そのことを話していたのを思い出す。
「助けてくれたんだろ? あの子たちが」
「わ、分かるのか!?」
隊員たちが騒然となった。
「俺は大男に首を絞められていた、あまりの強さに意識を失いかけた寸前、見えたんだ。
年頃の女子高生が、大男の頭から生えたどろどろしたモノを引っぺがそうとしてくれているのを」
「俺の時は金属バットで殴ってくれていた!」
「腕を折られたとき、間に入ってぶん殴って助けてくれた子がいたんだ」
皆、助けられていた。
被害者となったあの子たちが、恐らく憑依したであろう黒い邪念の集合体からSAT隊員を守るためにがんばっていてくれたことを。
その時、佐竹がぽろぽろと泣き出していた。
「なあ八神ぃ、俺たちがあの子たちを助けたかったのに、あんな目にあって苦しかったろうに、痛かったろうに、俺たちを 情けない大人を助けてくれたんだぜ。
ごめんなぁ、助けてやれなくてよぉ」
あの屈強なSAT隊員たちが、堪えきれず泣き出している。
彼らもまた人の子であり、霊の存在を信じているのだろう。いや、信じるにたる経験を経て今にいたるということだろうか。
「んで頼みってのはさ、お前だったら被害者の御両親に会うこともあるだろ? なんかこう、うまいこと言って、助けられた礼ってのを伝えてくれないだろうか」
そうして八神に差し出されたのは分厚い封筒だった。
「これ少ないけどさ、何か慰めにあったり鎮魂だったり、成仏できるようなそんな何かに使ってもらえればと思って皆で集めた」
八神はそれを受け取るかどうか、悩んだ。
「お前らの気持ちは良く分かったよ。俺も同じ気持ちだ。だが、どう彼女たちに還元するかという点においては少し時間をくれないか?
生きてる人間側の尺度でためになるって思っても、彼女たちのためにならないこともあるかもしれない」
「それはたしかに、そうだよな」
「でも、みんなが感謝してるって、その思いは必ず伝えられるように頼んでみるよ」
「そ、そうか頼む!」
いい奴らだ。
現場の警官たちはみんな必死にがんばっている。
尊敬に値する連中だ。
こうしてSATの隊員たちは、気を利かせて増田が買ってきたシュークリームを食いつくしてから満足そうに帰っていった。
◇
八神の元には様々な人物が訪れていた。
無論、捜査一課の事情聴取や課長の小此木がどこで探したのだろうと思うほどの、ちっちゃいメロンを持ってきたりと。
なんだかんだで霊事課課長は、霊事課特製の清め塩や自分の好きな小説を5冊も置いていった。
「入院そんなに長くないんだから、こんなに読めるか」
夏目凛は陽菜子に護衛されてお見舞いにやってきていた。
「八神さん、無事でよかったです。本当に、助けていただいてありがとうございました」
年は17歳というのに、凛は礼儀正しく優しい子だった。
「仕事だから気にしないでくれ」
「でも、あんな危険な目にあって、その大男相手にひるまず投げ飛ばしたり、一人であんな大勢相手に銃撃戦で勝っちゃうし、すごすぎてその」
ここで凛の頬が真っ赤に染まっているのを見て、陽菜子はニマニマしながらそれを見ていた。
「仕事なんだ。それよりも、君のほうが俺よりも何倍も勇敢だった。
俺には銃があった。でも凛は何も持っていないのに、あの状況で恐怖に負けず知恵を働かせ換気ダクトから逃げるという選択をした。
それは誰にでもできることじゃない」
「そうだよ凛ちゃん! すごいってみんな褒めてたよ」
「でもあれって、みんなが助けてくれたから、そうあのSATの人たちをみんな助けてたんです」
「俺たちよりも勇敢な人たちがいたな、あの7人の被害者、いや少女たち」
「わたし、あの人たちの分までがんばらないと、あんなに苦しい思いをして……」
本人が望もうと望むまいと、凛という霊媒体質の少女との出会いが彼女たちにとって戸河里の呪縛から逃れるきっかけになったのだろう、白鷺はそう言っていた。
「だが、これ以上は踏み込むな。既に3人ほど、君と一緒に生きたいもっと青春を楽しみたいって思いにとらわれ憑依しようとしてしまっている。
これは彼女たちの悪意によるものじゃない、君への嫉妬や恩義の強要でもない。
無残に命を奪われたことに対しての、どうしようもない思いから来ているものだ」
「そんな、私は」
「いいか、死者の魂に敬意を持つことは重要だが、君は生きている。だから君自身の意志で生をまっとうしなければいけない」
「わ、分かります。じゃあ、せめて彼女達に助けてもらったということを、ご家族に伝えてもいいでしょうか」
「そういうことなら霊事課でいずれセッティングさせる」
「ありがとうございます!」
気づくと陽菜子がぼろぼろと泣いていた。
「おい本条?」
「だって、だって! 傷ついたのに、誰かを助けようってがんばってるなんて、めっちゃいい子たちですよ! なんていい子なの!」
陽菜子がそう言いながら号泣する姿を見て、凛に入ろうとしていた少女3人は、はにかみながら陽菜子の頭を撫でている。
葬儀が済んだら、白鷺や霊事課が懇意にしている寺のほうで供養祭が営まれるはず。
だが、謎は、謎だらけの事件だ。
なぜ柴山雅人の犯行をソウルライフマーケットの連中がサポートしていた?
戸河里は何の目的で猟奇殺人を繰り返していた?
あの尋常ならざる穢れの力は?
未だに意識が戻らない柴山雅人に事情聴取ができれば、糸口が見つかるかもしれない。
八神は退院後、柴山の病室を訪れることを決意した。
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柴山雅人は警察病院の特別病室で入院治療を続けられていた。
だが、あれ以来意識が戻ることはない。
医師によれば、脳機能や身体機能に問題はなくゴム弾による打撲、一部挫滅などの傷はあるものの命に別条はない。
意識が戻らないことに対して、原因が分からず生命維持的な医療処置を続けるしかないとのこと。
八神は入室を認められたものの、周囲には警官4名が張り付き見張られている。
近づきすぎると復讐とかをするリスクを警戒していたのかもしれないが、八神は霊的感覚を高め霊視にトライした。
「……」
空虚だった。この部屋には穢れはなくただ空虚な空間が広がる。
こいつに魂はあるのか?
そう思うほどに、何の揺らぎも感じない。
そして戸河里の気配も。
戸河里が柴山の魂まで連れて行ったというのが一番しっくりくる、というのが八神の感想だった。
そして八神は霊事課へ復帰した。
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