第50話 厭魅
18時過ぎ、仏頂面をした父こと大和田健三が帰宅。
何やらむすっとして着替えをしていても妻の皐月に声をかけることすらしない。
桐原が交代で帰宅し、津村と小林が戻ってくる。
護は対戦相手がいなくなって寂しいので、トレーニングモードでひたすら練習を始めていた。
どうやら陽菜子に教わったコンボの精度を上げたいらしい。
すると真由が母親と一緒に話している津村の元へとことこやってくる。
「あの陽菜子姉ちゃんは大丈夫?」
「ああ本条のことね、あいつはああ見えて私たちの中で一番強かったりするんだよ」
「!」
安堵したのか、真由の周囲の空気に花が咲いたような明るい笑顔が浮かんだ。
「あのね、おうちにね、よくないのがいっぱいあるの」
子供が自分から話してくれるため、小林も一緒になって真由の話に聴き耳を傾ける。
普通の捜査と違って、霊事関連の調査捜査となると子供の持つ鋭敏で純粋な感覚というものは大切な情報源である。
「その良くないモノってどういうのか分かるかい?」
「あのね、なんか小さくてくろくてね人のね、えっとおまもり「真由ちゃん! ……あ」
突如割り込んだ大和田皐月が、娘の話をさえぎってきた。
「奥さん、子供の感覚ってとても重要なんですよ。ちょっと黙っててもらえますかね。それとも何か隠してることとかあるんでしょうか?」
「おい皐月! お前なにかしたのか!? 話してみろ!」
「あなたまでひどいじゃないですか! 家のことは任せっきりで、おうちを良い空間にしたいって私がんばってますよね? 掃除洗濯欠かさないし、清潔に整理整頓だってしていますよ!?
それなのに私を責めるんですか?」
「そ、そうじゃない! も、真由が言っている良くない何かを知っているか、心当たりがるのかってことだ」
「良くない物なんてありません! 真由ちゃんが言ってるのはお守りのことよね? あれは飯村さんのお母さんから教えてもらったお家を守って幸せになるお守りのことなのよ」
「奥さんその話、詳しく聞かせていただきましょう。それとご主人、大和田さん、あなたは少し黙っていてください。家族を思うためにやったことがう裏目に出てしまうことなんて、みんな大なり小なり体験してるんじゃないですかね?」
小林のドスの利いたその発言に、大和田健三は俯いて任せると言い放った。
◆
本条陽菜子は面談終了後、一度霊事課に戻ろうと思っていたが白鷺美冬から念のために大和田家に来てもらえると助かると連絡を受けたため到着した矢先のことだった。
『本条さん、たった今奥さん大和田皐月さんから重要な証言があった。そこに結界班はいるか?』
「白鷺先輩、津村さんからで、スピーカーにします」
「はいな、どうぞ津村っち」
『白鷺さんがいるのか、だったら心強い。単刀直入に言うが、長男のクラスメートの母親から幸運と家族円満のお守りをもらったので、指示された通りに家に貼ったそうだ。形状に関しては、スケッチしてもらったものを送ったから確認してくれ』
陽菜子は津村から送られた画像を見て、思わず声が出そうになった。
「先輩これってやっぱり」
「かなり強い力を持ってると思ったら、そういうことか。だったらこの辺にあったはず……」
白鷺美冬は部下に命じてリビングのテーブルの上を片付けさせると、持ち込んでいた金属製のお盆を置く。
陽菜子から連絡を受けた八神も二階から降りてきたが、そこで白鷺美冬の指示が飛ぶ。
「ようやく結界が貼り終わったから実行できるわね。こいつと同じ物がこの家の中にあるはずよ、気配から残り12枚、全員が魔除けの手袋をして回収しこの盆へ入れるように」
結界課は既に魔除けの手袋を身に着けていたが、八神と陽菜子はその手袋を受け取った。
五芒星の描かれた、どうにも中二病心を誘う品だ。
「♪」
うれしそうな陽菜子を見て白鷺が微笑んだ。
「あ、すいませんなんかうれしくて」
「陽菜ちゃんのそういう明るい雰囲気のおかげで、みんなこのひどい空間に留まっていられるようなものなのよ。ほっとしちゃうわ」
実際のところ、その謎のお守りの回収は10分もかからなかった。
皆が霊的感覚であそこにある、ここにあると確信できていることもあるが、大和田皐月がお守りとして貼ったために見やすい位置にあったことも大きい。
やはり皐月が家庭をよくしたいという行動であった。
問題はこれを大和田皐月に渡したという人物だろう。
「あの、これってすごい不気味ですよね。どうしてこれを幸運のお守りなんて思えたんでしょう」
「一般人にはちょっと怖めなお守りぐらいにしか思えないかもしれないわ」
「これがこの家の霊障? の原因なんですよね?」
「八神、教えてないの? こういう現場に私たちこれなかったらどうするつもりよ? あんたしっかりしなさいな」
「おいおいちょっと待ってくれ。こんなケースそんなしょっちゅうあってたまるか。つか説明してやってくれよ、こいつがどんな代物なのかを」
改めて見てみると、不気味というより悍ましさが鳥肌を立たせる。
丁寧に人間の形に切り抜かれた厚手のシールのように加工されている。
顔には落書きのような目鼻口、そして体幹部分には訳の分からない文字が書かれていた。
「これはね
「え、えんみ?」
「古くは中国から伝わったとされる呪法はいくつかあってね、有名なところだと
その呪法の中でも厭魅は、偶然作れるような甘っちょろい代物ではないの。
専門知識と呪術の扱いに長けたプロが、積極的に誰かを呪うため、呪い殺すために使用される。
呪詛よ」
「呪うって、何のために?」
「そりゃあ憎いからだろうよ。交流関係やらを洗ってもらっていたが、大和田家は非常に周囲の目を気にして生活している人たちだな、スキャンダルや反社絡み、酒の失敗、女性トラブル、不倫などの問題は微塵もない。
次期、事務次官レースの優勝候補筆頭らしいからな、そのために必死なんだろう。
隙がないからこそ、打開策として呪詛のターゲットにされたのかもしれない」
周囲は頷いていたが、陽菜子だけは理解できずにいる。
「あの出世が大事ってことなら分かるんですけど、そこまで気を付けないといけないんですか?
「事務次官ってのは言ってみれば、この国の官僚制度のトップに立つ存在と言っても良い。
本条は研修時代に教えられたと思うが、事務次官ってのは非常に変わった地位でな、キャリア官僚の同期入省組の中で事務次官になれるのはたった一人。
しかもなれなかった同期組は官僚を辞めるというのが慣習になっているそうだ。
そこまでしてなりたいのは、使命感なのか、やりがいなのか、はたまたおいしい天下り先なのかは知らないがな」
「考えてみるとすごく変わってますね」
「だからこの事件には裏がありありで捜査する必要がある。
クラスメートの母親からもらった、などという証言をそのまま信じてはだめってことだ。
ってことで白鷺はやるのかあれを?」
「私が呼ばれたってのはそういうことだと思うけど、ちょっと実行するのは少し待ったほうがいいかもしれないわ」
「もう少しその 【 クラスメートの母親 】を洗ってみたほうが良さそうだ」
「一度施錠して本部に戻るわ。お盆も呪詛の関係上、ここから動かせないけどね」
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