第49話 ブラッディーホープと穏やかな時間

 ◇


 学校に行かなくていいということで、長男の護と妹の真由は少し不満げではあった。

 そこに朝から折り紙やスケッチブック、ゲーム類を持ってきてくれた陽菜子の登場に喜んだ。


 早朝から出勤時に白鷺美冬から護符を手渡され、散々肌身離すなと言いつけられた父親が不機嫌であったことからも解放されている。


 サポートで同席してくれた桐原は大和田皐月と世間話をして和ませている。


 「お姉ちゃん、それってPSS5でしょ?」

「そうだよ、護君は格ゲーやるって聞いたんで、おうちから持ってきたんだよ~っとセッティング完了!」


 「んで真由ちゃんには、おしゃれメイクシミュレーションゲームの モバイル版を持ってきたよ! これね、面白いんだよ! んとね、おしゃれ魔女 スウィート&ストロベリー!」


 「わあ! 友達がやっててやりたかったのこれ!」

 真由が笑うとこのセーフハウスの空気が一気に明るくなった気がする。


 「お姉ちゃん、えっと僕このスト8強いけどいいの? 一応言っておくけどさ、僕プラチナだからね。クラスじゃ一番強いんだ」

 

 護は話が通じそうな若くて綺麗なお姉さんが来てくれて、少し気恥しそうにしながらもうれしそうだ。


 「へぇ~そうなんだじゃあやってみる? まず2先でいいっしょ(先に2ゲームを先取したほうが勝ちというルール)」


 「いいよ~2先とかちゃんと知ってるんだね」


 「ああ、このパッド僕が使ってるのと一緒。ってお姉ちゃんレバーレス使ってんの!?」


「まあね~、護君は何使い?」


「僕は、エックス! こいつのトリプリニーまじで最強だよ!」

「ほおほお」


 慣れた手つきでゲームを起動させ初期セッティングを完了させていく陽菜子。


「じゃいっくよ~」

 真由も興味があるのか、陽菜子の肩に抱き着くように見物を決めたようだ。


 楽しそうな様子に皐月と桐原も何だ何だと見物にきていた。


 「あれ? いいのかなお姉ちゃん、ハルのモダンタイプなんだね? 僕のエックスとは相性良くないと思うけどなぁ」


 得意げに語る護がかわいくて、つい頭を撫でた陽菜子。


「相性は相性。ようは実力が大事てこと」


「そうだね、じゃあはじめよ!」


 結果は言うまでもなく、陽菜子の圧勝だった。


「つ、つえええ」

 圧倒され呆けている護。

 

 だがその様子を見ていた皐月が物申すわけでもないのですが、という様子で苦言を呈してきた。

「あの子供相手なので、ほどほどにしてあげても」


「違うよママ!」

「え?」


「格ゲーはね、手を抜くのは馬鹿にしてるのと一緒なの。全力で戦うのがマナーなんだよ!」


「え、ああその、そうなのねごめんなさい」

「いえいえそう見えちゃいますよね、でも護君も強ったよ」


「いやあお姉ちゃんまじで強い! モダンのハルであの戦い方って、ブラッディーホープみたかったよ!」


「ぶっ!」


 思わずお茶を吹いた陽菜子は軽く咽ながら必死にごまかす。

「ああ、ブラッディーホープ、さんね。あの人の戦いってなんというか、さ、参考にしてるの」

「やっぱり! 分かっちゃうよ! だってスーパーコンボのイマジンをミスせず決めてくるんだもん! 初めて生で見たよ!」


 負けたというのに興奮気味に語る護を陽菜子はいい子だと思った。


 「真由もやりたい」

「え~真由には早いよ」

「いいじゃない、好きなキャラ選びからやってみよ、ね?」

「うん!」


 どのキャラを選ぶかで性格が出るとも言われているが、真由が選んだのは意外にも大男のプロレスラーキャラだった。


 「本条さんはとても子供の扱いが上手なのね」

 皐月がお茶を入れながら関心したように話てくれる。


 真由と一緒に折り紙を折りながら興味のなさそうな護まで誘って楽しんでいる。


 今日は一日中仕事で子供たちとゲームやら何やらで遊んで過ごせると思っていたのだが、昼前に警察庁から連絡が入ってしまう。


 「あ~、こんなときに面談って何なのよまったく」


 上層部による最近の業務やトラブルがないかについての定期的な面談だという。

 そういえばだいぶ前にあったような気がする。


 「いいよ浅野君を呼んだから。えっとこのゲームやってていんだよね?」

 「よかったら桐原さんもどうぞ。ただオンライン設定にだけはしないでくださいね、って言っても近くのコンビニとかからWi-Fiもらわないと無理ですけどね」


 「本条さん、色々ありがとうございます」

「奥さん、何か必要なものとかあれば帰りに買ってくるので、例えば化粧水とか乳液とか」

「ありがとう本条さん」

 ここで皐月が優しい笑みを浮かべる。

 

 陽菜子が面談に行くのと同時に、浅野が嫌々やってきた。


 だがゲームをしていいという状態だったため、意気揚々と護に勝負を挑もうとしている。


 「おっきいおじさん、僕に勝てるかなぁ」

「おい、俺はまだお兄さんだ」

「おじさんてみんなそう言うよね」

「ぐっ! じゃ、じゃあゲームで勝負してやるからな」


 「おじさんどれくらい強いの?」

「ああ、俺はこないだ始めたばっかりだけど、ランクマでシルバーまでいってるんだぜ」

「シルバーか、うんそうか、強いね」

「だろお?」

「キャラは、シュリアか。こういう露出多めのお姉さんキャラ、いっつも使うタイプ?」

「お、おい、色々深読みするな。なんとなくだよなんとなく」


 圧倒的に護に言い任される浅野を見て、桐原と皐月は噴き出しそうになるのを我慢している。


 「おりゃ! とりゃ!ってなんだよそのコンボ! チートだろ」

「全然チートじゃないけどね、おじ、お兄さん弱いな。僕、5連勝じゃん」


「つか護はランクどうなんだよ」

「僕はまだプラチナ」

「ぷ、プラチナぁ!?」


 ここまでくるとさすがに護も気持ちが良くなってくる。

「まあ、強いけど、弱いかなぁ お兄さん」

「つか勝てる気がしねえ。つかあの中段、卑怯すぎだろ」

「それはねぇ」


 こうして穏やかな午後が過ぎ、備え付けのキッチンで皐月が簡単なお味噌汁を作ってくれたことでほっとやわらかい時間が過ごせた一同。

 

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