第21話 後輩
「八神さん、今のところ異常はありません」
「よかった。安心しました」
母親がほっと胸を撫でおろす。
「あの八神さん、どうされたんですか?」
「ありがとうございます。少し娘さんのお部屋を拝見しても?」
「はい、あの日のままに、なっています」
二階の杏華のドアには、「杏華の部屋」とデコられたドアプレートが飾られている。
ノックをして入室すると、整理整頓された勉強机とかわいらしいベッドカバーが目に入る。
枕元にはあの日以来抱かれることのなくなったクマのぬいぐるみが、寂しそうに座っていた。
「あの子は、娘は、杏華には夢があったんです。将来は東大に入って、それから警察のキャリアになるんだって」
「え!?」
悲鳴に近い声をあげる陽菜子。
「いつかキャリアになって、人の役に立ちたいって。見た目がかわいいとか綺麗とか言われてますが、あの子はすごく正義感の強い子で、本当に私たちの自慢の、むすめ……」
陽菜子は再び母親を支える。
「お母さん……あの、あの」
陽菜子は言い淀んでいるようだ。言っていいのか、迷っているのだろう。
「本条、それは伝えるべきことだと思う」
「え? あの、なにか?」
「あの私、その、実はいわゆるその警察庁のキャリア組なんです、一応、本条陽菜子警部だったりして、あははは」
「え!?」
父親も驚き母親と顔を見合わせている。
陽菜子は杏華が勉強していた机を優しく撫でる。
「いっぱい、勉強したんだよね、分かるよ。うん、私には特別な力はないけど、分かるよ!
がんばるから!
杏華ちゃんがなりたかった、やりたかったことを、人の役に立つ警察官になるから!
絶対に! 犯人逮捕してやるからあああああ!」
陽菜子は机の上にあった写真を見て嗚咽した。
八神は優しく陽菜子の頭をなでる。
増田は廊下でもらい泣きしていた。
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「いろいろとお騒がせしました」
八神が頭を下げると、二人は少しすっきりした顔をしている。
「あの本条さん、よければこれを、あなたに持っていてほしいの」
手渡されたのは、まるでモデルのような美少女が警視庁の前でピースをしている姿の写真だった。
陽菜子はお辞儀をしてそれを受け取った。
「大丈夫、杏華ちゃん。私と一緒に進もう! 一緒に犯人を捕まえよう!」
涙で頬を濡らしてはいるが、その表情は燃えている。
かつてないほどのやる気と、覇気をみなぎらせていた。
そして八神は圧倒される。
陽菜子の体から迸る陽の気が、泣き暮らしていたこの藤村家に溜まったよくない気配を吹き飛ばしている。
不思議と、父親と母親の顔色も来た時より格段に良くなっている。
「ありがとう、ありがとう本条さん」
「いいえ、大事な後輩ですから!」
後輩という言葉に、二人は抱き合って泣いた。
それは悲しみに打ちひしがれるという涙ではなく、娘の思いを受け継いでくれたという安堵からだったのだろうか。
藤村家からの帰り道、陽菜子は「すいませんでした」と謝ってきた。
「なぜ謝る?」
「だって、あまり深入りというか、中立じゃないとだめだって」
「霊事課なら、それぐらいの立ち位置でいいさ」
「え、いいんだ?」
「まあ他の部署じゃ気をつけろよ、足元救われないようにな」
「了解!」
本条陽菜子のやる気がこっちまで元気をくれる。
増田にふと目をやると、微妙な表情をしていた。
「本条悪いが、缶コーヒー買ってきてくれ、やる気あふれてるんだろ?」
「今ならパシリでも受け入れます」
1000円札を渡し、コインパーキングで待っている間。
近くのコンビニは数100mあるので、話す時間はある。
「増田さん、何を見つけたんですか?」
「えっと、その」
「盗聴器ですか」
「……はい」
「その顔だと、出所は警察ってところでしょう。カンドリの一環なんだろうが」
「やっぱり分かっちゃいますか」
「あのやりとりを聞かれたところで何も問題ないさ、警察だから回収も容易だろうからな」
「いいんでしょうか」
「目的は事件の手掛かりを意地でも集めたいってところだろう。ハム(公安を指す隠語)あたりの入れ知恵かもしれないが、念のためってところだろう」
「僕もそう思います、一か所だけでしたが特有の周波数だったので間違いないかと」
「本条には黙っておこう。気にするだろうから」
「はい、そのつもりです。僕もあんな風に、がんばりたいな」
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