第22話 進展

 サイバー犯罪対策課近くの小会議室で再び情報の分析に入った3人。


 「藤村父はプラモデルが趣味だった。メインの塗料はやはりラッカー系であったから、ラッカーアクリル系塗料を扱う工場や建築現場をピックアップするしか方法はないな」


 「今、同じ課の友人に支援を頼んでいますけど、都内だけでも相当な数がありますし、えっと全方向……被害者自宅から360度全ての方向に点在しているため、絞るのはかなり難しそうです」


 「それでも上はジドリを命じてくるだろうな。何か方向を絞ることさえできれば、打開策になりそうなんだが」

 「方角ですか? 北北西 から北西」

 「ん?」

 増田がおや? と陽菜子を見るが、当人はまったく気にとめることもなく資料を見直していた。


 「おい本条、北北西って言わなかったか?」

「え? 言ってませんよ。なんですか二人とも」

「なら今のはなんだ? そういえば夢の件はどうなった?」


「ああ、夢そうですよね。夢なんて見て……あれ? 一言一句忘れてなるもんかって」


 その時だった。

 陽菜子がガタッと立ち上がると、廊下にまで響きそうな声で叫んだのであった。


「忘れてたああああああああああああ! ぎゃああああああああ! あばばばばあああ!」


 あまりの事態に思わず増田が「ひぃ!」と悲鳴を上げて椅子から転げ落ちる。


 陽菜子は机にあった用紙の裏にボールペンで一気に何かを書きこんでいく。

 一切の躊躇なくただひたすらに、ペンを走らせる。


 八神も何事か、やはりキャリア組はどこか頭のねじが飛んでいるのかと心配にもなったがその結果に思わず唸ることになるとは思わなかった。



 『 社の賽銭を盗んだ人がいたの。

 多くのシンシ様はお怒りになったけど、あそこの箱とその持ち主が盗人がいると教えてくれました。

 それから、隣の建物の主とあの箱を私たちが気にかけていたのです。


 だから、あの日の夜はあまりの穢れにシンシ様ですら傷ついてしまいました。

 白くて四角いお餅のような乗り物から、大きなカバンを持った男が歩いてきたのです。


 あれの放つ穢れはこの社に迫ろうとしていましたが、我らの神のシンキが守ってくださったのです。

 

 なので、あの箱は守られております。

 稲荷神の加護を受けておりますので、お調べになるがよろしいでしょう


 そして、あれは いぬい のほうへ 去りました』



 「説明はしてもらえるってことでいいんだよな?」


 「えっと、そのぉ、遺体遺棄現場近くの稲荷神社に行ったことあるじゃないですか?」

「ああ」

「その日の夜に実は夢を見ていたんですが、すっかり忘れちゃってたんです。その、怒ってますよね」

「怒るわけがない」

「そうですよねってえ?」

「この手の出来事は神様の時間の感覚に依存することが多い。今回はかなり急いでくれたのだと思う」


 走り書きにしてはかなり字が綺麗な陽菜子の文面を手にとって、八神は思わず唸り声をあげた。


 「うお! こ、これは!」


 (やはり本条陽菜子は、神々と近しい関係なのだと思う。これだけ嫌な画像を見せつけているというのに本人はケロっとしている。


 驚くべきことはたくさんあるが、夢での会話内容を完全に記憶しているということ。なんて奴だ)


 「あの私がもっと早く思い出していれば、なんで忘れちゃったかな~あのときは絶対に報告して犯人逮捕に近づこうって決意してたのに」


 「いやあすごいですよ、この夢情報? があればさらに絞り込みやすくなります、っていうかすぐにやらせてもらいますからね!」


 ぽっちゃり増田が燃えていた。

 彼もまた、藤村家で実際の被害者遺族と対面し、犯人に対し激しい憤りを感じていたのだろう。


 「このカタカナの部分について推測してみよう。


 シンシ に該当するのは、神使 で間違いないと思う。

 稲荷神社の神は、宇迦之御魂神 (うかのみたまのかみ)という五穀豊穣と商売繁盛の神様だ」


 「あれ? きつねさんじゃないんですか?」


 「誤解されがちだが、狐は宇迦之御魂神の神使ということになっている。

 お狐様は、五穀豊穣の神に使え社を守る存在なんだ」


 「ああ! だからあの男の子は狐のお面をつけていたんだ!」

「すごいな、お姿を見ていたのか。後でおいなりさんだけじゃなく、お酒と玉串を奉納したほうがいいな。課長に申請しておこう」


「それって経費で出していいものなんですか?」


 ぽっちゃり増田が驚きながら利いてくる。

「むしろ霊事課では八百万の神々と仏様に関しては、徹底して敬い加護をいただき助けてもらう立場だからな。あのけちんぼで保身大好きな課長でもそこはしっかり対応しているよ」


「うちの課ってやっぱり変わってるというか。すごいんですね」


 「続けるぞ、あの箱とは 監視カメラで間違いないだろう。増田さん、サーバー上の動画データが復元できるかどうか確認してもらえないでしょうか」


 「今手配してます! そういのが得意な奴が科捜研にいるんで!」


 「よし、では次に白いお餅のような乗り物、これは 想定するに 白のバン、ハイエースってとこだろうな。可能性としては白のアルファード系という見方もあるかもだが、どう思う?」


 「そうですよね、遺体の入った袋を入れて置くのであればバンタイプの車のほうが」

 「情報が集まってきてる、よし落ち着こう……ふぅ、次に大きなカバンを背負った男と言っていた。気を付けなければいけないのが、お告げでは男とまで絞ってくれているのはありがたい。


 神々は男女の違いを気にしない神もいたりするらしいから、大きなカバンを背負えるというのは少なくとも小柄で華奢な体格ではないだろう」


 キーボードを叩く音がさらに加速していく。


 「最後に、いぬい の方角と示してくれた件だ。いぬい の意味が本条には分かるか?」

「いえ、分からない言葉は、音韻だけでもと記憶したので」


 「さすが本条だ。夢でこの記憶力はさすがにとんでもないが、『いぬい』が何を指すのか、これは 十二支 の 戌亥 つまり犬と亥(いのしし)の方角を指し示すと考えるのが自然だ。

 

 忘れてはならないのが、人間の証言であれば裏を読んだりしなければならないが、神のお告げという枠組みで考えなければならない。


 ならば、素直に 戌亥 の方角、つまり北北西から北西と受け取るべきだろう」


 ここで静寂が訪れた。

 増田もキーボードのタッチが止まり、陽菜子は己がとても重要な情報を提示したことと、その責任の重さに改めて向き合うことになった。


 「臆するな。俺たちは俺たちにしか出来ない捜査をして犯人を追い詰める!


 今分かっていることを分析して絞ろう。


 いいか本条! ここまで得た情報はみんなで掴んだ捜査情報だ。お前一人の責任になど絶対にしないから安心しろ、この方針を決めたのは俺だから全ての責任は俺が受け持つ」


 「は、はい!」


 陽菜子はなぜか涙ぐんでいた。

 (研修先でたまに見る責任の押し付け合い。


 そういうのを見るたびに、警察官にならなければよかったのではないかと思うことが蓄積していた。

 だが、この人は違う。


 霊事に関する捜査方向でありながら、毅然と立ち向かう姿勢をもっと学びたい! この人から多くを学びたい! それが杏華ちゃんへの手向けに繋がると思うから!)


 絞り込みは、さらに精度を増していく。


 塗装関係の建物・施設・業者・工事現場という膨大な情報から、白いバンを所有しているか。もしくは親類まで幅を広げて所有者の情報を絞り込む。


 科捜研から連絡があったのは、増田が依頼してから1時間後のことだった。


 「八神さん! 本条さん! 科捜研の友達から、動画データの復旧が可能かもしれないとのことです! 全部は無理らしいのですが、録画時間の6割がサルベージできそうとのこと! ですが少し時間がかかるそうです」


「ありがとうございます増田さん!」



 今まで分かっている情報を絞り込み、方角である北西方向という情報については少し分析が必要になった。


 どこを基点にしての北西方向かだ。

 

 考えうるのが、あの稲荷神社を基点なのか。


 陽菜子が暮らす女性警官用の独身寮なのか。

 それとも警視庁なのか。


 「すいません、私が確認しておけば」


「謝るな。これは人の身ではどうにもならないことだ。そのための捜査機関だ、消去法で絞るだけでもここ数日でとんでもないレベルで捜査が進展している」


 「そうですね、えっとえっと、独身寮の場所がここで、稲荷神社さんがここで、警視庁がここで、となると北西方向には3つの河みたいなのが出てきますね」


 「吉祥寺、所沢、周辺で新座や下北沢……三鷹、荻窪と、きりがないな」


 タブレットでマップデータを呼び出し、縮尺を大き目に俯瞰して見ようとしていてもやりそれなりの件数が現れてしまう。


 (何か見落としているはずだ。感覚的にもう少しのはず、何が足りない!? ここまでのヒントをもらっているのになんだこの違和感は)


 「八神さん、現時点で可能性としての犯人の潜伏先・または自宅に関する情報は、捜査本部に送っておいてよいですか?」


「そうだな、あくまで可能性、プロファイリングや被害者の行動分析の結果ということで上げておいてもらえますか?」


「了解です」


 「俺は他の遺体遺棄現場を回って何か見落としがないかを確認してこようと思う。本条はどうする?」


「私も行きます!」


「僕は分析結果や情報検索、サイバー犯罪課や科捜研との繋ぎをやっておきます」


「お願いします」


 (改めて増田という男の優秀さに八神は感心する。打てば響くといった、ツーカー、こちらの意図を汲み取って先読みして行動できるのは素晴らしい)


 「霊事課に来てくれないかな」


 「はい?」

「いやなんでもない」

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