第20話 遺族

 ◇


 翌日、ぽっちゃり増田を拾った八神と陽菜子は、昨日のうちに手配していた7件目の被害者である藤村杏華の自宅へ向かっていた。


 「自宅は世田谷区~ 一戸建て、3人家族……でした」

 現在分かっている情報を増田が用意してきたタブレットで確認する陽菜子。


 「えっと本当に僕も一緒でいいんですか?」

「科捜研からも盗聴器や隠しカメラなどの痕跡がないかを再調査してほしいという要請が来ていたようだから、増田さんには現場で気になる点を指摘してほしいんですよ」


 「僕に分かるかな、それと犠牲者のご家族にどうやって対応したらいいか」


「心理学的に理想とする対応方法があるのかもしれない。だが、最も大切のなのは礼儀だろう。慇懃無礼は論外だが、礼を持って接すればいい」


「わ、分かりました」


「本条はどうだ?」

「私も同じ気持ちです。今までの研修だとそういった対応は先輩方がしてくれていたので、はぁやっぱり私って甘やかされてたんですね」


 「それを甘やかしと取るかはお前の実力次第だろう」

「えっと、どういうことですか?」


「被害者遺族に聴き取りをできるスキルや経験が不足していると判断された可能性もある」

「そ、それは……はい、正論ですね……ああ、反省です」


「まあそこで反省できるのが本条のいいところだよ。下手したら今の助言で俺は目をつけられて閑職に回されることすらありうるからな」


「そんなことしませんよ! 厳しい意見をくれる人は大切にしろって、うちのおじい様が言ってましたもん」

「素晴らしい考えだ」


 「僕なんかは砂糖漬けで甘やかされて育ててもらいたいほうなので、褒め殺しが好みです」

「素直でいい」


 「だからそんなにお腹出てるんですか増田さん?」

「そうなんですよ、あははは」


 増田のおかげで和やかな雰囲気で到着した藤村家の前には、今のところマスコミの姿はなかった。


 午前10時 約束の10分前に到着した3人は自宅前で軽く打合せをしようとしていたが、突然の怒声に増田などは「わっ!」と驚いて尻餅をついてしまったいた。


 「てめえ八神か!」


 くたびれたトレンチコートのポケットに手を突っ込んだまま怒鳴りつけてきたのは、どう見ても刑事ぽい男性だった。

 歳は50代前半ぐらいだろうか。定年が近い昔ながらの刑事といった臭いが襟にまで染みついていそうに思える。


 「鮫島さん、お久しぶりです」

「お久しぶりじゃねんだよ!」

 鮫島はいきなり八神の胸倉を掴み顔を近づける。

 

「てめえ、捜査一課から飛ばされて牙が抜けたんじゃねえのか!? 閑職飛ばされたからって腐りやがってよぉ!」


「腐ってるつもりはありませんよ」

「目を見れば分かるさ、あの日みたいなぎらついた野獣みたいな目がないからな」


「野獣って、そりゃ鮫島さんのほうでしょ。どちらかというと猛魚って感じか」


 なんてことを言うんだと増田は八神を止めようとしたが、鮫島の反応は意外なものだった。

「へぇ、まだ牙は抜けてねえのか?」

「知りませんよそんなこと」


 ばっと胸倉から手を放すと、びくついている相棒を率いながら肩で風を切って帰っていく。


「八神ぃ! なんか分かったら真っ先に俺に回せ!」

「気が向いたら」

「けっ!」


 陽菜子はああいうタイプの刑事が苦手だった。

 あれに比べると八神はとても洗練された刑事に思える。


 多少の皮肉や講義チックな解説癖などには目を瞑ろうと思うのだった。


 ・

 ・

 ・


 藤村家はまだ新築のモデルハウスのような家だった。

 きっとかわいらしい一人娘と3人の生活はとても優しい空間だったに違いない。

 庭には奥さんが植えたであろう春の花々が咲き誇っているが、その花びらが風に揺れる様すら悲しいもののように思えてならない陽菜子だった。


 「警視庁の八神と本条そして増田と申します。本日お話をうかがいたいと思いお邪魔いたしました」


 「はい、お話は聞いております」


 藤村杏華の母は既にやつれ切っており、もはや言葉に自動で反応するだけの人形のような虚ろさが際立っている。


 3人でお邪魔し、リビングに通されたとき、陽菜子は思わず悲鳴を上げそうになっていた。

 リビングには娘の杏華がもらった賞状やトロフィーがいくつも飾られており、その前で父親が座り込みただ呆然と泣き続けていた。


 「藤村さん、警視庁の八神と申します。お忙しい中お邪魔してすいません」

「もうさ、何度も話を聞いてるんじゃないんですか? 犯人扱いしてきた刑事だっていたんだ、私が娘を? 冗談じゃない! ありえないだろ!」


 藤村杏華の父親は、歳にしては若くかなりイケメンの部類に入ると思った。

 母親も美人系でよく見ると、杏華には二人の面影が強く出ている。


 仲の良い親子だったのだろうことは一目瞭然だった。


 「少なくとも私は絶対違うと思っています」

 「え? け、警察はそういうこと言わないと思っていたが」


 「この部屋を見ればわかります。あなたは娘さんが悪いことをしたときでも、手を上げることさえしなかったはずです。良い意味で親馬鹿、娘ラブの……最高の父親だったのでしょう」


 「お、親馬鹿、そ、そうだよ! それでわるいかあああ! 娘、杏華ちゃん、ああああああああああああ!」


 父親は再び泣き崩れる。八神はそれを抱きしめ、背中を優しく撫でている。


 つられて母親が泣き崩れるのを、陽菜子は寄り添って肩を抱いた。


 気づくと、陽菜子はもらい泣きをして二人よりも大声で泣き始めていた。


 それは……やがて父親と母親が我に返るほどであり、娘のために泣いてくれる女性刑事を見て二人はなんというか少し気恥しそうにタオルとティッシュを差し出してきた。


 「ずびまぜん……」

 ティッシュで鼻をかみつつ、母親が出してくれたお茶を飲んで一息ついた陽菜子。


 「まさか、刑事さんが私たちより泣くとは思ってなかった。なんというか、そのありがとうございます。娘のために泣いてくれて」


 母親も一緒に頭を下げてくれた。


「い、いえすいません! こういうとき泣いちゃだめだって教わっていたのに、ごめんなさい」

「そういう女性警官が一人ぐらいいてもいいだろう」


 「本条さんもですが、八神さんって少し変わった刑事さんですね」

「よく言われます、ついでに私たちが今日お忙しい中お邪魔したのには、確認したいこと、集めなければならない情報があったからです」

「えっとお言葉を返すようですが、もう散々あの日のことはお話しました……もうこれ以上は」


 八神はキョロキョロと室内を見回すと増田にアイコンタクトをする。

「念のため、他の可能性を排除するため、この家に盗聴器や隠しカメラがないかを専門の彼が調査することを許可していただけませんか?」


 「え? ああ、いいですけど、鑑識が済ませたんじゃないでしょうか?」

「念のためです。鑑識後に入れられた可能性もあるからです」


「!?」

「増田さん、お願いします。私はお父さんから聞きたいことがいくつかあるのです」

「どのような内容でしょうか?」


「何かスポーツはされていますか?」

「えっと、草サッカーみたいなのは続けています。もう腰がきついですがね」

「では、娘さんに汗臭い、洗濯ものを一緒に洗わないでって言われたことはありますか?」

「な、ないですよ! 娘はこういってはなんですが、父親の私に懐いているんですよ、パパっこなんです、えっと自分で言うのも恥ずかしいです……なんですじゃないか、だったんです」


 「これは本当なんです。パパが大好きで、他の子が父親を毛嫌いするのが理解できなくて喧嘩になったこともあったとか、私としては仲が良いのはうれしいんですけどね」

 

 母親も困り顔をしていたが、それがもう困りごとではなくなったとすぐに気づいてまた涙をぬぐった。


 「では、におい、そう、お父さんがやっている趣味で何か臭いを発するようなものってありますか?」

 

「え? なんで知ってるんですか?」

「リビングを見る限り、そういった趣味の気配は見当たらないようですが」


 すると父親は罰が悪そうな顔をして頭を搔いた。

 「実は私はプラモデルが趣味で、そのガンプラとか」

「ああ、私もガンプラは作りますよ。時間が足りなくて年に1、2体ですが」

「おお! 八神さんもやるんですか?」

「えっと、腕はまだまだですが」


 スマホから取り出した作品を見せると、父親は飛び上がって喜んだ。

「おお! このスジボリは八神さんが!?」

「ええ、苦労しました。流し込み接着剤がこっちに流れたときは悲鳴あげましたよ」

「わ、わ、わかるううううう!」


 母親がやれやれといったようすで、キッチンからカステラを持ってきてくれたので、陽菜子は喜んで頬張った。


 その姿を見て母親はまた涙を流す。


「あの子は、杏華はカステラに牛乳かけるのが好きだったんです。子供みたいって言うと、おいしいからいいのって……もっと食べさせてあげれば、よかった……」


 「娘さん、杏華さんはプラモデルで使うシンナーの臭いを嫌がっていましたか?」

「まあそれは仕方がないですね、換気したり塗装ブース自作したりがんばってたんですがね」


 (繋がった! あの時の くさい はシンナー系の臭いだ。ならば、拘束場所はシンナー系の臭いが強い場所……工事現場、リフォームで壁塗り中の家の知覚、そして塗装工場などか!)


 八神はすっと立ち上がると二階から降りてきた増田に声をかける。

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