第16話 穢れと加護

 ◇

 

 「あの、どうして僕まで現場に同行なんでしょうか?」


 ぽっちゃり増田を、三件目の遺体発見現場である江東区の関連施設周辺まで連れてきたのには理由があった。

 

 遺体が遺棄されたと想定される時間帯に周辺の監視カメラのデータがすべて破損するという状況が続く中で、唯一画像の乱れはあるものの撮影できていた場所があった。


 それがこのポイントだ。


 「区の出張所の一つがこのビルの一階にあるんですが、地理的にも周辺に大型の鉄塔や電波塔などはありませんので通信障害による可能性も考えにくいです」


 専門家の目で判断してほしかったという点と、気になることがあれば指摘してほしかったからだ。


 「本条は何か気づいたか?」


 「えっと、多分あそこですよね地図によると……何だろう気になるんですあそこ」


 八神は左手が熱くなっていくのを感じる。既に周囲には複数の気配が感じられる。


 「雑居ビルの一階が駐車場になっているタイプですけど、あそこの監視カメラですよね?」


 雑居ビルの一階の駐車場はビル入居者が契約しているであろう車が駐車されている。


 恐らくだが、ゲートやフェンスがないため監視カメラによる防犯対策をしているということなのだと理解できた。


 だが、特に違和感を感じない。

 あたりが暗くなってくる時間帯。

 本条陽菜子を遅くまで連れまわすと課長がうるさいと思ったとき、その本人が小走りにやってきて何かを報告してきたのだ。

 

 「先輩、あの気になるっていうかあれって偶然なんですかね?」


 すっと周囲の気配が八神を取り囲むのを感じる。 

 警戒されているのだろう。


 「警戒しないでほしい。私は殺人事件の捜査でここに来ました。知っていることがあれば教えてください」


 八神が90度に腰を曲げてお辞儀をした先には、裏路地にひっそりと佇む小さな稲荷神社があったのだ。


 二拝二拍手一礼 により、稲荷神へお参りをし挨拶を行う八神。

 増田と陽菜子の二人も、見よう見まねで稲荷神社にお辞儀をした。


 強烈な念が八神の脳を刺激した。

 

 『 穢れ 許さぬ おぞましい 黒き存在 』


 「穢れを振りまく者、犯人を逮捕するため、知っていることを教えてください」


『 主には教えぬ 恐ろしいので そこの娘 ならば 助言 与えてもよい 』


 …… 


 ある程度は予想していた。

 襲われないだけましと思うことにして陽菜子を呼ぶ。


 「本条、ここで稲荷神社へ二拝二拍手一礼でお参りし、犯人を逮捕するために助言をお願いします そう強く、強く念じてみてくれ」


 「いいですけど、霊能力のある八神先輩のほうがいいのでは?」

「俺じゃあだめなんだ。いろいろあってな、相性の問題なんだよ」


 左手が何か触れたような感覚が走る。


 「相性? えっと、お願いすればいいんですよね?」

 「 宇迦之御魂神 様 が稲荷神社に祀られている神様だ。礼を持って接してくれ」


 ぽっちゃり増田は二人の様子に戸惑ってはいるが、食い入るように見つめている。


 「うかのみたまの神様、どうか、悪い犯人を捕まえるために、アドバイスをください!」


 声に出しながら、本条陽菜子が彼女なりの誠意と言葉でお願いをしていた。

 

 八神は財布から1000円札を取り出すと、陽菜子へ持たせ小さめのお賽銭箱へ収めさせる。


 「……」

 5分ほど待っただろうか。

「何も分かりません」


「準備がいるのかもしれない、ここは帰るとしよう……えっとだな、三町? 三町ってどれくらいだ? えっと、三町ほど東にいったところの、おいなりさんがおいしいから、はぁ 買うしかないよな」


 あわててぽっちゃり増田が地図アプリで確認すると、商店街にある総菜屋がお稲荷さんを売っているらしい。


 「おいなりさん! 大好きです!」

 「土産に買っていくか」


 結局のところ、稲荷神社にお稲荷さんをお供えした八神たちは戻ることになった。

 ぽっちゃり増田はいつの間にか八神チームの一員的なポジションになってしまい、明日以降についての打合せまで済ませてしまった。


 霊事課に戻ると、同じ霊事係の桐原と浅野という八神と同年代の元警察官コンビがぐったりとソファーで寝ころんでいた。


 「八神か、さすがにきちいな」

 見たところ、体のあちこちに穢れの痕跡がこびりついており、浅野という穏やかなほうは腰をもみほぐしている。


 「おい、そこまでの穢れ、どこ行ったんだ?」

「7件目の検視解剖に立ち会ったんだよ。ありゃやばいぜ」


 その話を陽菜子の耳に入れたくなかったので、「おい桐原、浅野、土産にお稲荷さんを買ってきたから、そっち系の話は控えろ」


 「まあ、仕方がねえか。よっし俺もいただくとすっか」

「八神さんいただきます」

 

 「いいけど、白鷺たち結界・除霊班の分を残しておかないと、後で地獄見るぞ」

「げげっ! そうだった。ってこれうまいな! 甘さがちょうどいい!」


 そこにちょうどお祓いをしてきたばかりであろう白鷺美冬と同僚の巫女たちが戻ってきた。


 「疲れたあああ! スタバの新作のみたああい! って何この匂いってお稲荷さんだああああああああ!」


 土産のお稲荷さんはあっというまに食い尽くされ、陽菜子も数個食べられたようで安心した。


「なによ。あんたがお稲荷さんだなんて…… 大丈夫だったの?」

「本条がお気に入りらしい。俺のことは最後まで距離を置いていたよ」

「まあそれは仕方がないわよ、んで陽菜子ちゃんは大丈夫なの?」


「カラ元気ではあるが、それもまあ元気のうちだろう」

「ん~みたところ、穢れはないわね。あ、そういうこと、明日は夢について聞く時間をしっかり作ってやりなさい」

「そのつもりだ。というか白鷺には見えてるんだろ? 俺についてるその守ってくれる存在さ」


 ここで白鷺美冬の表情がひきつった。というより凍り付いたように固くなる。

「えっと、縛りでね、言えないの。そういう設定なの」

「おい、設定って言ったか」

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