第11話

「子供がいると申請できる様々な手当を吸い上げる悪質な手口が明るみになった。他にも余罪と思われるケースで4人の子供が保護されることになったよ。お手柄だよ二人とも」


「今回は本条警部があの202号室に異変を感じたことがきっかけでした。

俺は向かいのマンションに現れる田沼光一さんの霊に意識を向けすぎていたので、功績は本条警部のものとして報告しておりますが」


 「まったく堅物だなお前は。それも分かったうえで二人を褒めてるだろう? 武装したチンピラ2名を傷一つなく? 制圧してみせたお前さんの実力だって、上司としては評価しないといかんだろう」


 課長室で先の事件の詳細を報告していた八神たち。

 陽菜子にとって意外だったのは、八神は一切自分の手柄というか功績、活躍したポイントをひけらかすようなことは絶対にしない。


 報告書も読みやすく、文章が綺麗だと陽菜子は感じる。


 陽菜子には確信があった。

 自分がキャリアでもなくても、ただの女性警官であったとしても彼は同じような報告をしただろうと。

 

 八神という先輩刑事への尊敬の念が湧き上がってきていた陽菜子であったが、その後の態度もいたって普通。


 彼にとっては当たり前のことなのだろう。


 課長などは露骨すぎて苦笑いするしかなかったのに。


 「君たちのスピード解決に所轄からもお礼が来ていてね。こういった手柄をたくさん立てて僕の出世の養分になってくださいな」


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 事務処理や課内研修などで立て込んでいたここ2週間ほど。

 陽菜子もこの霊事課での業務の流れが分かりかけていた。


 「私って、霊能的、呪術的才能がまったくないって言われてしまいました」


 ちょっとだけ残念そうにこぼす陽菜子。


 「うちの退魔班で受けた研修のことね。お祓いとか除霊、退魔法の才能っていうのはまあ持って生まれたものだからがっかりしちゃだめよ」


 白鷺美冬がしぼむ陽菜子に空気を入れている。


 「ひどいんですよ、ここまで才能がない人も珍しいって」

「でも、陽菜子ちゃんにはまずその辺りにいる雑霊や浮遊霊なんて類のものは、近づくことさえできないと思うわよ。

 陽菜子ちゃんの持つ陽の気はすごい力を持ってるから明るく、ポジティブに過ごしているだけで周辺のお祓いや親しい人の除霊なんかはできちゃうと思うの」


「あっ!」

「どうしたのよ」


「警察大学校の寮にいたときなんですけど、いわくつきの部屋があってそこに私があてがわれちゃったんです。でも何も起こらなくて、逆に過ごしやすい部屋になってました」


「だったらお経や祝詞を覚える必要なくてラッキーじゃない」

「それもそうですね!」


 既に陽菜子は霊事課のマスコット的存在で皆にかわいがられている。

 他の霊事課の各班からも気遣いをされているのは、陽菜子がキャリア組だからではなくその人柄によるものだろう。


 そんな時、本庁に呼ばれていた八神がいつものようにふてぶてしい顔つきで戻ってきた。


 だが数分デスクで考え事をした後、陽菜子に声をかけてきたのだ。

「本条は今時間あるか? 研修予定とかあればいいんだが」

「研修レポートは書き終えたので、今は来月警察庁である講座の資料を読み込むぐらいです」


「だったら、少し外へ出るぞ。課長には許可をもらってある」

「外へ? はい、かまいませんけど」


 白鷺美冬が外出しようとする八神に声をかけた。

「あんまり陽菜子ちゃんを都合よく使っちゃだめよ?」

「そのつもりはない、先日相談したあの件だよ。根回しは済んだ」

「ああ、そうか。あんたにしては気が利くじゃない」


 背中をパシッと叩いた白鷺美冬は、優し気な笑みを向けていた。

 

 八神の車に揺られながら、陽菜子はあの事件の顛末について、改めて整理していた。


 保護責任者遺棄容疑で逮捕されたのは、菅沼沙織 42才 


 菅沼朱里 (じゅり)ちゃん4歳 女児 を保護。


 一時脱水症状がひどく意識混濁状態になっていたが、現在は回復し食欲も旺盛。

 陽菜子はこの一週間、何度かお見舞いに行っていたが陽菜子にだけは懐き抱き着く様子が見られる。

 

 田沼光一のひき逃げ事件についても、一昨日ようやく進展が見られた。

 菅沼沙織と共謀していた暴力団下部組織所属の 斎藤忠雄と東山徹 の二名による犯行との供述を得られた。

 裏付けとして馴染みの産廃業者に事故車を処分させていたことも判明。

 これにより菅沼沙織は保護責任者遺棄、麻薬取締法違反など複数の容疑で再逮捕された。


 田沼光一をひき逃げした理由について、菅沼朱里ちゃんが劣悪な環境にいることを知ってから何度も訪問したり関係各所に通報したりと目ざわりだったためと語った。


 あまりにも身勝手な犯行。


 車がついたのは朱里ちゃんが入院している病院だった。


「あっここって朱里ちゃんの」

「そうだ、まずは朱里ちゃんに会いに行こう」

「はい!」


 子供のように喜びはしゃぐ陽菜子を見ていると、つい妹のことを思い出してしまう。もしかしたら陽菜子と気が合うかもしれない。


 キャリアだということを知れば、妹の勉強に対するモチベがあがるやも? と思うと、少し陽菜子を手懐けてもよいかもしれないと思いながら小児科病棟の待合室で待機する。

 

 陽菜子は看護師さんが連れてきてくれた朱里ちゃんと抱き合って喜んでいる。

 朱里ちゃんは4歳にしては小柄だが、とてもかわいい女の子だ。 


 こんなかわいい子をどうしてあのような目に合わせられるのだろう。


 あの時は髪はぼさぼさで悪臭を放っていたが、今は天使のようなほわほわな雰囲気を放っている。


 救いがあって良かったと八神は本心から思う。


 その時だった。


 「あの、八神さん、でよろしいですか?」


「あっはい。警視庁情報支援室の八神警部補です」

 八神は立ち上がりお辞儀をし、警察手帳を提示した。


「ご丁寧にありがとうございます。田沼美佐希です、あの田沼光一の妻です」


「わざわざお越しいただきありがとうございます」


 田沼美咲は30代後半にしては若く見える大人しそうな女性だった。

 夫である田沼光一とは夫婦仲も良かったとされるが、かなり綺麗な人だと八神は思う。


「あそこで子供と遊んでいるのが私の部下で本条と言います」

「あの、とても器量良しでかわいらしい女の子ですが、呼び出されたことと関係があるのでしょうか?」


「今から話すことは、オフレコ、つまり田沼さんの心の中に止めておいてもらえるとありがたいお話になります。ご主人のことについてです」


「主人の…… 聞かせてください、どんな些細なことでも良いので」


 八神はあのマンションとアパートであったことを伝えた。

 最初は不審者の調査であったが、田沼光一らしき霊を目撃し彼の導きであの子を保護できたこと。

 「あの、失礼なことを承知で伺いますが、あの八神さんはその、見える方なんですか?」

「……本来であれば言わないことにしているのですが、今回は事情が事情なので、はい見えます」

「そ、そうなんですね」


 田沼美咲は混乱しつつも、夫が誰かを救うために凶行に巻き込まれたということに強い憤りを抑えきれていない。


「通常といいますか、ほとんどの霊は、自分が死んだことが理解できなかったり、他人に痛みを理解してほしくて憑りついたりと、死んだことに気づかず生前と同じ行動をしていたりなんです」


「え、なら主人はどうして」


「田沼光一さんは凶行に巻き込まれて尚、幼い命を守ろうと助けようと、訴え続けてくれたんです」

「!」


 田沼美咲の目から、ぽろぽろと涙が、抑えきれない涙が溢れ出していた。


「こ、子供好きな人でした。私たちには子供ができず、それでも誰かの責任にしたりせず、天からの授かりものなのだから気長に行こうっていつも笑っているような、いる、そ、そんな光一、さん」


 田沼美咲は声を押し殺しながら、嗚咽していた。

 

 「あの状況で誰かのために、誰かを助けたいと行動できる人を、魂に私は会ったことがありません。心から田沼光一さんを尊敬します」


 何度も頷きながら田沼美咲は声を上げて泣き出していた。


 そんな田沼美咲の手に触れる存在があった。

 揺れるネクタイの模様に見おぼえがある。


 田沼光一だった。


 生前の怪我のない元気な姿で美咲の手を握り、優しく抱きしめくれている。

 そして、八神に向けて照れ臭そうに微笑み頭を下げてきた。


 反射的にお辞儀をした八神の様子に田沼美咲は気づかなかったが、あえて言葉にすることをやめておこうと飲み込んだ。


 すると田沼光一は朧げに霞になりつつも、優しく頷いた。それでいいんだと伝えないでいいと。

 その思いが伝わる。

 言えば、そばにいると言ってしまえば、きっとその影をぬくもりを求めて美佐希は光一の存在をいつまでも探し求めてしまうだろう。


 そんな美佐希の手に再び揺れる存在があった。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


「え? あ、っその、ごめんなさいね。うっありがとね」


 美咲は朱里の手をとって、優しく握りながら頭を何度も撫でている。

「朱里ちゃんは、人見知りなところがありますけど、こんなに懐くなんて珍しいですね」


 付き添いの看護師が、うれしそうに頭を撫でられる朱里を見て少し涙ぐんでいる。


「え? じゅ、朱里ちゃんって、あの、まさか!?」


 田沼美佐希が涙で濡れた頬のまま八神に振り向いた。

「はい、ご主人が命を賭して助けた子です」


「そ、そうだったの、そうだったのね、ありがとう、ありがとうね朱里ちゃん」


 田沼美咲は朱里を抱きしめ、さらに泣いた。いつしか、朱里もまた泣き出していた。

 母のぬくもりを知らずにいたこの子が、初めて、心から許せるぬくもりを感じられた瞬間だったのかもしれない。


 本条陽菜子はと言うと、声を上げて号泣していた。人目もはばからず。


 素直な奴だな、だがそう思える心は大切にしてやりたい。


 ほろりと、いつの間にかもらい泣きをしていた八神は、窓の近くで消えかけていた田沼光一に再度、敬礼で見送った。

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