第24話 現場
課長に今日の予定を報告した後、いつも通り元気な本条陽菜子と合流する。
「今日は5件目の被害者、能代真雪さんの遺体遺棄現場ですよね?」
「どうした?」
「いえ、この事件だけどうしてあんな……」
八神には陽菜子の言いたい事が良く理解できた。
「本条は今日、本部で待機しておけ」
「え? なんでですか? 単独行動は禁止されてますよね?」
「人手がなかったら結界班の白鷺でも連れていけばいい」
「わ、私じゃだめな理由はなんですか、教えてください」
本条陽菜子が憤っている。外された、放り出されたと受け取ったのだろう。
「お前は入り込みすぎている。そういうとき現場に行くと、起こるんだよ」
「起こるって何がですか?」
「持っていかれるんだ、あっち側にな」
「え? あっちって」
「強く 【 死 】 の側に引っ張られるんだ。漠然とすぎていて納得してもらえる自信はない」
「引っ張られる……そんな個人の感覚を基準に外さないでほしいです」
「陽菜子ちゃん」
そこに現れたのは、巫女服姿の白鷺美冬だった。
「白鷺先輩?」
「こいつはまあ皮肉屋で口が悪くて女の子の気持ちなんてまるで考えられないアホだけど、今回は的を得たこと言ってるわよ」
「先輩も?」
「少し気負いすぎちゃってるのよ。それは誰にでもあるから、仕方がないしむしろがんばれる陽菜子ちゃんをすごいと思うわよ」
「は、はい」
「今ね、遺体遺棄現場周辺は穢れで満ちているの。ひどいものよ、普通の人は通り過ぎただけで体調を悪くしたり、下手したら死にたくなってしまったりするわ」
「そ、そこまで影響を受けるものなんですか?」
「受けるわよ。こいつが言葉足らずに死に引っ張られるって言ったのは正しいわ。証拠というか、私が最近忙しくしてるのは遺体遺棄現場に入った鑑識が体調不良で休んだり入院したりしてるの」
「え?」
陽菜子の顔から血の気が引いているのが分かった。実害というものを聞いたからだろう。
「そこで私たちがお祓いに借り出されているの。ここだけの話だけど、知り合いにお祓いできる人がいるってこっそり紹介された という設定でね」
「ど、どうすればいいんでしょ」
「まあこうなるだろうと思って、護符を持ってきたから二人とも持っていなさい」
お札サイズのクリアケースに入ったお手製の護符が渡される。
「これを内ポケットにでも入れておいて。でも長居はだめよ、こないだ江東区の現場で無事だったのはお稲荷様が守ってくださったからだってこと、肝に銘じておきなさい。そして感謝を忘れないようにね」
「じゃあ護符をがっつり装備して現場行ってみるか」
「はい!」
◇
5件目の被害者、能代真雪
品川区にある公園の滑り台の上に遺棄されていたところを、散歩中の主婦に発見された。
能代真雪さん 17歳 読者モデルから雑誌モデルになったばかりで、容姿に恵まれ雑誌だけではなくイベントにも呼ばれるような売り時の上り坂であったという。
その彼女はモデルの撮影が終了後、午後22時過ぎに墨田区の自宅付近で消息が掴めなくなった。その日のうちに警察へ捜索願が出され必死の捜査も空しく三日後に公園で変わり果てた姿で発見されてしまう。
能代真雪の事件については、連続殺人事件と結びつけるのは早計という意見も内部にはある。
他の事件と同様に徹底的で執拗なサディズムはあるものの、犯人の特徴である切断が一切されていないという点が捜査本部を混乱させた。
能代真雪は、全身の皮を全て剥がされた状態で殺されていたのだ。死因は失血死。
その手際は外科医も舌を巻くほどであり、被害者が受けた痛みは想像することすら困難なものであろう。
そのため当初、DNA鑑定をするまでは能代真雪との身元照合に時間を要したという経緯もあった。
アルファロメオ・ジュリエッタの助手席でタブレットを食い入るように見つめる陽菜子。
そこで八神は途中にあるコーヒーショップの駐車場に車を滑り込ませた。
「あれ? どうしたんですか?」
「本条悪いんだが、すこし付き合ってくれ。ここの新作が飲みたくて我慢できないんだ」
「え? 先輩でもそういうことあるんですね? 意外! 私も飲みたいです、CMがめっちゃ動画に出てくるんですよ、しかも寝る前に! あれ飯テロですよね」
「まったくだ」
まあ飲みたい気持ちがあったのは事実だ。
「先輩はストロベリーか」
「というかおい、俺が誘ったから奢ってやるとは言ったが、なんだそのトッピングのてんこ盛りは」
「こういう機会でもないと頼めないじゃないですか~ うまぁ」
もはや何味であったのか分からないほどに、トッピングが贅沢に盛り付けられており近くの女子高生が何やらこそこそ話している。
「まったく。お前が昇進したらこっちの頼み、聞いてもらうからな」
「そこで俺も昇進させろとか、楽な部署にしてほしいとか、天下り先用意しろとか言わないのが先輩の良いところですね」
「それを言ったらお終いだろう」
「大丈夫です、私は不正を許しません。この時間は休憩時間として報告……しなくていいですよね、現場到着前の打合せってことで」
「分かってるじゃないか未来の管理官様」
「くるしゅうない~」
お互いが分かっていた。カラ元気である。互いに演じ、互いに元気を分け合って、喝を入れている。
あの事件が放つ異様さに向き合わなければならないのだ。
遺体遺棄現場となったのは、品川区にあるどこにでもありそうな遊具が少しだけある公園だった。
花壇なども手入れされており、昼間は子供たちの遊び場で朝夕は散歩コースとして利用されるような穏やかな日常を構成するありきたりな場所のはずであったのだ。
その滑り台に彼女の遺体が遺棄されていた。
発見者となった主婦は深刻なPTSDを発症し、未だに入院治療を続けているという。
公園に足を踏み入れたとたん、空気がぴりついているのが陽菜子にでさえ分かった。
「こ、怖いです先輩」
「怖くて当然だし、その感覚を大切にするんだ。今後の人生でこういった空気のする場所には近寄らないほうがいい」
「でも仕事ですから」
「白鷺にもらった護符がなければ俺も逃げ帰りたいほどだ」
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