第34話 ガワ
「ありがとう。じゃあどうすれば脱出できると思う?」
『あそこの事務机の下にペンチみたいなのが落ちてるの。それで手錠の鎖を切れないかしら?』
手足のない片桐綾子が率先して皆の意見をまとめ教えてくれる。
他の子は顔の皮膚がなかったりするため、聴き取りが大変だった。
逆に手足が無事な子は、ここだと教えてくれている。
凛は足を延ばしてペンチを引き寄せようとする。
片桐綾子が『もう少し、ちょい右って、あなたから見て右よ』
カツンと、靴の先が何かに当たり『それそれ!』
蹴とばさないようにゆっくりと引き寄せる。足の筋肉がつりそう! でも生きるために!
見えなくとも、その調子! と励ましてくれる声がする。
それが救いだった。だが、ペンチのような工具を引き寄せたときにはもう左足がつっていた。
「いっ! つ、つったぁ」
小声で呻く凛を、皆が優しく微笑んでくれている。
ようやく回復してきたところで、足で掴んでペンチを口にくわえる。
そのまま首を回して手の上に落ちるように角度調整。
『もうちょい斜め右のほうがいいよ』
「うっおし……」
広げた手の平にずしっと来る重み。
ガチャガチャと手錠を動かしながら今度は指がつりそうになりつつも、ペンチの刃の部分を鎖に噛ませることに成功する。
「ふぅ、なんとか切れて」
鈍く重い感覚の後に、手錠の鎖が緩んだことが分かった。
あと一ヵ所切れれば……
そう期待を込めたときだった。
今まで励ましてくれていた霊の少女たちが、悲鳴を上げつつ怒鳴り怒り、さっと消えていく。
突如だった。ガチャリとドアが開き、一人の男性が入ってきたのだ。
凛はあまりにも嫌な気配、これが白鷺美冬であれば穢れと呼んだだろう気配の凄まじさに吐き気がこみ上げてきた。
「やあ 夏目凛さん」
声は若い男に聴こえるが、何かが混じっている。
声が二重で聴こえるのだ。
「僕のクラスメートになってもらう前に、少しだけ話しておきたくてね」
『とっととばらしちまえよ、どうせてめえじゃこいつを犯すことさえできねえのによ』
「聞くところによると夏目凛さんは、ヴァーチャルアイドルをしているようだ。登録者は22万人。まあまあがんばっているね個人勢としては」
「……」
「だからね、クラスメートにそういう子、一人いたら良い色どりになると思うんだ。
成績優秀な生徒会長
国体クラスのバスケ部
将来留学予定のピアニスト
既に連載までしている漫画家
現役アイドル
料理部部長
モデル
そして、ネットに強いヴァーチャルアイドルが加われば僕だけの青春が、教室が完成するんだ。素敵だし、君も参加したいだろ?」
「……え!?」
『ぐへへへへ こいつ処女だぜ、そういう匂いがする。見た目は金髪だが、処女はてめえ好みだろう』
「いいねぇ、僕の僕だけの教室じゃあクラスメートはみんな処女じゃなくちゃだめなんだ」
(狂ってる!? 憑りつかれて、精神が異常をきたしてるの?)
「そうだね、君の場合はヴァーチャルアイドルだから、ガワだけあればいいよね。そう3Dにしよう」
『いいねえ! 中身だけくりぬくのか、おもしれえじゃねえか。生きてる間に内臓をくりぬいてその声を楽しみたいねぇ。自分の腸が抜かれていく様子とかたまんねえなあ!』
(な、何を言っているの!? いえ、理解しようとするな、しちゃだめだ。!?)
凛はあの男の周囲にまとわりつく黒い霧のようなものに阻まれ、彼女たちが恨みを晴らそうともがくように叫んでいる様子が見て取れた。
(あの黒い霧のせいで近づけないんだ……、なんて奴なの)
心が絶望に染まっていくのを感じる。せっかくあの子たちがペンチを誘導してくれたいうのに。
「というわけで準備をしてくるからもうちょっと待っていてね。大丈夫だよガワになったら一緒に教室で楽しく、永遠に過ごせるから! 僕だけのハーレムとしてね、光栄だろ?」
感情が、全ての感情が煮立っているような感覚。
怒りも、憎しみも、苦しみも、悲しみも、そして絶望も。
そんな虚ろな目をしていたのだと思う。
「あ~あ、現実が受け入れられなくて精神が狂っちゃったかな? まあいいや、君の配信アーカイブでもこれから見てこようっと。僕あれが好きなんだよね、ホラー実況」
そう口にした男はそそくさとドアを開けて出ていこうとするも、一人の作業着姿の男が外で待っていたようだ。
「柴山様、何を準備すればよろしいでしょうか?」
「ああ、あの子でガワを作るから手術用器具とかかな? 大量に血液が出るだろうから吸引装置なんかもあると便利」
「かしこまりました。でもこの件が終わったら早急に移動をお願いします」
ガチャリ。
(複数犯だったの? それに柴山? それが奴の名前なのね……くそ! ガワを作る!? 発注していた3Dモデルができるのは三か月後なのよ! どれだけお金かけて楽しみにしたと思ってるのよ!)
そう考えた時、怒りの血流が冷え切った全身に還流していくのを感じた。
今は 怒りでいい。
(生き延びるためなら、己の感情だって利用してやるんだから!)
その思いが、再び被害者となった彼女たちを呼び寄せる。
「私が生き延びれば、あの柴山って奴を逮捕できるはず。だから力を貸して! 生き延びたら絶対にご家族にみんなの思いを伝えるから。さぼったら憑り殺してくれていいから」
その言葉は契約だった。
彼女たちの目が一斉に凛を見据える。
すぐさま高木飛鳥の霊が天井を指さした。
「換気口!? そうか!」
その勢いでバチンと手錠の鎖を切断した凛は、近くの机をゆっくりと真下へと押す。不思議と音がしないのは助かった。
さらに能代真雪の霊が配管の後ろにあるものを指さしている。
ひょいっと覗き込むと、それは折り畳み式のありふれた脚立だった。
「これなら高さ足りるかも!」
迷ってるぐらいなら配信しろ! そう先輩に教えられていた凛は、そういった癖が染みついていたのかもしれない。
小柄で身軽な凛だが、3Dモデル完成時にライブを予定していたためダンスレッスンをしていたことが幸いした。
基礎的な体力がついていたのだと思う。すっと換気口に潜り込むことができると、中は案の定真っ暗だった。
だが、中には四肢のない片桐綾子が待っていてくれ、誘導してくれた。
滑るように先行し、分岐路を教えてくれる。
このとき凛は気づいていなかった。
指のない女子高生漫画家
だがその影響で二人は、眠るようにうゆっくりとその姿が朧になっていく。
『がんばって』
(!? 何か聴こえた)
ぽろぽろと涙が流れるけど、凛は膝がすりむけるのも気にせず必死に換気口を這った。
どれくらい這っただろう。凛にはもう数時間もここで真っ暗な換気口を歩いていたような気になってくる。
『がんばって、もう少しで』
片桐綾子が優しく微笑んだ時、彼女がすーっと霧のように消えてしまう。
「え? ちょっと」
そう彼女の元へ近づこうとした時だった。
ガコン。
ただでさえ不安定な換気ダクトがへこみ、そしてその継ぎ目からガクンと落下し、凛は頭から滑り落ちてしまう。
(これやばいやつだ、頭から落ちたら首へし折れちゃうんじゃ)
「っ!」
思わず頭を抱えながら衝撃を覚悟した時だった。
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