第32話 ソウルライフマーケット

 道路事情も重なり、喫茶店到着はギリギリの時間になってしまった。

 所轄に応援を頼もうとしたが、課長から塗装関連工場のローラーで人員が足りないと断られてしまったそうだ。


 喫茶店ハニーブロンドは、想像していた以上におしゃれなお店だった。

 日当たりが良く店内も禁煙で近所の奥様たちが午後のティータイムをハイソに過ごせる空間といった印象が強い。


 「俺たち場違いな感じだな」

「じゃあ兄弟ということにしましょう、年の離れたお兄ちゃん」

「お、お兄ちゃん……」


 楽し気な陽菜子の陽の気にやや押され気味な八神は、店内を見渡してみる。


 それらしい人物は見当たらない。

 (罠か? どうする?)


 「あの、ホンジョウ様、ヤガミ様 でいらっしゃいますか?」


 席に着こうとしていた矢先、気立てのよさそうな女性店員が声をかけてきた。

「はい 本条です」

「さきほどお連れ様に急用が入ったのでこちらに連絡してほしいと」


 手渡されたメモ紙には、女性らしい丁寧な字で携帯の番号が書かれている。

「ああそうでしたか、ご迷惑かけてすいません」

 丁寧にお辞儀をして店を出る二人。


 「やってくれたな。よほど警戒している証だろう。これがただの嫌がらせや遊びだったら別件でしょっぴいて地獄見せてやる」

「だめですよそういうこと言っちゃ。やるなら合法的に徹底的にです」


「さすがキャリアだ」


「えっへん!」


 「増田さん、番号のほうは調べがつきましたか?」

『……これは、ある企業が契約しているスマホの一台ですね。個人の特定は現状では難しいです。ですが企業名はっと、ソウルライフマーケット という会社でした』


 「ソウルライフマーケット?」


『ちょっと待ってください、えっと……出ました。いわゆるネットワークビジネスで限りなく黒に近いグレーな商売をしているようです。消費者庁に何件もクレームや被害届が出ていますね』


 「妙ですね、ここまで慎重な奴がこんな手掛かりを残すでしょうか」

『僕もそう思います。もしかしたら利用しているだけの可能性がありますね』

「では手筈通りに、これから連絡してみます」

『準備Okです』


 八神と陽菜子は近くの小さな公園で話すことに決め、二人で仲良く左右のイヤホンをつけながら電話をかける。


 コール音がイヤホン越しに2コール、3コールと続いていく。

 

 ッ! 「もしもし、要望通りに連絡したぞ」


『……アンプティーの正体を知りたいか?』

 

 声の主は女性だった。やや低めの落ち着いた声質で年代的には30代~40代といったところだろうか?


「ディビアントだったな、そもそもお前はアンプティーを誰と定義した上で話をしている?」


『アンプティーはアンプティーだ。お前たち警察が女子高生連続誘拐殺人事件と呼ぶ事件の犯人』


「やっぱり!」

 陽菜子が抑えきれずに言葉を漏らす。


「犯人の何を知っている?」


『そんなことはどうでもいい。お前たちが塗装業や関連工場をかったぱしからローラーかけているせいで、奴のアジトから逃げ出す準備を始めている。すぐに確保してもらいたい』


「そいつらが本当に犯人かどうかの確証がなければ令状も取れない。証拠はないのか?」


『人の手続きなどどうでもいい。このままだと潜伏して力をつけてしまう』

 八神はこの言葉の意味を、もっと深く考察しておくべきであったと後に後悔することになる。


「……緊急性が高いと判断した。場所を教えてほしい」

『話が分かる男でよかった。場所は、川口市〇〇……TDI精工ビル』


「すぐに緊急配備の手配を、増田さん」


『増田です、今緊急手配を要請しました。進捗ありましたら連絡します』

「ということだ。これで逮捕されるだろう満足かディビアント!?」


 『思った以上に時間がない。すぐに踏み込んだほうがいい。リークした場所に急げ。既に逃げる準備に入っているようだ』 ッ! こうして電話が一方的に切られた。


 だが、追い詰めているという実感が鼓動を加速させる。

 陽菜子も妙な震えが体に起きているのを感じていた。


「白鷺は課長を説得して応援を呼んでくれ、俺と本条は例の倉庫付近で奴らの動向を監視しておく」


「危ない真似はしちゃだめだからね!」


「分かってるさ」

「先輩安心してください! 私だってちゃんと訓練受けてますんで」


 こうして事態が急変した女子高生連続誘拐殺人事件は、堰を切ったように動き出したのだった。


 ◇

 アルファロメオの車内で陽菜子は、思い切ったように口を開く。

 「八神先輩。えっと危なくなったら逃げましょう」

「いきなりなんだ」


「相手は正体不明の凶悪犯罪者です。人を殺すことをなんとも思っていない、じゃないですね楽しんでいる社会病質者だから立ち向かうんじゃなくて生き延びる術を考えましょう」


「あのな本条、俺の台詞を取らないでくれ」


「あはは、やった」


 こんなときでも前向きな陽菜子の様子に、八神は改めて前向きでポジティブな性格をうらやましいと思う。


「応援は手配してあるから、俺たちはあくまで繋ぎであり見張り役だ」


「はい」


 増田がナビでサポートしてくれるものの、不測の事態というのは絶対に起こりうるものであると八神は理解している。


 『後数分で到着しますが、衛星画像を手配できるように申請中です。建物の図面は間に合わないかもしれません』


 「できる範囲でいいから、それよりもソウルラフマーケットという企業について知らべて置いてくれないか? ディビエントが使っていた携帯の持ち主でもあるが、どうにも気になる」


『別部署に頼みましたがせっついてみます』


 ・

 ・

 ・


 増田は洪水のように押し寄せる情報の波をなんとかいなしながら、最適なサポートをするように端末の操作と各所への連絡などに獅子奮迅の働きをしていたと、周囲の人間すら思っていた。


 犯人確保につながるかもしれない状況にも関わらず、人手不足とローラーの影響で人員確保が思った以上に時間がかかることにイラつきを覚えつつも佐々木の助けも借りながら対応に追われている。

 追い詰めたのは確実にローラーの成果だと言える。だがそのために人員手配に支障が生じてるのは皮肉としか言いようがない。


 そんな時、サイバー犯罪対策課の同僚がスマホに連絡をよこしてきたのだ。

 「こんなときに、えっとどしたの木村!?」


『ああ、もしもし、非常時なのは理解してるんだけど、例の監視カメラの動画が修復できたんですぐにチェックしてくれ』

「このクソ忙しいときに、そんな余裕ないでしょ」

 電話しつつも、要請文を送信するなどしていた増田はやや悪態に近い返答をしてしまう。


『いいから見てくれ、俺がこの状況で見ろって言ってるんだ』

「!?」

 たしかに木村は冷静沈着で仕事ができる人間だ。状況判断や咄嗟の対応力に優れ、尊敬できる男。

 「わ、わかった!」

『すぐに見ろよ!』

 通話を切ったその直後に、送られてきていた動画ファイルを再生する。時間は45秒。

 思った以上に短くて助かった。


 動画チェックをしつつ、所轄署の返答を聞くために連絡しても中々担当者が出ないことに耐えていた時だった。


「!? え? なんだよこれ!」

 増田は近くにいた佐々木に、救いを求めるかのようにその動画を指さした。

「どしたの増田っちそんなに……それって例の監視カメ……えええ!?」

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