第26話 取り調べ
◇
周辺がパトカーや関係車両で埋め尽くされ、八神恭史郎と本条陽菜子は何度も聴き取りという名の、実質的な事情聴取を受けていた。
半ば犯人の協力者とでも言いたげな高圧的で敵意さえ感じる態度だ。
「なぜ遺体遺棄現場に来る必要があったか聞いてるんだ!」
「見落としがないかを確認したかった。周辺状況、環境的変化、犯人の意図や狙いが時間的に変化する現場を見ておくべきだと思ったからだ」
「他の現場でも良かったのではないかね?」
「他の現場も見ている途中だ。公園の監視カメラなどを確認してもらえれば、俺たちが何も細工をできないことは一目瞭然でしょう」
「そいつは今確認中だが、どうせハッキングして映らないようにしていたんだろう? 警察内部だったらそういう情報にも関われるからなあ」
取り付く島もない。
犯人候補すらあげられなかった状況で、唐突に能代真雪らしき失われた皮膚が突如現れたのだ。
こいつを犯人にしてしまおう という空気がすごい。
「じゃあもう一回最初からだ、八神警部補」
品川署の刑事らしいが、敵対的意識が凄まじい。
ヤニ臭さが鼻につく。面倒ごとになってしまったと、雑なため息を吐いた八神。
その時だった、臨時に建てられたテントに割り込んでくる人影があった。
「うるせえ! 俺は捜査一課の鮫島だ! ああん!? 所轄ごときが指図すんじゃねえぞ!」
捜査一課という言葉に尻込みした所轄の刑事たちが道を開ける中、鮫島が容疑者扱いで座らされてる八神を見て嫌な笑みを浮かべる。
「はっ! ざまあねえな八神!」
「鮫島さんもですか」
「はぁ? てめえ俺を馬鹿にすんじゃねえぞ!」
いきなり八神の胸倉を掴むと引っ張り上げて立たせる。
「嫌な目をしてやがる! どいつもこいつも! てめえらの目は節穴か!?
こいつの衣服を確認したか? あの嬢ちゃんの衣服を足跡を!? こいつの乗ってるあのくそだせえ車のトランクを確認したか? 手袋は? レインコートは!? どうやってあの遺体の一部、皮膚を運んだ?」
静寂がテントを包み込む。
「俺はなぁ、こいつがむかついて怪しくてよ、上に掛け合ってずっとお前を尾行してたんだよ!」
テントが騒然とする。
「こいつはなぁ、若くてかわいい後輩と、ズタバで新作のストロベリーフラペチーノを仲良くきゃっきゃうふふと飲んで楽しい会話をしてからすぐにこの現場に来てんだよ! ご遺体の一部をあそこに置けるはずねえんだ!」
「そうは言っても、証拠はあるんですか!? あなたの願望とかじゃ」
「うるせええ! ごらあああああ!」
異議を唱えた中年の刑事を鮫島は張り倒す。
「ほらよ! これは俺が撮影していた証拠だ!」
そこには今時珍しいガラケーがとらえていた証拠動画表示されている。
張り倒された刑事はすっかり怯えながら、ガラケーの動画を確認し始める。
数分後、テント内に驚きの声が響き渡った。
「なんだこれ! ありえねええ!」
理解できないものを見た刑事、警官たちの動揺が凄まじい。
「突然そこに現れたんだよ! 能代真雪さんのものと思われる皮膚がなあ!」
沈黙は数分続いた。
DNA鑑定はまだだが、全身剥がされた皮膚がいくつもあってたまるか、という鮫島の呻きにも似た叫びがテントの沈黙を引き裂いた。
「証拠動画の抽出は終わったんだよな! ってことでよ、こいつは俺が借りていくぜ、文句はねえよなぁ!」
「は、はい」
鮫島に連れ出されながら八神はだるそうに呟いた。
「随分遅いじゃないですか、何してたんですか?」
「はぁ? てめえ気づいてやがったのかよ」
「あんな尾行じゃ、本条ぐらいしか通用しませんて」
「ちっ! ハム野郎(公安のこと)みたいな姑息な真似は得意じゃねえんだよ」
「その顔ですからね、泣く子も引き付けを起こすと言われた鬼刑事じゃ無理っす」
「てめえ、いつか本気で潰したるからな。というかあの嬢ちゃんなら、俺の部下と一緒にお前の車の前で待たせてるよ」
「あれ? 鬼の霍乱?」
「ちげえよ! キャリア組に媚売っただけだ」
(嘘つくのも下手だなあいかわらず)
コインパーキングに止めた愛車の前には、鮫島の部下で臆病そうな男が陽菜子と談笑していた。
「先輩! もう心配したんですからね!」
「鮫島さんのおかげで助かったよ」
「んで、八神よぉ。どういうことか説明してもらおうか、お前らが所属してる部署とかそういうのもひっくるめてよ。なんであんな現象が起きたかとかなあ!」
凄まじい気迫だった。
今度こそごまかされないという覚悟のようなものを感じた八神は、仕方がないと車に乗るように促した。
「長沼、お前は本庁戻ってジドリの牧村たちのフォローにつけ」
「分かりました。では」
鮫島の部下はあっさりとした感じで立ち去っていく。
何度か振り返っているので、あれで心配はしているのだろうと八神は少しだけ苦笑した。
「八神、お前が隠してること全部話てもらうぞ」
「まあ仕方がないでしょうね。一応上に確認とります」
八神が課長に状況を報告し確認している間、鮫島と向きあうことになってしまった本条陽菜子はやや居心地の悪さを感じていた。
「その、なんだ。あんたに面倒はかけねえよ。キャリア組のご機嫌取るなんざごめんだが、一応ちゃんと現場に出てるみてえじゃねえかそれはえらいぞ」
陽菜子はこの人が照れ臭そうに言っているのを見て、強面の見た目で損をしているのだと思った。
「あんまり八神先輩をいじめないでくださいね」
「分かってらぁ。あいつが回してくれた新規プロファイリングのリストで本庁はローラーの幅広げて躍起になってやがる。突拍子もない情報だと馬鹿にする奴らもいるが、俺の見解は違う。ありゃ当たりだ。俺の勘が言ってやがる」
「勘ですか」
「嬢ちゃんも笑うかい?」
「いいえ、勘って重要な感覚だと思います」
「へぇ、キャリア組にしちゃ話分かるじゃねえか」
「でも起訴に持ち込むためには、裏付けめっちゃ大変そうですけどね」
「ははははは! そういう奴は嫌いじゃないぜ! 嬢ちゃん、何か困ったことあったら、捜査一課の鮫島誠に連絡してこいや」
「じゃあそのときは遠慮なく」
陽菜子の笑顔に釣られて、あの強面おじさんの鮫島が破顔する。
「お待たせしました鮫島さん、うちの課に来てもらいたいそうです」
「ほう、本丸を見せてくれるってか。じゃあお前のその湿っぽい車で行くとするか」
「おい、愛車を馬鹿にすんなよおっさん」
「けっ! ようやく昔みたいな尖った感じが出てきたじゃねえかよ」
「ちっ」
八神の意外な一面を見た陽菜子は、興味津々で車に乗り込む。
そして車が発車してすぐ、そういえばここでとんでもない経験をしたことを思い出し吐き気に耐えることになった。
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