第13話スポーツ美少女の妹VS見透かし美人女子大生の姉

 愛実さんの中華手料理の数々は空腹をこれでもかと満たし、食後のお茶を飲んで一息中だ。

 お店にも引けを取らないクォリティーだったから、中華以外のレパートリーも是非別の機会に食べてみたい。


 まったり空気感に居心地良さを覚えながら、今の状況は明らかな詰み場だと今更ながら自覚していた。

 かなり打ち解けたからと言って、愛実さんの総本山に籠城し続ける強メンタルは持ち合わせてないんだ。

 無意味な長居をすれば愛実さんも困るだけだろうから、お礼を告げて潔く去ろう。


「愛実さん。長居もアレですんで、お茶飲んだらおいとましますね」

「もう? せっかく来たのにか?」


 両手で手を掴まれ、寂しそうな上目遣いだと。

 男という生き物は異性の寂し気な誘惑の前では、一時的に思考を放棄するものなんだ。

 そもそも自宅に招いてくれた愛実さんに主導権がるのだから、納得できる許可なくして去る事は不可能。


 再度座り直し、まだ帰りませんので安心して下さいと、明確な行動で示す。

 納得してくれたのか、僕の手を解き、柔らかな笑みを浮かべていた。


「あんがと♪」

「い、いえ……あ、都合悪くなったら遠慮なく言って下さい。すぐに帰るので」

「……そんなこと言うなら、私怒るし」

「え」


 席を立ったと思えば僕の背後まで移動し、耳元でそっと囁いてきた。


「罰として擽ってやる」

「あはははは! ちょ、ちょあはは! やめあははは!」


 最大の弱点の擽りに笑うしかない中、悪戯っぽく笑う愛実さんの声が耳に入る。


 数分後、心行くまで楽しんだのか、両脇から手を離してくれた。

 擽り地獄を耐え凌いだだけなのに、土手から愛実さんの家まで走った時と同じぐらい疲れた。


「ぜぇ……ぜえ……」

「あはは! ごめんごめん。でも積っちが悪いからな」

「は、はい……今度はちゃんと言葉を選ばせて貰います」

「よろしい!」


 そのまま隣に座り、若干距離間を縮めながら、何か思い立った顔になっていた。


「あ、そうだ。なぁ」

「は、はい」

「積っちってさ、電車通学だっけ?」

「? そうですけど……どうしたんですか急に?」

「そのさ。私って今、走って通学してるんだ」

「え」


 愛実さんの家から北高まで、約10キロ以上の距離はある筈だ。

 手ぶらでならまだ分かるけど、愛実さんの場合、部活の大きなエナメルバッグを肩掛けて登校してるんだ。

 これだけでもハンデなのに、朝練や放課後の部活動もあるのだから、驚きを通り越して引いてしまっている。


「でさ? 陸上辞めたら一緒に通学しようかなーって、今思った訳」

「い、一緒にですか?」


 どう通学するかは個人の自由だから別に問題はないのだけど、今日の出来事を振り返ると、中々素直に頷けない理由に心当たりがあった。


 もし一緒の電車通学が実現になれば、吊り革ギャルこと白石千佳さんと対面するんだ。

 今日の呉橋さんと千佳さんのピリピリ空気感を、現場で体験し目の当たりしたからこそ、同じ風にならないか心配なんだ。

 それが毎日ともなれば、対処できずにフリーズするしかなくなる。


「まぁ、仮の話だからさ、頭の隅にでも置いといてくれ」

「え? あ、そうします」

「でさ、先を見据えてってのもあるし……前々から積っちの連絡先知りたかったんだ。いいか?」

「あ、はい。ちょっと待って下さいね……はい、どうぞ」


 お互いに連絡先を交換し、しっかりと愛実さんの名前が連絡欄に載った。

 改めてみると、連絡欄の大半が女性だと気付かされる。


 詰み体質で生まれたからこその宿命だと再認知する中、愛実さんがジーっと顔を覗かせ、何か言いたそうだった。


「ど、どうしました?」

「そのさー……部活辞めてからも個人的に走ると思うしさ……その……暇な時にさ、一緒に走るの付き合ってくれないか?」

「僕とですか? 体力持ちませんよ」

「だからこそ体力作りも兼ねてだろ。さっきも中盤でバテる体力だったろ」


 図星を的確に刺され、ぐうの音も出ずにいると、更に距離間を縮めてきていた。

 柑橘系シャンプーの香りと、整った愛らしい顔が間近過ぎて、顔が自然と紅潮する。


「それにさ……隣で走るのって、誰でもいいわけじゃないから」

「あ、あい」

「ぷっ。なにその反応! アハハ!」


 ケラケラ笑いながら肩をペシペシ叩く愛実さんも、どことなく顔が赤くなってるような気がした。


♢♢♢♢


 それからは何気ない会話で最近何にハマっているかになり、怪演新人女優の凪景なぎけいの話になった。


「でさでさ? 凪景のSNSをさ? ついつい見ちゃうんだけど、これまた怪演の時とのギャップが激しいんだわ」

「へぇードラマは見てますけど、SNSの方は知らなかったです」

「なら……ほら、見てみ」


 自撮りをする凪景のSNSを見せて貰うと、完全にドラマの怪演女優とは思えないモデルっぷりだった。

 現役女子大生というトレンド最先端人だけあって、いいねやフォロワーの数が浮世離れしてる。


「……別人ですね。完全にモデルさんですよ、これ」

「だろ? ……あ」


 スマホ画面を2人で食い入るように覗いてたから、顔が触れ合う数センチだって事に、今更ながら気付いた。

 共通話題で夢中になるのは無理ないし、別に嫌ではなかった。

 ゆっくりと顔を後退する僕らは、照れ笑いを浮かべながら、何事もなく時間を忘れて話し込んでいく。


 話の区切りが生まれ、お菓子でも食べようかと話になるも、お昼を食べてから既に2時間経過してるのに気付く。

 流石にそろそろお暇しないと、姉さんや空に心配されそうだ。


「あの愛実さん。そろそろ帰りますね」

「え? あ、そっか……」


 玄関で靴を履き終え、帰る準備が出来た。

 見送ってくれる愛実さんは優しい笑みを浮かべながら、どこか寂しそうな顔で名残惜しいさを噛み殺していた。


「それでは愛実さん、今日はごちそうさまでした」

「ん……積っち、今日は本当にありがとな」

「いえいえ、僕は何もですよ」


 自分をどうするかを決めたのは愛実さん自身だから、僕は何もしていないんだ。


「……私さ、これから自分に嘘つかないからさ……そ、傍で見てくれるか?」

「はい、もちろんです。じゃあ、また学校……」


 開こうとした玄関扉が何故か勝手に開き、不意打ち現象に成す術なく、体がそのまま傾き倒れていく。

 無様に倒れるしかない、そんな思考が過ったと思えばとても柔らかな何かに受け止められ、なんとか怪我せず踏み止まれた。


「ただいわぁ?! な、なんだこの少年は!」

「あ、姉貴!?」

「ふぇ?!」

「はっ! もしや愛実の彼氏か?!」

「んぎゅ?!」


 愛実さんのお姉さんの胸に抱かれたまま、強制的に振り向かされた。

 顔が胸に埋もれて、息がほとんどできない。


「ば、馬鹿姉貴! 積っちに何してんだ!」


 愛実さんが手を引いてくれ、どうにか窒息死せずに済んだ。

 けど、そのまま胸に抱いてるのは何でなんだ。

 心音がどんどん速くなってるのが分かるけど、お姉さんに怒ってるからだよね。


「おいおい愛実。アンタ、なぐさめるような胸じゃないだろ」

「な! 失敬な! ちゃんとあるわい! な、積っち!」

「え」

「言ってごらんよ。どっちに包容力があるかを」


 無茶振りにも限度がある。

 申し訳ないが大きさで言えばお姉さんが圧倒的だ。

 しかしながら、ホッとできるのはハッキリ分かってる。


「め、愛実さんの方が優しいです」

「何それ、つまんな」

「つ、つまんなくないだろ! そ、それより姉貴! 大学はどうした! 大学は!」

「やいのやいの、うるさい妹だな。緊急休講だったから、ご帰宅しただけ」


 ブーツを脱ぎ去って、僕の顔を掴み掛かってじろじろ観察し始めた。

 姉妹なだけあって2人は似ているから、お姉さんは大人版の愛実さんそのものだ。


「私は姉の小乃美このみ。彼氏君の名前は?」

「積っちは彼氏じゃない! 友達だ!」

「へぇーじゃあ、そんな感情が微塵もない訳か」

「ち、違」

「ハッキリしろ。私には色々とお見通しだからな」


 妙に言葉が強い小乃美さんが横を通り過ぎ、階段を上がる手前で止まり、顔だけを向けた。


「人生の先輩舐めてると痛い目見るぞ。分かったな、愛実」

 

 厳しい言葉を投げ、階段先へ姿を消した小乃美さん。

 予想だにしない展開に驚きの連続だったけど、愛実さんは落ち込んでるようだった。


「積っち……姉貴がごめんな?」

「い、いえ大丈夫です。愛実さんの方こそ大丈夫ですか?」

「平気、あんがと」


 小乃美さんは愛実さんとは違い、手の平で転がされてる空気を感じた。

 綺麗な人でもあって悪い人でもないけど、苦手な人ではあった。


「……いつも姉貴に色々見透かされてんだけど、さっきは特に当たりが強かった」

「見透かされて……もしかしてですけど……陸上を辞めるのも?」

「ん……前から知ってたと思うけど、私が言わないと意味がないって分かってるから、何も言ってこなかったんだ」


 もし小乃美さんが代わりに言っても、愛実さんの為にならないから、静かに見守っていたのかも。


「けど、さっきのは陸上のことじゃなくて……いや、やっぱなんでもない」


 急に顔が赤らんだのだけど、どうしたんだろうか。


 それよりも陸上を辞める事じゃなければ、僕がここに来たことが問題だったんじゃないかな。


「きっと姉貴には、あとで問い質されるけど、絶対に屈しない」

「小乃美さんに……あ、あの。僕は……言葉で応援する事しか出来ませんけど、愛実さんならきっと大丈夫です」

「うん。ちゃんと姉貴や父さん母さん、陸上部の皆にも私の意志を伝えてやるさ」


 もう前の自分とは吹っ切れた目に、僕は心から安心できた。


「それでこそ愛実さんです」

「アハハ! 積っちが気付かせてくれたお陰だし」

「お、大袈裟ですよ……そ、それじゃあ、今度こそ帰りますね」

「うん、またな。あとで連絡する」


 玄関外で姿が見えなくなるまで見送られ、最寄り駅までの道のりはどことなく浮足立っていた。

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