第31話構わない女優、揉んだ胸を語る
屋上を去って廊下を歩いてる途中、昼休み終了の予鈴が鳴り、渚さんが立ち止まった。
「もう時間ね。ここまででいいわ」
「あ、はい。これからどうするんですか?」
「大人しく帰ることにするわ」
放課後に見学再開って言われた暁には、どうしようかと思った。
流石に千佳さんを待たせる訳にも行かないし、渚さんの満足の行く結果で良かった。
「妙にホッとしてるわね」
「まぁ、何事もなかったので」
「……人の気も知らずに、よく言えるわね」
人の気もなにも、何か渚さんの癪に障る態度だったのかな。
だとしたら申し訳ない。
僕なりに校内見学は対応したけど、常に渚さんが自由だったから、てっきり問題ないかと思ってた。
けど、完全に僕の察せる力不足だろうから、何か言われる前に謝ろう。
「よくわかんないですけど、すみませんでした」
「な、何で悪い風に捉えるのよ。良い意味でよ! 良い意味で!」
「あ、そうなんですね」
良い意味だとしても特に思い当たる節もないし、勘違いなんじゃないかな。
すっかり不服顔が板についた渚さんは、呆れながらもどこか柔らかい笑みを浮かべていた。
「たく……けど、今日はとても楽しい休日だったわ。ありがとう」
「いえ。そう言って貰えて良かったです」
これで渚さんは心置きなく帰ってくれるんだ。
最後ぐらいは丁寧にお見送りして、またテレビ越しで楽しませて貰おう。
強制校内見学から解放されると思い、気持ちが軽くなった僕に、渚さんは手を差し伸べていた。
この手は一体何を意味しているのでしょうか。
「わ、私の連絡先……特別に教えてあげるんだから感謝しなさい!」
「あ、はい……ん? いやいや、流石にアウトですよ」
「私が良いって言ってるんだからセーフなのよ!」
自分自身の立ち位置を本当に理解しているのなら、セーフどころじゃない。
だって一般人である男子高校生が、今人気沸騰中の女優さんと知り合いだなんてバレれば、僕が望む平穏な高校生活が送られなくなるんだ。
そんな未来は嫌だ、絶対に嫌だ。
やんわりと言葉にクッションを加えて、お断りの方向へ誘おう。
「ご、誤解されたらどうしますか?」
「どうともないわ。そもそも世間一般的に、君と私が釣り合ってるように見える訳ないじゃない」
「あ、それもそうですね。少し安心しました」
危ない危ない。
誤解もなにも連絡先を交換しても、それだけにしかならないんだ。
連絡が来たら返事をするだけ、ただそれだけの関係でいいんだ。
心に余裕も出来たし、良かった良かった。
「……いちいちムカつく反応ね。積木洋!」
「は、はい!」
「スマホ出しなさい!」
「はい! ……はっ!」
言葉の勢いに負けて、スマホを意のままに差し出してしまった。
渚さんは目にも止まらぬ速さで連絡先を強制交換し、にっこりと笑っていた。
「えへへ……い、言っておくけど、私の返事をするだけじゃ許さないから。もし、そうなったら……それ相応のことをさせて貰う」
「い、いちいち怖いですって! 何を連絡すればいいんですか!」
「……に、日常的なことでも何でもよ」
そんな誰得な情報を教えたところで、渚さんにはなんも意味はない筈だけど。
いまいち考えていることが読めない人だけど、悪気がある訳じゃないよね。
「つまらないかもですよ?」
「構わないわ。ほら、授業始まるから早く戻りなさい」
「え? あ、そうでした! それでは失礼します!」
駆け足で教室へと向かいながら、渚さんの方をチラっと見ると、スマホを大事そうに両手で包んでいた。
日常でもなんでも連絡してくれと言われ、高いハードルだなと思いながら、午後授業の始まるギリギリで教室に到着できた。
「あ、積っち。早く座りな」
「は、はい……はぁ……はぁ……」
休む暇もなく午後授業に突入したのだった。
♢♢♢♢
渚さんの件もあって、絶妙に頭が働かない状態で放課後に突入した。
今日はいつもより疲れたから、帰るのさえ面倒くさくなっちゃってる。
「積っち、すっかりお疲れだな」
「疲れましたよ……あ、呉橋会長に鍵……返すの忘れてた……」
無くしたりでもしたら大目玉を食らうどころの話じゃないし、今日中に返さないとだ。
「あちゃー良かったら代りに返しに行くけど?」
「いや、大丈夫です」
僕の単純なミスの為に、愛実さんの大事な時間を使わせるなんて勿体なさ過ぎる。
「疲れてるんだろ? 私ならすぐに返しに行けるし、遠慮するなって」
「そうではなくて……来週が陸上の大会でしたよね」
「ん? うん」
「その……陸上部としては最後になると思うんで、当日までそっちに専念してくれた方が僕は嬉しいです」
愛実さんが陸上を辞めても、走ること自体は辞めないから、一つのけじめの為にはしっかりと陸上部に向き合って欲しいんだ。
「そ、そうだよな……なんか、ごめんな?」
「いえいえ、むしろ気遣ってくれて、ありがとうございます」
ちゃんと伝わったみたいだから、そろそろ行くとするか。
「じゃあ、生徒会室に行ってきますね。また明……」
「つ、積っち!」
「?」
「そ、そのさ? 一つお願い聞いて貰ってもいいか?」
何か指先がもにょもにょ動いて、思わずそっちに視線が行ってしまう。
じゃなくて、愛実さんがわざわざお願いしてくれるんだ。
僕が出来る限りの範囲で叶えてあげないとだ。
「なんでしょうか?」
「えっと……た、大会をさ? 当日見に来てくれると……が、頑張れるかなー……な、なんて言ったりしてさ!」
「あ、元々行く予定ですよ?」
「ふ、ふぇ?」
僕の土日なんて大体自由な時間だから、応援に行くぐらいは簡単だ。
それに、ちゃんと愛実さんの活躍する姿も見たいし、何があっても応援には行く。
僕には当たり前だった返事に、愛実さんは拍子抜けた顔のまま、動こうとすること放棄していた。
「愛実さん?」
「はっ! つ、積っち……さっきのって本当?」
「はい」
「~っ!」
本日3度目のセルフ足バシバシだ。
どうしてこうなってしまうのか、本格的に心配になって来た。
青あざになってなければいいけど。
止めようかどうか迷ってると、教室の入り口からノック音が聞こえ、呉橋会長が立っていた。
「呉橋会長?」
「や。洋君に貸してた万能鍵、返して下さいな」
「わざわざすみません、呉橋会……」
この人は何故軽く頭を下げて、胸元を緩めているのだろうか。
なんとなく察しはつくけれども、僕は極力拒否をしたい気持ちでいっぱいだ。
「さ、鍵は元あるべき場所に戻すべし。遠慮なくどうぞ」
「1つ聞きます」
「何かね?」
「このまま僕が鍵を呉橋会長の首に掛けてあげるんですよね?」
「YES。勿論、元の場所に戻す最後までキッチリとね」
つまり呉橋会長が言いたいのは、鍵を返却するのなら鍵を取り出した逆順序を実行しろ、と言ってるんだ。
いやいやいや、呉橋会長がいくらモテない美女でも、絶対に首に掛ける以上のことは嫌だ。
「ほら、早くして。胸が寒くなってきたんですけど」
わざと揺らしたり寄せたりと、かなりやり辛くしてるのは貴方自身ですからね。
どうすれば平常心を保ちながら、鍵を元の場所に返却できるんだろうか。
少ないボキャブラリーの脳内を頼った結果、呉橋会長と似ている姉さんだと思えば、返却出来るんじゃないかに行き着く。
迷っている暇はない。
出来るだけ鮮明に、姉さんの姿を重ねて、目の前の呉橋会長を上書きするんだ。
「まだー? 早くしないと、私が直接手ほどきし」
「見えた……」
「ちょっと~♪ 洋君ガン見? そんなに見たいなら特別にサービスしちゃ」
「風邪ひいちゃうよ。ほら、鍵もちゃんと返すから。ね?」
「あ、え?」
姉さんの上書きのお陰で、鍵も無事に返却できたし、胸元のボタンも冷静に閉めることにも成功した。
そんな呉橋会長はあっけらかんとした顔で胸に手を当て、僕をジッと見ていた。
これ以上突っ込んでしまえば、もっとややこしくなりそうだから、この話題は終わりにしよう。
「じゃ、じゃあ僕はこれで……」
「あ、ちょい待ち。愛実ちゃんはどうすんの? 自分足を叩いてるけどさ」
「ん、ん-……どうしましょう?」
「分らんのかい。ま、こんな時は……えい!」
「ふにゃ!?」
この人、背後から容赦なく、直に胸元へ手を突っ込んだぞ。
妙な真剣顔のまま手で弄ってるけど、愛実さんの顔が一気に真っ赤になった。
可愛らしい声が漏れて、恥ずかしがる愛実さんだけど、僕も目を逸らす時間が無くて、しっかりと見てしまっています。
数秒後、ようやく解放された愛実さんを他所に、呉橋会長は手をワキワキさせながら語った。
「大きさはかなり小ぶり、揉み応えは非常に柔らかい、触り心地はすべモチ、極美乳ってとこかな」
「ーっ?! か、会長! つ、積っちいる前で酷いです!」
「問題ある? 洋君が想像しやすいじゃん」
「ちょ!? め、愛実さん? 今の事は綺麗さっぱり忘れましたから、呉橋会長の妄言は忘れて下さ」
「それはちょっと嫌……」
それはちょっと嫌が、一体どんな意味を含んだ嫌なんだ。
少なくとも想像することは論外だし、それを綺麗さっぱり忘れるのだって悪くない筈だ。
「へぇー愛実ちゃんって見かけによらず大胆発言するんだ」
「~っ!」
呉橋会長は意味を理解しているみたいだけど、ちゃんと僕にも教えて欲しいです。
「さぁ喜べ少年。君の1人遊びの糧が正式に許可されたんだぞ」
「意味が分かりません。愛実さん、行きましょうか」
「え、あ!」
「ちょ! 私を置いてくなんて酷い!」
思わず愛実さんの手を握って、教室を出てしまった。
帰り支度は済ませたから別にいいけど、呉橋会長には悪いことしちゃったかも。
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