第32話不思議な気持ち、嗅ぎたい妹

 そのまま愛実さんの手を握ったまま、玄関前まで来てしまった。

 僕はゆっくりと手を離し、まずは謝罪を優先した。


「す、すみません……急に手を握って連れちゃって……」

「ううん、気にしてない」

「ほっ……今度から気を付けますね」

「……ん!」

「いてっ?」


 軽く腕を叩かれたけど、内心はやっぱり怒ってたんだ。

 だって、赤くなる顔で口元をしかめてるんだもの。


「ほら、早く帰りなよ」

「は、はい。じゃあ、また明日です」

「また明日!」


 僕の見間違えなのか、愛実さんの口元が柔らかく緩んで、満面の笑みになっていた。

 その顔が頭に焼き付いて、不思議な気持ちになった僕は、帰宅車両に座るまでボーっとしていた。


♢♢♢♢


 電車に揺られしばらく、西女の最寄り駅で千佳さんがやって来た。

 隣に座って僕の顔を軽く覗いて来ている。


「……なんだか上の空だね」

「僕自身もよく分からないんです」


 今までに感じたことのない、この不思議な気持ちをどう説明したらいいのか、とにかく言葉にするのが難しいんだ。


「そうなんだ……飴食べる?」

「あ、はい。いただきます」


 同じみのグレープ味の飴玉を口へ転がし、優しい甘さで気持ちが少し和らいだ。

 千佳さんも飴を口でコロコロさせ、軽く天井を見上げていた。


「……そのね? 1年生君の全部が分かる訳じゃないけど、私なりに分かってあげたいんだ」

「千佳さん……その気持ちで十分嬉しいです。ありがとございます」

「うん。だからじゃないけど、私のことも少しずつ分かってくれる?」

「? はい」

「ありがと」


 にっこりと優しい笑顔の千佳さんは、僕の肩に触れる距離間でリラックスしてきた。

 前に千佳さんは、自分は誰かに甘えられないって打ち明けてくれたから、今はこのまま甘えて貰っていいんだ。


 お互いに最寄り駅で分かれ、帰宅して靴を脱いでる時に、背後から空が覆い被さって来た。


「おかえり! お兄ちゃん!」

「うぉ! た、ただいま」

「……スンスン……お兄ちゃん」

「ん?」


 空の声のトーンが変わるということは、何か気掛かりな点を見つけたことになるぞ。


「お兄ちゃんから神々しい女性の気配を感じる……スンスンスンスン……」

「ちょ、ちょっと匂い嗅ぎ過ぎじゃない?」


 まるで犬にずっと嗅がれている気分だ。

 空のいう神々しい女性の気配って、たぶん渚さんの事だと思う。

 別れてから時間は随分経っているのに、匂いを感じ取れるなんて一種の特異体質なのかも。


「スンスン……ハァハァ……お、お兄ちゃん臭が……クセになっちゃう……」

「た、ただ汗臭いだけじゃない?」


 密着されて顔を動かされると、結構くすぐったいんだよね。

 あまり匂いは嗅がれたくはないけど、空が飽きるまで離れなさそうだから、このままリビングに運んじゃおう。


 匂いを嗅がれたままおんぶでリビングに行き、空をソファーに降ろしてあげた。


「あ、お兄ちゃん臭が……ワイシャツだけでも置いて行って!」

「ダメ」

「うぅ……」


 涙目で今にも泣きそうだけど、流石に着替えぐらいはさせて欲しい。

 心で謝りながら台所に視線を移すと、夕食準備中の姉さんが僕に気付いた。


「洋。おかえりなさい」

「ただいま。くんくん……今日ってもしかして!」

「えぇ、洋の好きなニンニクマシマシから揚げよ」

「やったー! 姉さんありがとう!」

「ふふ……今日は洋がから揚げを食べたいんじゃないかって思ったのよ」


 流石姉さんだ、ここぞという時に勘が働いてくれるから、本当に嬉しい。

 夕食を心待ちにしながら、バタバタと自室で着替え終え、今か今かと待ち切れずにリビングテーブルでソワソワと浮足立ってる。

 姉さんもチラチラと見てきて、クスクス笑いながら上機嫌だった。


 そんなから揚げが待ち遠しい僕を、ジーっと睨み付ける人がいた。


「むぅ……お兄ちゃん。こっちに来て」

「ん? うん」


 空の手招く手にコントローラーを持ってるから、サバブラでもやりたいのかな。

 コントローラーを受け取って隣に座ったはいいけど、頬っぺたをこれでもかってぐらいに膨らませていた。


「ん! 胡坐して!」

「わ、分かったから落ち着いて」


 胡坐に中にすっぽり座って、体重をいつも以上に預けてきた空。

 いくら軽いと言っても、この状態でサバブラをやるのはちょっと厳しいかも。


「空、もう少しちゃんと座ってくれない?」

「嫌! 私が良いって言うまで、このままなの!」


 随分とご機嫌斜めなご様子だけど、鼻息を荒くして嗅いでる音がする。

 それに自分の匂いをまき散らしたいのか、髪をぶんぶん振ってきてる


「そ、空、髪で擽ったいんだけど」

「いい匂いって言って!」

「い、いつもいい匂いだよ」

「むふー♪」


 すっかり気分が良くなったのか、ちゃんと座り直してサバブラを始めた。

 ただ平日の夕暮れ時もあって、フレンドの大半がログアウト状態だった。


「どうする? 適当にフリーでやってみる?」

「んー……別のゲームがいいかな」


 となれば夕食までに遊べる、ミニゲーム系のソフトでいいかな。

 空と一緒にソフトを吟味し、ニンニン堂のパーティーゲームをすることになった。

 一応あとどれぐらいで夕食になるか、姉さんに聞いてみよう。


「姉さん、あとどれぐらい掛かりそう?」

「1時間弱ってところね」

「了解。じゃあミニゲームマッチにしようか」

「わーい! 負けないよー!」


♢♢♢♢

ここから少しゲーム描写になります。

読み飛ばし貰っても大丈夫です。

♢♢♢♢


 ニンニン堂の看板キャラ、マギオや仲間達をメインにした人気パーティーゲームシリーズ、マギオパーティー。

 青い作業着で深く帽子を被り、目元を隠す青年がマギオ。

 スタイリッシュなアクションを得意として、色んな果物を食べて変身したりする。


 アンダーグラウンドな世界観をコミカルに描いた、ド底辺のマギオが偽善者と対峙する中々に攻めた設定だ。

 今年で生誕30周年もあって、都心部で色んな催物があったりするんだ。

 そんなマギオは、サバブラのシークレットキャラとしても登場する、他社との壁をものともしない認知度の高いキャラだ。


「お兄ちゃんはいつも通り、ウッピーでしょ?」

「うん。空は?」

「今日は……ギノビビオにする!」


 ウッピーはマギオの愛犬で、コーラを与えると二足歩行のムキムキ犬になる。

 空の選んだギノビビオはニヒルな笑みを常に浮かべる、薄汚れた服の少年だ。

 マギオの子分で小回りの利く動きを得意とする。


「CPU2人はどうしようか?」

「1人ずつ決めよ? 私、ピーピ女王にする!」

「だったら、僕はキョッパ大統領かな」


 偽善者の頂点に立つピーピ女王は、マギオのライバルキャラだ。

 そんなピーピ女王はマギオを昔から好きで、その愛情表現が下手過ぎていつも闘いになってしまう残念設定がある。


 キョッパ大統領はマギオとピーピ女王の中立の立場にいるけど、シリーズごとに味方になったり敵になったりと、シリーズ屈指の厄介なキャラだ。


「まず最初は破壊ミニゲームね!」

「連打系か……空は強いよね」

「むふー♪ ほら始まるよ!」


 制限時間内にあらゆる物体を破壊しまくって、ポイントを多く獲得した人が勝利する、脳筋ミニゲームだ。

 今回は宇宙ステーションの街が舞台だ。


 いざスタートすると空が連打を決めて、破壊の限りを尽くして大量にポイントをゲット。

 凄まじい倒壊音が鳴り響いて、ゲームキャラのアピールを決めていた。


「先手必勝!」

「負けてられないね!」


 現実では決して許されない破壊行為も、ゲームの中ではやりたい放題。

 気分爽快を味わうのには、やっぱりマギオシリーズに限るね。


♢♢♢♢

本編に戻ります。

♢♢♢♢


 それからというと空が全体的に圧勝して、夕食の時間になった。


「むふー♪ 勝って満足したらお腹すいちゃった!」

「良かったね」

「洋、空。早く座りなさい」

「「はーい」」


 出来立てホヤホヤのニンニクマシマシから揚げに、僕らの箸は止まらず、疲れを一気に吹き飛ばしてくれた。

 ありがとう姉さん、明日も元気に頑張れそうです。

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