第57話ご褒美ハグ、全力ダイブ美少女
会場には既に多くの観客が集まり、場所取りにかなり苦戦したよ。
「愛実は……いた」
「集中してますね……」
空気と目付きが別人だ。
緊張感が伝わってくるよ。
他の選手も今か今かと、タスキが来るのを待ちわびてる。
数分後、声援が徐々に大きくなって、1番手で愛実さんがタスキを繋ぎ走り出した。
「愛実! そのまま突っ切れ!」
「頑張れ愛実さん!」
ウィンクで答えてくれ、颯爽と走って行った。
会場アナウンスで2番手と数十秒差、集団と1分差みたいだ。
愛実さんのゴールを見届ける為、急いで移動バスで先回りだ。
走る姿に心を掴まれて、移動中も興奮冷めやらぬまま、ゴール会場に着いた。
今度はゴール付近の場所取りができたね。
10分もしない内に、独走する愛実さんが見えてきた。
誰も寄せ付けない俊足に、誰もが惜しみない声援と拍手を送り、堂々とゴール。
ゴール先で小乃美さんがしっかり受け止め、タオルで頭をわしゃわしゃしてる。
お互いに満面の笑みで喜んでるね。
陸上部の皆も駆け寄り、喜びを分かち合ってる。
ただ、愛実さんが陸上を辞めるから、どこか悲し気に見える。
そのまま控えテントに移動するみたいだし、後を追わないと。
《東海高校が今ゴールしました! 北春高校と3分10秒差ですが、後続集団を寄せ付けないゴールでした! 東海高校の皆さん、お疲れさまでした!》
「2位と3分差って相当凄い事ですよね?」
「だな。早く愛実を労わないとな」
「ですね」
駐車場付近の控えテントに行くと、外ベンチでくつろぐ愛実さんを発見。
陸上部の皆さんがいないや。
お陰で話し掛け易いね。
「ん? あ! 積っち! 峰子師匠! 声援ありがとな!」
「いえいえ。改めまして愛実さん、優勝おめでとうございます。最高にカッコ良かったです」
「おめでとう愛実」
「えへへ~勝利のV!」
最高の笑顔でピースポーズに、僕らも真似てみた。
お土産クッキーを渡したら、目を大きく開いて、とても嬉しそうだった。
「わー! マジ? 嬉しいんだけど! 食べていいか?」
「どうぞどうぞ」
一枚をサクサク食べ、頬に手を添えて幸せそうな声が漏れてるね。
「ほわ~! すんごく美味し~! あんがとね! 積っち! 峰子師匠!」
「喜んで貰えて良かったです」
「だな。買って正解だ」
小動物みたいにクッキーを食べる愛実さんを微笑ましく見ていたら、峰子さんが急に身構え始めていた。
「どうしました?」
「……洋、愛実。すまないが一旦離れる」
「「え?」」
青い顔で走り去った直後、沢山の女性の黄色い声が聞こえてきた。
数十人もの女性が目の前を激走して、一瞬で通り過ぎてった。
あの大群を察して、離れてくれたんだね。
「み、峰子師匠って、本当に女子人気やべぇな……」
「で、ですね……」
「と、とりあえず隣座りなよ」
ぽんぽんと隣を叩いてるし、遠慮なく座ったら、距離をグッと縮めてきた。
「あのさ? 積っち達の応援で最高の走りができたからさ……その、あんがと!」
「へ? あ、その……良かったです」
笑ってくれるだけで自分のように嬉しいや。
「コホン……えっと……愛実さん。改めて言わせて貰いますけど、今までお疲れさまでした」
「あんがと! これで思い残す事はなくなったなー……んー……! これが自由かー!」
のびのび手足を伸ばして、自由を表現してるね。
これからは誰かの期待を背負わず、思う存分に過ごして欲しいね。
「これから何かしたいことってありますか?」
「んー……あ、今したいことがある」
僕の方に体を向け、頬もポッと染まって、もじもじし始めてる。
「そのさ? ゆ、優勝したご褒美……じゃないんだけどさ? そのー……あー……」
「?」
「か、軽くハグしてくれないか?」
「え? は、ハグですか」
急な注文に声が上ずっちゃった。
ハグは手を握るのとは訳が違うんだ。
「あ、あれだぞ? そのー……そうそう! 海外の挨拶みたいに、フランクなやつ! だ、ダメ?」
「わ、分かりました」
両手を広げて準備万端な愛実さんも、顔の赤らみが増してる。
ごくりと喉を鳴らし、とても畏れ多くも、距離を縮めた。
「さ、させて貰いますね」
「うん……」
心臓が高鳴って、ハグし掛けた瞬間。
全力ダイブしてくる女の子が視界に入って、動きが止まった。
何か叫んでるけど、急展開に思考がパニックで、それどころじゃない。
「よぉおおおくぅうううんん!」
「ぐべ?!」
「な、なんだ?!」
結局ダイブをもろに食らって、ベンチから盛大に落下。
女の子は怪我無く受け止めれたけど、背中と後頭部を打ち付けて痛いや。
「だ、大丈夫で」
「よー君! よー君! よー君んんん!」
「わ?! ちょ?!」
馬乗りする女の子が、懐に顔を押し当てて、物凄い速さで頬擦りしてきてる。
東海高校の紫色の制服だけど、全く面識が無いよ。
人違いだろうから、早く誤解を解かないと。
「あ、あの……人違いでは……」
「嘘!? 覚えてないの!? よー君酷いよ!」
「え?」
「昔近所に住んでて、一緒に公園で遊んだでしょ?」
女の子の声と姿を見て、目まぐるしく幼い時の記憶がフラッシュバック。
物理スキンシップを取る、綺麗な白髪ツインテールの女の子と、1年ぐらい公園で遊んでたのを思い出した。
何も言わずに引っ越しちゃったから、連絡も会う事も一切なかったんだ。
年々増す詰み体質を、自覚し始めて日々が色濃くなって、昔の記憶が薄れちゃってたんだ。
馬乗りする白髪ツインテールの美少女と、その子の姿が重なって、当時の呼び名が口から零れてた。
「ふ、ふーちゃん?」
「思い出してくれたー! やっぱりよー君だぁぁあぁ! ん~!」
「ちょ! 頬擦りが! いででで!?」
痛強い頬擦りは、流石に離させて貰うよ。
ふーちゃんもヒリヒリ赤くなって痛そうだけど、あまり気にしていないご様子だ。
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