第9話生徒会長とギャルの修羅場

 隣町行きの車両に乗車したはいいけど、呉橋さんの距離間がどうもおかしかった。


「呉橋さん……近くないですか?」

「全然。普通だよ普通」


 そう言いながらも座り直し、更に近付いてくる。

 空席も沢山あるのに、なんでこうも端の席に座って密接なんだろう。

 距離間をこれ以上詰められたら、左半身にしか意識が向かなくなってしまうよ。


「ねぇ洋君」

「あ、はい」

「いつ頃から、ぼっち町ブラしてる訳?」

「えーっと、中学に入ってからですね」


 中学の時、帰宅部で趣味もゲームぐらいしかない、少し味気ない生活を送っていた。

 他に何かあればいいなって、軽い気持ちで趣味探しをしに、外出を頻繁にするようになったんだ。

 その趣味探しがいつの間にか町ブラに変わって、今に至る訳だ。


「へぇー生粋のプロぼっちじゃん」

「ちゅ、中学はちゃんと友達いましたから」

「じゃあ、何で友達を誘わないのさ」

「む、無理に付き合わすのも、あれだったんで」

「ふーん……自分からぼっち沼にハマったんだ」


 沼は言い過ぎな気もするけど、確かに町ブラを始めてから1人の時間は多くなった。

 それでも友人関係を続けてくれた中学の友達には、感謝の言葉しかない。

 今度久し振りに連絡するのもいいかも。


「そもそもさー洋君が誘ってくれれば、私が付き合うのに」

「い、いやいや。今年受験ですよね?」

「だからこそじゃん。町ブラなんて息抜きにはピッタリじゃん」


 町ブラはリフレッシュに最適なのは保証できる。

 でも、わざわざ僕と一緒でなくとも、気ままに1人でもいいし、別の誰かでもいい筈。

 今日の町ブラ次第で判断するのがいいと思う。


「それにさ、お互い連絡先知ってるのにさ? 私ばかり連絡とってさー……一方通行じゃん」

「な、何を連絡すればいいのか分からないので……」

「難しく考えすぎ。洋君のことなら何でも来いだから」


 聞き役に徹するって意味合いだろうか。

 相手に会話の主導権を握って貰えるよう、そっと支えるのが聞き役の役目。

 普段から聞き役に徹するのを心掛けているから、いざ逆の立場になるとなれば絶対に戸惑う。


「あれ? 1年生君?」

「え? あ」


 知人で1年生君と呼ぶ女性は、あの人しかいない。

 ホットパンツとタンクトップの物凄いラフな姿、吊り革ギャルこと千佳さんだ。

 昨日出会ったばかりの顔見知りだけど、優しい人だと分かったから今はそこまで緊張せずにいられる。

 それでも、目の前でその恰好は刺激が強過ぎて、自然と顔が赤くなる。


「ん? 1年生君のお姉さん?」


 呉橋さんは姉さんと雰囲気が近いし、密接の距離間もあるから間違われても無理はない。

 ただ、姉だと誤解された事に嫌な思いをされてるかもしれない。

 誤解が広がる前に、しっかりと事実を伝えないと。


「い、いえ。この人は……」

「年上の友達です」


 友達と言われて嬉しいのだけど、妙に年上を強調してた気が。

 どことなく見つめ合っている2人の空気間が、ピリピリし始めていた。


「……西女せいじょの2年、白石しらいし千佳です」

「北高の3年生徒会長、呉橋星よ」


 お互いの第一印象を外見で確認し合ってたから、じーっと見つめ合ってたのか。

 性格も格好も真逆な2人だから、相性的には少しマズい気もする。


「白石さん……でしたっけ? 洋君とはどんな関係で?」

「通学の時に車両内で、たまたま知り合っただけです」

「へぇーまぁ、そんなもんか」


 随分と余裕そうな声で、ご満悦な顔で僕に肩を組んできた。

 より一層空気がピリつき、千佳さんの細い眉毛がピクついてる。


「……まぁ、連絡先は知ってますけどね」


 余裕のあった空気が一変、呉橋さんのご満悦な顔が止まった。

 それでも組んでいる手は離さないみたい。


「へ、へぇ……私もプライベートで洋君と連絡してるし」


 グイっと抱え寄せられて、とってもけしからん感触が左半身に広がって行く。

 落ち着くんだ、動揺してはならない。

 これはただの仲良しアピールを装っている風であって、呉橋さん本人はどうとも思ってない筈だ。


「……あ、大事な事を言い忘れてました」

「大事な事? 何?」

「1年生君の顔を、私の胸で優しく埋めてあげた事があります」

「ふっ?!」


 事実ではあるけど、語弊のある言い方はちょっと止めて下さい。

 決して笑顔を崩さない呉橋さんだけど、自分の太ももを抓って穏やかじゃなくなっている。

 空気も肌身に伝わるぐらいにビリビリし、近接距離にいる僕から言わせれば怖くてしょうがない。


「へ、へぇー……本当に仲良しさんだー私も洋君の腕に抱き着いたり、振り向き指ツンツンする仲だし」

「まるで恋人ですね。ただ私も不躾ながら飴玉を食べさせてあげました。二度も」

「や、優しいじゃん。けどまぁーぼっちな洋君と楽しく、お昼をいつも一緒に食べてる私が、ここにいますけどね」


 空気が完全に凍り付き、僕は冷や汗を流すしかなかった。

 逃げ出そうにも肩を組まれて密着され、目の前には刺激の強い千佳さんがいる。

 何がどうなってこんな風になってしまったんだ。


 そもそも2人の会話ワードに毎度、僕が入ってるのは何でなんだ。


 両者の間に沈黙が生まれ数秒経過、緊張感が張り詰める中で、先に口開いたのは千佳さんだった。


「1年生君」

「は、はい」

「私のこと、どう思ってる?」


 しっかり者なイメージがあって、2つの意味で包容力のある人かな。

 素直にありのままを伝えるのはアレだし、的確且つデフォルメした言葉で伝えるなら、これしかない。


「や、優しいお姉さん……ですかね」


 反応は嬉しそうにニマニマ顔、どうやら正解みたいだ。

 流れ的にきっと、呉橋さんからも印象がどうとかこうとか聞かれる筈だ。

 

 チラッと横目で様子を窺ってみたら、カッと大きな目を見開き見つめていた。

 答え次第ではあんなことやこんなことをする、視線の意味合いはそれだ。


 とりあえず無難で安全な言葉をチョイスし、2人に落ち着いて貰わないと。


「洋君」

「は、はい」

「私って、頼れる心優しい先輩でくくられないでしょ?」


 無難で安全な言葉が見事なまでに撃沈。

 捻り出す呉橋さん関連のボキャブラリーは、モテない、口撃、美人ぐらい。

 どう組み合わせても悪いようにしかならない。


 何か別のワードがないか、死に物狂いで脳内検索した結果、どうにかそれっぽいモノが組み合わさった。

 この言葉の組み合わせを伝え、空気を元に戻そう。


「た、確かにそれでは括れないです。もっと相応しいのがあります」

「言って」

「く、呉橋さんは後輩思いで皆から慕われる、僕も大好きな人だと思ってます!」


 これが最大限の贈る言葉、直球の言葉を乱投されても後悔はない。

 自然と閉じていた眼をゆっくり開き、呉橋さんの反応を窺った。


「へ、へぇーソウナンダーう、ウレシイーアハハー」


 口調が完全にロボット化、顔もかなり赤面。

  

 後輩思いなのはしっかり実感済み、慕われ度合いなら生徒会の皆さんで知っている。

 人としては大好きだから、呉橋さんがこんな反応をするなんて予想外だ。


「あのー……呉橋さん? もしかして癇に障っちゃいました?」

「べ、ベツニーアリガトウー」


 原因が分からない以上、首は突っ込まず自然に治まるまで待つしかない。


 それよりも、さっきから念仏みたいなのが耳に入って、背筋がぞわぞわするんだ。

 念仏の方へ視線を向けると、眼の光が消えた千佳さんがブツブツ何か呟いていた。

 さっきまでのニマニマ笑顔とは正反対だ。

 

 一体何があってこうなったのか皆目見当もつかないでいると、目的の降車駅のお知らせアナウンスが耳に入る。

 このまま2人を放って置けないし、早く正気に戻って貰わないと。


「く、呉橋さん! そろそろ降りる時間です! しっかりして下さい!」

「は。私は何を?」


 我に返って安心早々に、千佳さんの変容に気付いた呉橋さんは、急に真剣な顔に。

 組んでいた手がスルりと離れたと思えば、向き合う様に両肩を掴み掛かられた。

 息が触れるぐらいに顔も近くて、思わず息を呑んでしまう。


「洋君ごめん。私、白石さんとお話ししないとなんだわ」

「あ、え?」

「私の分まで町ブラ、楽しんできて」


 状況を理解できないまま送り出され、2人は車両に残ったまま、進路先へと去って行った。


 何が何やらさっぱりなまま、しばらくホームで立ち尽くすしかなかった。

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