第10話最高な笑顔の美女

 駅ホームでの放心状態から正気に戻り、駅外でスマホと向き合ってる最中だ。 


 町ブラをするにあたって、自分に2つの選択肢を設けている。


 1つ目、自由気ままに好きなところに行く、初見場所だとこれが多い。

 2つ目、リサーチ済みの目的地へ赴く、ただひたすらに目的を果たす。


 今回の場合、後者のテレビで取り上げられた人気クレープ店が目的地だ。

 一番人気のデラックス苺クレープ目当てで、見た目こそ王道クレープだけど、味や見栄えがSNSの口コミで高評価なんだ。

 最寄り駅から10分程度で、道なりも分かり易く行きやすい。


 情報こそ前々から知ってはいたけど、隣町という近場もあって後回しだったんだ。

 けど、甘党派にはたまらないスイーツ誘惑に負け、こうして今日足を運んだ次第だ。


 スマホのマップ頼りに歩き続けたら、数十人の行列が見えてきた。


「あそこだ……結構並んでるな……」


 人数的に数十分待てば、確実にクレープは手に入るぞ。

 早速並び、ウキウキで列の進むのに続く。

 詰み体質上、列に並ぶとなると、前後ろが女性に挟まれるのだけど、今回前にいるのは男性。

 珍しく詰み場にならないんだなと、少し安心できた。


「……あの、すみませんお兄さん」

「え? あ、はい」


 前に並んでいたお兄さんが、いきなり声を掛けてきた。

 当然知り合いでもないし、何か気に触れる事もしてないのに、何なんだろうか。


「そのー……俺の連れが1人、今トイレ行ってて……1人分お待たせしちゃうんですけど……」

「あ、そうなんですね。大丈夫ですよ」

「ホッ……助かります」


 事前に教えてくれる人で良かった。

 僕自身も嫌な思いをせずに、気分良く待っていられる。

 たまに列に割り込む人がいるから、そんな人達は見習って欲しいかな。


「えーっと……あ、ここか」


 男の人がスマホ画面とクレープ屋を交互に見て、後ろに並んで来た。

 よくよく列に並ぶ人達を見たら、男の人もそれなりに並んでいる。

 同じ甘党派男児に親近感が湧く中、前の男性の元へ女性が駆け寄っていた。


「あっ君ーお待たせー」


 連れの彼女さんと合流した彼氏さんは、こしょこしょと耳打ち。

 1人分お待たせしちゃう事情を説明したのか、2人はわざわざペコっと頭を下げてくれ、軽く下げ返す。

 2人共優しくて礼儀正しい人達で本当に良かった。


「あ、お母さん! ここだよ、ここ! あ、兄さん発見!」

「遅ぇーよ。いつまで買い物してんだよ」


 後ろの男の人のご家族が来たって事は、お兄さんは場所取りをしてくれてたのか。


「べぇーだ。先に行く方が悪いし!」

「喧嘩しないの」

「はいはい。じゃ、あとはお好きにどうぞ」


 お兄さんが気怠そうに列から離れ、妹さん達と入れ替わった。

 同じく妹のいる身としては、ぶっきら棒でも根は優しい人なのだと分かる。


 気分良く列が進む中、とある事実に今更ながら気付く。

 前には礼儀正しい彼氏さんと彼女さん、後ろには妹さん達。

 この状況、明らかに詰んでいるじゃないか。


 詰みでないのを油断させ、逃げられない詰み要素が現れる罠詰みだ。

 残りの時間を沈黙で乗り切るしかなかった。




 無事デラックス苺クレープを手に入れたはいいけど、食べ歩きは正直あまりしたくはなく、お店の野外イートスペースがすぐ傍にあったから、空席があるか見渡した。

 席の大半が埋まってる中、奥の一角で背を向ける女性1人の席に、人が寄り付いていなかった。

 寄り付かない理由はどうあれ、こちとら早くクレープを食べたいんだ。

 

 奥に向かう度ざわざわが増す中、女性の席へ辿り着き、思わず息を呑んだ。

 女性の顔が丁度見えずも、クレープを静かに食べてる様子は分かる。


 女性に声掛けるなんて滅多になく、物凄く緊張しながらも相席の許可が貰えるかを聞いてみた。


「あ、相席いいですか?」

「……どうぞ……あむ……」

「……ん? あ、暗堂さん?」

「ふぇ? ん?! ンック……ケホケホ……」

「あ……」


 まさか北高生徒会書記の暗堂さんだとは思いもしなかった。

 咽るのが治まったのか、涙目の上目遣いで見てくる。


「1年生さん……? どうしているの……?」

「く、クレープ目当てです……」

「じゃあ……私と同じ……だね……あ、座っていいよ……」

「お、お言葉に甘えさせて貰います」


 知り合いだと分かり安堵感に一気に包まれ、正面に座る事が出来た。

 暗堂さんも何だか落ち着いてる様子で、より安心してクレープを食べられそうだ。


 そんな暗堂さんは黒いワンピースの私服で、立派な体のラインがハッキリくっきり主張なさって、目のやり場に正直困った。

 本当に普段の着太りとの差が激しく、細いとこは想像以上に細く、着太りでも分かる胸は凄まじい破壊力を持つ特大級だった。


 じろじろ見られるのは不快だろうから、なるべく顔から下は視界に入れずに努力せねば。


「1年生さんは……1人で来たの……?」

「そ、そうですね。でも、途中まで呉橋さんと一緒でした」

「星さんと……あむ……」


 軽く声がトーンダウンし、猫背になってクレープを小動物みたいに食べた。

 同時に猫背によってテーブルに特大級の胸が、どっしりと乗っかるのを刮目せざるを得なかった。 


 蒼姉さん曰く、胸が大きいと重たくて何かに乗っければとても楽だと、家のテーブルで実践していたんだ。

 同じ場に居合わせた空も見様見真似で実践したのだけど、物凄く落ち込んで甘えてきたんだよね。


「どうしたの……? 食べないの……?」

「え? あ、いや! 何でもない訳ではないんですけど、とりあえずごめんなさい!」

「? ……よく分かんないけど……気にしてないよ……」


 脳内が非常に興奮し、本来の目的を見失うところだった。

 恐るべし特大級。


 これ以上特大級に意識が向かない様、少し気になった話題を切り出そう。


「あ、あの……普段と口調が違いませんか?」

「……そうだね……私、いつも嬉しいとつい、変な笑い声が出るの……」

「そ、そうだったんですね」


 言葉に混じるニヒルな笑いは、嬉しい笑い声だったのか。

 つまり、少なくとも暗堂さんには生徒会室で歓迎されていたんだ。 


「……あ、でもでも……今も嬉しいよ? ……1年生さんと2人きりだから、気持ち悪いって思われたくないから……極力抑えてるの……」


 ずけずけと逆撫でする真似で、暗堂さんを傷付けてるじゃないか。

 愚かな自分を罰するには、クレープで窒息するしかない。


 甘味あるクレープ地のモチモチ感、沢山の高糖度の苺、溢れんばかりのミルククリームは口コミ通りだった。 

 こんな見苦しい現実逃避に自分が嫌になってくる。 


「1年生さんは……こんな私は嫌かな……」

「もが? んぐんぐんぐ……そ、そんなことないです! うぇっほ!?」

「だ、大丈夫……? お茶飲む……?」

「ど、どうもです。んくんく……ぷはぁ! ぼ、僕はどんな暗堂さんでも受け止めてますから! なので!」

「なので……?」

「こ、これからもどうぞ仲良くして下さい!」


 即興過ぎる言葉の羅列に、ドン引きされててもおかしくない。

 恐る恐る視線を上げ、どんな反応か確かめたら、全く真反対な物だった。


「……1年生さん……ううん……つ、積木さんは優しいね……こんな私で良ければよろしくね……」


 ボキャブラリーの少ない頭の中の単語組み合わせによれば、今の暗堂さんは僕にしか見えないとっておきの笑顔になってる。

 特大級の破壊力を更に上を行って、ずっと見ていたい気分になる。


「積木さん……クレープ零れそうだよ……」

「へ? わっと!?」

「おっちょこちょいだね……ふふ……」


 ニヒルな笑い声も、可愛らしい笑い声も、どちらも素敵な笑い声じゃないか。

 少し心を開いてくれたのもあって、こんな風に笑ってくれたのかも。


「ねぇ積木さん……この後の予定はあるの……?」

「よ、予定ですか? ここらをブラブラする感じですけど……」

「じゃあ……積木さんが嫌じゃなかったら……少し付き合ってもいい……?」

「え、あ、はい。暗堂さんがいいのなら……」

「やった……えへへ……」


 やっぱり暗堂さんの笑顔は、特大級よりも破壊力がある。

 話に花咲かせながらクレープをぺろりと食べ終え、暗堂さんがお花を摘みに行き、僕はイートスペース外で待っていた。


「君」

「え?」


 行列で後ろに並んでいたぶっきら棒なお兄さんが、何で声を掛けてきたんだろうか。

 よく分からないままお兄さんは、肩に手を置いて一言。


「やるじゃん」


 余計に訳が分からなくなって困惑が増すばかり。

 そのままお兄さんは陽気に妹さん達と駅の方へと歩いて行った。


 よくよく見ればイートスペースの人達も、お店の人もグッドポーズを僕に送っていた。

 戻って来た暗堂さんと合流し、クレープ店から離れて行く中、あのグッドポーズの意味を考えても、全く分からなかった。 

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