第50話西女訪問

 放課後、帰宅車両で過去一の落胆中だ。

 隣じゃ呉橋会長のが荒い息で興奮してる。


「ハァハァ~可愛いよ~夏洋かよちゃん~」

「……」

「ほれほれ~お姉ちゃんって呼んでごらん~」

「……」


 女子制服に黒髪ロングの夏洋は、女装した僕の偽名だ。

 

 昼休み、あの場に居合わせた愛実さん達までも、興味津々に女装に賛同したんだ。

 男1人じゃ、どうにもならなかったよ。


「美人姉妹に見えるよねーねぇー?」

「……」


 声バレ可能性をいい事に、呉橋会長は一方的にやりたい放題だ。


 千佳さん達にも伝えたら、女装を絶対楽しみにしてる返事だった。

 事実上、味方無し状態の西女訪問で、もし女装バレすれば人生終わり。

 なのに、呉橋会長は大丈夫の一点張りで押し切った訳だ。


 女子高という難攻不落の最凶詰み場を、生きて帰れるかは、知れた事じゃない。


 西女の最寄り駅で降り、西女へ向かう道中。

 すれ違う西女生徒達に見られ、呉橋会長が嬉しそうに手を振ってる。


「どもども~いやー女子女子してるねー夏洋ちゃんもうずうずっしょ?」

「死にに行くようなものなんですよ……もう、心が持ちませんって……」

「またまた御冗談を~あはは!」


 おじさん性格生徒会長なんだろうかと、とりあえず返事はしなかった。


 数分後、本校と正門が見え、ただならぬ空気を肌に感じてる。


「着いた着いたー……お、あれって千佳じゃんーやっほー!」


 呼び掛けに軽く頭を下げた2人は、すぐ女装に食い付いてきた。


「この子が1年生君……?」

「マジ? わぁー……」


 千佳さんと真理さんが舐めまわす様に観察し始め、心臓がバクバクだ。


「1年生君……明日から西女ね」

「え」

「うんうん~♪ 私も賛成~♪」

「ちょ」

「そいつは残念~生徒会長の私が許しませぬ」


 観光名所の等身大パネルの如く、ただただ撮られ続け、肌艶が増す皆さん。

 グッジョブポーズを見せられても、何も響きません。


 正門で待つ千佳さん達に見送られ、最凶の詰み場の足を踏み入れた。

 異性の空気が濃厚に漂い、至る所で聞こえる楽し気な声に、緊張感が高まる。


「ザ・女子の花園だね。華やかで良い匂いもするし、最高だね夏洋ちゃん♪」

「早く行きましょう」

「ブーブー夏洋ちゃんのせっかちー」


 腕に絡みついて歩く呉橋会長。

 女装バレの危機感、腕に触れてる柔らかな感触。

 2つの意識削ぎで、ろくな記憶がないまま生徒会室前へ到着した。


「さてさて……夏洋ちゃんは傍にいればいいからね」

「え? あ、はい」

「それでこそ洋君! んじゃ、早速お邪魔する!」


 ポロっと本名を零したよね。

 そんなことは謗らず、扉をノックする呉橋会長。

 中から凛とした女性の声が聞こえ、躊躇なく扉を開いた。


「こんにちはー!」

「時間通り来てくれたな、星」

「モチのろんさ! 私、出来る女ですから」


 大机越しに出迎えてくれた、ぱっつん前髪のロング銀髪美人。

 呉橋会長とはまた違う美人さんだ。


 左隣の机では、大和撫子風の美人さんが、ジッと僕らを見ていた。

 ダークブルーの編み込みサイドアップと、涼し気な雰囲気。

 一人だけ和装制服で、美しさが別ジャンルで際立ってる。


 右隣では、机に脚を乗せて制服を着崩す、茶髪の怖い系美人さん。

 お菓子のポッヒーを食べながら、睨み付けてる。

 無数のピアスと空気から、ただものじゃ無いのは一目瞭然だ。


 最後はこの中で誰よりも大きい背丈の女子生徒。

 もじもじと可愛らしいね。

 ミルキー色の外ハネ長髪に、垂れ目が特徴的で、制服を正しく着ている。

 が、今にもボタンが弾け飛びそうなぐらい、峰子さん級の体だ。


 北高に負けない癖アリ生徒会じゃないか。


「そうか。で、そちらは?」


 視線が一気に向けられた。

 緊張のあまり、動きが完全に止まっちゃった。


「この子は次期生徒会役員候補の1年生ちゃんさ。西女に来た事がなかったから、連れてきちゃった♪」

「星が認める人材か。さぞかし有能なんだろうな」


 無駄にハードルが上がってるよ。

 なのに呉橋会長の空気が、ガチ目な感じがしなくもないような。


 近場のソファーへと腰掛け、西女生徒会役員さん達の自己紹介が始まった。


「本校の生徒会会長、3年の水無月みなづき宵絵よいえだ」


 凛とした空気は変わらず、対面して座る姿もお手本のようだ。


「2年生徒会副会長の鵜乃浦うのうらみおです」


 水無月さんの隣が定位置だろう、大和撫子風の鵜乃浦さん。

 涼し気な声で瞬きをあまりしないのが、少し怖いかな。


「同じく2年会計ー黒木場くろきば明日久あすくーよろー」


 水無月さんのもう片側に座る、怖い系な黒木場さん。

 机に脚を乗せて、短いスカートの先が見えそうだ。


「しょ、書記の1年斑田まだらだほたるです!」


 お誕生日席で一人掛けソファーにギチギチに座る斑田さん。

 目と両手をギュッとさせ、一生懸命に自己紹介してくれた。


「さて、君の自己紹介を頼めるか」


 声を出さず乗り切るのは無理だ。

 可能な裏声で名乗ろうとしたら、呉橋会長に肩を抱き寄せられた。


「実はさ、病み上がりで喉死んでんの。ね?」


 絶妙な嘘フォローのお陰で、皆さんが納得した面立ちだ。

 あとで必ず感謝しないといけないのに、不敵な笑みを浮かべてるじゃないか。


 一気に感謝の気持ちが吹き飛んだよ。

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