第29話女優のファン、おかずを欲す
洋お兄ちゃん呼びの件は、案外すんなりと納得して貰えた。
それにしても今日はどれだけ疲れれば気が済むんだろうか。
姉さんのニンニクマシマシから揚げを食べて、疲れを吹き飛ばしたい気分だ。
昼食のセッティングをこなす中、優雅に扉を開く呉橋会長が来た。
「やんややんやー私は最強の生徒会長なりー……あら、凪景さんがいらっしゃる」
「お邪魔してます♪」
「いつ見ても、お美しゅうな~って、洋君もいるじゃん」
ついでみたいな言い方だけど、渚さんがついでですからね。
そういえば師走さんの姿が、どこにも見当たらないや。
「師走さんは一緒じゃないんですか?」
「佐良はおトイレ中……お花を摘みにいってますわ~」
「その口調、不気味なので止めて下さい」
「失礼な。ねぇー凪景さん♪」
「いや、止めた方がいいですよ」
キッパリと否定されて、笑っちゃいそうになる。
あの呉橋会長がスンとなるなんて、滅茶苦茶シュール過ぎる。
暗堂さん達に宥めて貰う姿に、笑いを堪えてたら呉橋会長と目が合い、急接近してきた。
綺麗な顔を極端に近付けて、ちょっとだけドキッとしてしまう。
「洋君。この私を敵に回すとどうなるか分かってるよね」
「お、脅しは卑怯です」
「その為に生徒会長が存在するのだよ。ふふ、どうしてやろうかな……」
呉橋会長のことだ。
高校生活を脅かすような真似はしない筈だ。
けど、絶妙なイジりで楽しむことはしそうだ。
見開いてる呉橋会長の目がそう言ってるんだ、間違いない。
「ひ、星さん……落ち着いて……積木さんも離れて……んー……!」
「洋お兄ちゃんと仲良くしないとダメだよー!」
仲裁してくれる2人は申し訳ないの一言だ。
どうにかこの場は治まり、呉橋会長も冗談だと僕の肩を叩いて言ってくれたけど、目は同じままだった。
そんな光景を見てた渚さんは、口元を隠して笑っていた。
自制心を持って冷静になる中、静かに扉の開く音が聞こえた。
「し、失礼しま……あ、積っち!」
「あ、愛実さん。もう用事は済んだんですか?」
「お、おぅ! 生徒会の皆さん! 今日はありがとうございます!」
「堅苦し。ほらほら、フランクフランク~そのぷりぷりで健康的な体揉んじゃうぞ?」
呉橋会長がもし中年のおっさんならセクハラで一発アウトだ。
現に愛実さんも分かり易くドン引いて、僕の後ろに隠れてる。
気のせいかもだけど、愛実さんの雰囲気がさっきと若干変わった気がするけど、何かまでは分からないや。
「怖……ん? そちらの方は?」
「あー……言っていいんですか?」
「別にいいんじゃない? ご本人さんはどうっすか?」
「構いませんよ♪」
快く受け入れた渚さんは、愛実さんに百点満点の笑顔を向けて接近。
「変装してますけど……私、女優の凪景なんです♪」
「……えぇええええ?!」
「ふふ……本物ですよ? そうですよね、生徒会長さん?」
「え? あ、うっす」
その返事はどうかと思いますよ、生徒会長さん。
興奮と喜びに満ち溢れた愛実さんは、荒い息のまま渚さんの前へと立った。
「で、デビュー当時からずっとずっーと! めっちゃ好きなんです! 良かったら握手してくれませんか!」
「握手じゃなくて……ハグの方がいいでしょ? 握手会の時も目を輝かせながら、昔から応援してくれてるって教えてくれたよね?」
「お、覚えてくれてたんですか?!」
「勿論だよ、愛実ちゃん♪ ずっと応援してくれてありがとう♪」
きっと愛実さんの名前は、僕が口にしたのを聞いて、使えるなと思っていたに違いない。
けど、人を幸せにするサービス精神旺盛な行動は、大変に素晴らしいことだと思います。
それにしても何故僕に対して、してやったりなニヤリ顔を見せつけているんだろうか、この女優さんは。
「な、名前までも……私、一生付いて行きます!」
「あはは! 可愛いね愛実ちゃんって♪」
渚さんという本性を知っているからか、今の姿を見て体が痒くなってきた。
大ファンの愛実さんの前で、貴方のボロが出ないよう願ってます。
遅れてきた師走さんも大量のパンを抱えて戻って来たので、皆で昼食に。
席位置としては、僕の両脇に愛実さんと渚さんだ。
「じゃーん! 見てくれ積っち! 今日の弁当は気合い入れてんだ!」
「おぉー! 和食一色ですね。毎日でもいいぐらい好きなんで、愛実さんの将来の旦那さんが羨ましいです」
「え。あ、ちょ積っち……そんな大胆に言われたら、飯が喉に通らなくなるじゃん……」
「?」
やっぱり今日の愛実さんは、やっぱり無理をしてるのかも。
顔も頻繁に赤くなって、ご飯も喉に通らなくなりそうで、少なくとも体調は良くないと思う。
あとで保健室に連れてって、一度見て貰った方がいいんじゃないかな。
愛実さんに声を掛けようとした時、正面から強烈な視線達を感じ、チラっと確認した。
「洋君ってマジ何なの。ご都合天然なの?」
「わ、私も……も、もっと頑張らないと……」
「私にも言って欲しいー!」
「ふももっも?」
師走さん以外の生徒会役員3人の力強い視線だった。
和食が好きなだけで、ここまで眼力を送られるのはどうしてなんだ。
皆さんの考えていることが分からない。
なので、どう対処していいか分からず視線を、ゆっくり渚さんの方へ逸らした。
そういえば、渚さんの昼食がないけど大丈夫なのかのだろうか。
「あの、凪景さん。お腹減らないんですか?」
「少し減ってますね。でも、お気遣いどうも♪」
そう言いながらも僕のお弁当をロックオンしてる。
欲しいなら欲しいって言えばいいのに、なんでこんなに面倒くさいんだろうか。
「僕ので良かったらお弁当分けますよ」
「本当ですか? じゃあお言葉に甘えちゃいますね♪」
「……好き嫌いなおかずとかあります?」
「特にないですけど、せっかくだから君のチョイスに任せます♪」
渚さんめ、から揚げをよこせと目線で訴えてるし、野菜はいらないってのもハッキリ分かる。
ここであーだこーだ言っても無理だろうし、素直に従った方が身の為だ。
弁当蓋におかずを置いてると、前から卵焼きが静かに置かれた。
「甘い卵焼きです……沢山あるのでどうぞ……あと箸も」
「わぁー♪ ありがとうございます♪」
ナイスアシストな暗堂さんだけど、渚さんをジーっと見つめて、珍しく眉間にしわ寄せていた。
なんか険しい顔の暗堂さんも新鮮でいいね。
けど、もしかしたら卵焼きをあげるのに、抵抗感があったのかもしれない。
暗堂さんのお手製卵焼きは物凄く美味しいから、あげたくない気持ちも分かる。
でも、明らかにそんな風な感じじゃないんだよね。
知らず知らずの内に2人の間に何かあったのかも。
「んじゃ、私からもアスパラベーコン巻きを献上~美味くて驚いちゃいますよ~ふふ」
「私はミートボールを上げます!」
「じゃあじゃあ! 激辛カレーパンを差し上げるっす!」
「わぁー♪ こんなに沢山ありがとございます♪」
隣から伝わる白飯をよこせオーラに、僕は半分ご飯を上げることに。
一般女性ならこれで満腹になれると思う。
それにしても愛実さんが未だにもじもじしてて、お弁当に手を付けられてないんだ。
早く現実に戻らないと、渚さんにおかず提供できなくなってしまうよ。
「愛実さん、おーい」
「……へ? な、なに?」
「良かったらですけど、凪景さんにおかずを少し分けてくれませんか?」
「わ、私のを凪景さんに?」
「どうかな?」
「喜んで差し上げましょうぅうう!」
弁当箱ごと差し出すけど、流石に渚さんも断って、煮物を少し受け取っていた。
見事なまでに肉々しいおかずの数々を、美味しそうに食べる渚さんに、僕を除いた皆さんがほっこりとしていた。
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