第28話スポーツ女子の誘い、バレバレな正体

 午前授業を終え、昼休みに入るや否や、愛実さんが食い気味でこっちを向いてきた。


「積っち! 今日こそ一緒に食べられるんだよな?」


 愛実さんとのお昼ご飯について、生徒会の皆さんに話したら、愛実さんも一緒に食べればううじゃんって事になったんだ。


「はい、大丈夫です」

「ホントにホントだな?」

「は、はい」

「~っ!」


 急に俯いたと思ったら、足をバシバシ叩き始めてる。

 今日の愛実さんは、ちょっとハイになってるのかも。


 ツボ押しの効果は期待できるけれども、いちいち僕がやる必要はないかな。

 そうだ、せっかくだから峰子さんも誘ってみよう。

 愛実さんとも親交を深めて欲しいし、早速話しかけよう。


「峰子さん。よかったら一緒に生徒会室で食べませんか?」

「ん? 気遣ってくれてありがとな。私は1人で平気だ」

「あっす……リョウカイデス」


 親交作戦が見事なまでに玉砕してしまった。

 峰子さんの優しさが逆に仇となるとは。

 無理強いはさせたくないし、また別の機会に取っておこう。 


 未だに俯いていた愛実さんが唐突に顔を上げた。


「こうしちゃいられない……積っち! 悪いけど先に行っててくれ!」

「え? はい」

「じゃ!」


 弁当箱とポーチを抱え、颯爽と教室を出て行った愛実さん。

 先に行っててくれとの事だし、信じて生徒会室で待ってよう。


 弁当箱片手に教室を出ようとしたら、来亥さんが教室の入り口付近で、何故か立ち尽くしていた。

 しかも目がバッチリと合ってる。

 これは逃げられない。


「積木」

「は、はい」


 やっぱり僕に話があるみたいだ。

 一体何なんだろうか。


「オフ会の報告があったが……朝、瓦子との会話を聞いてたら、どうもおかしな点があった」

「お、おかしな点ですか?」

「とぼけるな。オフ会に女6人もいたんだろ? 虚偽報告したのか」

「あ」


 来亥さんに報告した時は、人数がまだ揃ってなかったんだ。

 追加報告も今の今まで忘れていた。


「それだけの女がいながら、キャッキャウフフな百合情報提供がねぇのは、はなはだおかしな話じゃないか? なぁ? なぁ?」

「お、仰る通りです!」


 今の状況を上目遣いと呼ぶのだろうけど、見上げる眼光が鋭すぎて恐怖しかない。


「今回は見逃すが、次はないからな。いいな」

「イエスマム!」

「分かったなら行け」

「サー!」


 思わず敬礼してしまった。

 横を通り過ぎた来亥さんが、女教官に見えてしょうがなかった。


♢♢♢♢


 そんなことがありながら生徒会室に向かう道中、廊下突き当りから女生徒が現れた。

 何やら背後をやたら警戒してて、不審な動きに自然と視線を向けてた。


 そんな駆け足気味に横切った、目元が隠れた女生徒に、僕は思わず驚きを隠せず、思わず手を掴んでしまっていた。


 けど、間違いなくこの女生徒はあの人だと確信が出来た。


「ちょ、ちょっと待って下さい! な、渚さん……ですよね?」

「……何故バレた」

「いや、雰囲気でもう分かりますって」

「……アンタって私の事好きなの?」

「何でそうなるんですか」


 黒髪ウィッグと様変わりメイクで変装してまで、何故校内に渚さんがいるのかが全く分からない。


「それはそうと、いつまで手を掴んでるつもり?」

「え。あ、ごめんなさい」

「別に離してとは言ってないわ。たく、せっかちね」


 もはや渚さんの前では一切の緊張感がない。

 前と違ってドラマ衣装じゃなくて、北高の制服を着てる。

 色々疑問は巡るけど、現在地は人が滅多に来ない場所だし、素直に聞いた方が早そうだ。


「渚さん、何で校内にいるんですか」

「私は今日一日フリーな日なのよ」

「いやいやいや、答えになってませんって」

「たく……普段休日の高校での撮影でしょ? だから、平日の校内を見て、なるべく違和感のない様に演じたい訳」

「はぁ」


 確かに見ず知らずの高校で生徒役を演じるなら、実際平日の校内に溶け込む方が手っ取り早いのかも。

 気持ちは分からなくもないけど、わざわざそこまでするかな。

 納得のいかない表情が出てたからか、渚さんが不服そうな顔で至近距離まで近付いてきた。


「……ふん!」

「いひゃひゃひゃ!? 頬っぺた引っ張らないで下さい!?」


 しっかりと痛いから、早くやめて欲しいけど止めてくれない。

 雑に頬っぺたを離され、ヒリヒリと頬が痛む僕に対し、渚さんはまだ不服そうだった。


「たく……あ」

「?」

「ここで会ったのも何かの縁よ。一緒に校内を見て回るわよ」

「お、お断りします。これからお昼ご飯なので」

「どこか適当な場所で一緒に食べればいいじゃない。アンタって案外馬鹿?」

「な!」


 変装を見破られる渚さんにだけは言われたくない。

 ここは一言二言申して、渚さんに自分の置かれている現実を分かって貰おう。


「何か言いた気ね」

「そりゃありますよ。正体がバレて校内中がパニックになったら、どうするんですか」

「お忍びサプライズにしとけばいいじゃない」

「いやいやいや、絶対に無理ですって。高校は何で許可してしまったんだ……」

「簡単な事よ。前の握手会の時、生徒会長さんや先生方から直々に許可を貰っただけよ」


 呉橋会長、貴方って人はどうして無茶振りを簡単に答えてしまうんだ。

 校内パニック状態を想定してるだろうけど、面倒事になるのは目に見えている筈だ。


「制服も生徒会長さんが1年生の時に着てたのを、快く貸し出してくれたわ」

「あの人、本当に何してるんだろう……」


 今からその張本人と会うことになるし、何故ここまでしているのか直接聞いてみよう。


「てか、アンタが私を止めたんでしょ」

「あ」

「最後まで責任取りなさい。男なら言い訳しないわよね?」


 勝ち誇った笑みで、更に顔を覗かせてきた渚さん。

 これが人気女優がすることなのかと、僕は心で歯を食いしばった。


「せめて、生徒会室まで行かせて下さい」

「何か用でもある訳?」

「生徒会室で昼食を食べるんですよ」

「男のアンタが? 意味不じゃない?」

「……色々とあるんです。じゃあ行きますよ」

「はいはい」


 たったの数分で疲れた僕に対し、渚さんは何を思ったのか手を繋いできた。

 細くて長い指と柔らかい感触に、目が点になってしまった。


「ほら、早く行くわよ」

「ふ、普通逆じゃ……」

「尻に敷かれるのもいいでしょ」

「別におわぁ?!」


 半ば強引に手を引かれ、生徒会室へと向かう僕達。

 愛実さんと合流した時、どうやって説明すればいいのやら。


♢♢♢♢


 生徒会室前まで来ると、渚さんが扉をノックし静かに開いた。


「こんにちはー今大丈夫ですか?」

「あー! 景さんだー! 本当に北高に来てたんだー!」


 萌乃ちゃん先輩のタックル抱擁を。優しく受け止めた渚さんだけど、僕と明らかに態度が違う。


「わ! 晴屋さんって本当に小さくて可愛くて、お人形さんみたいですね♪」

「んふふ~♪ あ、洋お兄ちゃんと一緒だったんだー!」

「無理矢理付いてき……前言撤回します」


 怪演の時に見せる視線で見るなんてズルい。

 そんな中で、椅子からコケ落ちた暗堂さんがフルフル震えながら近付いてきた。

 何か様子が変だぞ。


「つ、積木さん……いつの間に萌乃さんを妹に……?」

「アンタ、そういう趣味があったのね。普通に引くわ」

「深い訳があるんですって!」


 僕は萌乃ちゃん先輩の許可を得て、なんでその呼び名になったかを説明した。

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