5章 お忍び女優と

第27話女優の顔、決意するスポーツ女子

 ゴールデンウイークが明け、いつもと変わらない高校生活が戻って来た。

 かと思えば、校内の様子はゴールデンウイーク前と違っていた。


 生徒は誰しも浮足立ち、女生徒は上の空でぽわぽわ幸せそうで、男子生徒は興奮冷めやらぬ感じだ。

 何故こうなっているのかは、それ相応のイベントがちゃんとあったからだ。


 それはゴールデンウイークに入る前日の事。

 突如として全校集会が校庭で行われたのが始まりだ。


♢♢♢♢


 生徒はダルそうに校長先生の話に耳を傾け、早く終わらないかと心の中で呟く中、校長先生から突然サプライズが告げられたんだ。


「えぇー急遽ですが、このお2人に登壇して頂きましょう。お願いします」


 登壇した2人に生徒は瞬きを忘れ、声にならない歓喜の声を上げたんだ。


 まさか本当に夏ドラマ主演俳優の佐々坂翔さんと、凪景こと渚さんが登壇するとは、事前に生徒会で案を聞いていた僕でさえ、実現すると思わなかったんだ。


 事の発端である呉橋会長に視線を向けていたら、目がバッチリ合った。

 そして呉橋会長はこれ見よがしに体を反ってドヤってた。

 でも、隣にいた先生に注意されていた。


「おはようございます北春高校の皆さん! 初めまして、俳優の佐々坂翔です!」

「女優の凪景です! 本日は皆さんと交流する為、少し遊びに来ちゃいました!」


 人気俳優と人気女優の肉声を聞き、全生徒が夢ではなく現実なんだと実感し、お祭りの様に歓喜に湧き上がった。

 先生達が鎮めようとしても、若い力には勝てず、ボルテージが増すばかりだった。


 しかし、そこで活躍するのが本校の生徒会長呉橋星だ。

 マイク片手に軽く咳払いで声の調子を整え、生徒達に向かって言った。


『はいはいはい。これから握手会的なことやるんで、静かにしないと中断しますよー』


 鶴の一声とでも言えばいいのやら、生徒達の騒めきが大人しくなった。

 そのまま生徒会の皆さんによる握手会の説明が始まった。


『3-Aから順次行うっす! ルール守らない生徒は、私と放課後無限校庭マラソンっす!』

『時間がないので綺麗に並んでくださいねー!』

『お2人は、こちらで待機して下さい……』


 生徒会の皆さんの指示に素直に従い、早速始まった握手会。

 佐々坂さんと凪景が横に並び、1人1人に短い握手を交わし始めた。

 この直接交流を実現させた呉橋会長は、今件で更に生徒からの信頼を得たに違いない。


 あっという間に1-Bの番になり、列が進む度に緊張が増していた。

 そして佐々坂さんの前まで来た僕は、がちがちに緊張してしまってた。


「こんにちは! もしかして緊張してる?」

「は、はい。そ、その、頑張って下さい」

「ありがとう! 君も頑張って!」


 テレビ画面で見るのと、こうやって直接交流するのとじゃ、イケメン度合いが全く違う。

 いい匂いは当たり前、顔のパーツもハッキリくっきり、背丈も思った以上に高くてイケメン要素しかない。


 短い握手時間を終え、佐々坂さんの隣にいる凪景と対面した僕だけど、何故か緊張は一気になくなっていた。


「待ってたわよ。アンタって1年生だったのね」

「い、言ってませんでし……そうなんですよ。これからも頑張って下さい」

「それだけかしら。私はまだ話足りないのだけど」


 ちょっと渚さん要素が前面に出過ぎじゃないかな。

 後ろにはまだまだ並んでるし、こんな親しく口調が変わってたら怪しまれるぞ。


 そんな渚さんの様子を察したマネージャーさんが、耳打ちをしていた。


「……あ。コホン……私も君の事、応援してるから♪」

「あ、はい」

「……納得いかないけど、今日はありがとう♪」


 微妙な空白時間の顔が、完全に不服を訴えていた。

 握手もそれとなく力が入ってたし、明らかに態度が僕だけ違った。


 滞りなく握手会が終わると、再び登壇した2人がドラマ撮影に関する注意喚起を、優しく丁寧に生徒らへ伝えた。

 降壇して去って行った後も、生徒達は興奮冷めやらぬ状態なのは言わずともだ。


♢♢♢♢


 そして現在に戻り、教室へと入った僕は愛実さんや峰子さん、そして来亥さんの姿を視界に入れた。

 他の皆はゴールデンウイーク明けでも未だに握手会の余韻に浸っているのか、ずっとドラマ撮影がどうなるか、佐々坂さんや凪景の話題で持ちきりだ。


 けれども、そんなことは他所にして愛実さんの様子が少しおかしかった。

 僕の机に突っ伏して、小さな溜息ばかりを吐いてる姿に声を掛けてみた。


「愛実さん? 大丈夫ですか?」

「積っち……はよ……」

「おはようございます。疲れてますか?」

「いやー……そうじゃなくてさー……」


 ジーっと僕を見て、ニンマリ頬が緩んだかと思えば、悔やみきれない顔で再び突っ伏した。

 自分の足をバシバシ叩いて、愛実さんは自分の中で何かと戦ってるみたいだ。

 陸上の大会が来週に迫って、精神的に疲れているのかもしれない。


 余計なお節介かもだけど、ここは峰子さん直伝のツボ押しをして、少しでも楽になって貰うしかない。


「愛実さん、手借りますよ」

「え、あちょ……」

「ここのツボを押すとリラックスが出来るんですよ。ですよね、峰子さん」

「ん? どれどれ……洋は呑み込みが早いな。バッチリだ」


 峰子さんのお墨付きとならば、もっと気合い入れてやってあげないとだ。


 ツボ押しを終えると、愛実さんはツボ押しした手をサスサス優しく触れ、僕のことを見ていた。

 少しでもリラックス出来てたらいいけど、効果があったか聞いてみよう。


「どうでしたか?」

「めっちゃ元気出た……あんがと」

「いえいえ」


 その割には声も小さくて、顔も赤らんでる気が。

 もしかして、半ば強引に触れられたのが嫌だったりしたのかも。

 ちゃんと聞いてからやって方が良かった。


「んっん! 積っちと会うの久し振りだけどさ、ゴールデンウイーク中何してた?」

「え? えーっと……町ブラだったり、家で妹と遊んだり、姉さんに勉強教えて貰ったり……あ、ゲームのオフ会に行きましたね」

「へぇー……って、オッフオフオフ会?!」

「うぉ! びっくりした」


 急に身を乗り出してきたから驚いた。

 そんなにオフ会に行ったのが変だったかな。


「ち、ちなみにお、男の人だけでか?」

「それが女性6人で僕1人だったんですよ」

「がはっ!?」

「め、愛実さん?!」


 勢い良く仰け反って、自分の机に頭を打ち付けてしまっている。

 そのまま両手足が脱力した愛実さんは、ゆっくりと僕の机に頭を乗せて、動かなくなった。


「私……陸上辞めたら自分磨き頑張る……」

「え?充分じゃないですか?」

「っ……あ、あんがと天…で、でも、まだ足りな……はっ!」


 何か閃いたのか一気にいつもの愛実さんが戻ってきた。

 ただ同時に、元気になった反動で愛実さんの足が、的確に僕の脛を蹴ってきて若干痛かった。


 そんな僕の事は見ず知らず、愛実さんは何故か峰子さんの手を両手で包み、キラキラな眼差しを送っていた。


「峰っ子さん! いや、峰子師匠! 私、ナイスバディーを目指すんでよろしくお願いします!」

「ん。洋、なんでこうなったか分かるか?」

「さ、さぁ……」


 一体どんな流れで体改善しようと思い立ったんだろうか。

 今でも充分に魅力的な筈だけど、愛実さん本人は妥協したくないんだね。


 でも憧れの眼差しというよりかは、峰子さんの体を舐めまわす様に見てるような。

 それでも愛実さんがこうやって宣言したのだから、ぼくも影ながら応援しないとだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る