第4話ギャル再び

 放課後になり、下校したり部活動に励んだりと、生徒達が教室から去って行く。

 僕も下校したいけど、詰み場の三人が教室内からいなくならないと、安心して下校できないでいる。

 なので、下校準備になるべく時間を掛け、いなくなる頃合いを見計らっています。


「よっと……んじゃ積木君。また明日も頑張ろーな」

「あ、はい。部活、ファイトです」

「あんがと!」


 笑顔に花咲かせた瓦子さんは、笑顔が最高に似合う人だ。

 エナメルバックを肩掛けて、僕にひらひらと手を振りながら教室を出て行く。

 最後まで心が温かくなる良い人だ。


 瓦子さんの印象が形成される中で、冷たく突き刺さる感覚が襲った。

 どこから来てるものなのかは、すぐに分かった。

 

「あ、あの……どうかしましたか来亥さん」

「あ?」


 一言の圧と鋭い睨みで、石化に似た強張りが生まれた。

 癇に障るような失態を知らず知らずに犯していたに違いないと、毒舌の嵐を受ける覚悟で身構えた。


「……ちっ」


 舌打ちを一発するだけで、それ以上何か言う訳でもなく、リュックを背負って教室を出て行った。

 消しゴムをくれたと思えば、冷たい視線を突き刺す来亥さんは、何を考えているかサッパリ分からない。


 強張りも解けてホッとしていたら、ちょんちょんと右肩を突かれていた。


「洋。大丈夫か?」

「はっ。み、峰子さん?」

「私も帰るけど、何かあれば遠慮なく連絡してくれ。力になるから」

「は、はい」


 流石頼れる姉御肌の峰子さん。

 初対面時こそ圧を覚えたけど、言葉さえ交わせば女神の懐にいると気付かされて、心強い隣人という認識が根付く。

 恵まれた巡り合わせには感謝に尽きる。


「じゃあ、洋。また明日」

「ま、また明日です」


 峰子さんを見送ったことで、生徒もまばらになった教室内には詰み場がなくなっていた。

 今こそ下校チャンス。

 ここで速やかに下校しなければ、何かしらの詰みに取り込まれるのは目に見えている。

 放課後ぐらいは詰みたくないんだ。 


 教室を出て向かうのは、登校にも通ってる人通りの少ない遠回りの道。

 生徒や先生との遭遇確率が低確率な道程、詰み体質の僕に合う道はないと豪語できる。


 行き慣れた道を速やかに抜け、無事に詰む事なく下校に成功。

 あとは駅までひたすらに数分歩いて、帰宅車両に乗り込めば詰みから解放されたも同然。


 ただ、駅までの一本道の歩道でも警戒を怠ってはならない。

 前方に女生徒が歩いて思うように進めず、追い打ちをかける様に後ろから女生徒グループが迫ってるんだ。

 女生徒グループがどんどん距離を縮めてくるもんだから、正直焦っている。


 間隔こそ開いているも、一本道の歩道上で詰んでいる事には変わりない。


 そもそも男女比率2:8の高校なんて、詰みに遭遇して下さいって言ってるようなもの。

 初めから他校へ進学すればいい、詰み体質が関係ない究極安置の男子校で守られればいい。

 色んな進学先があったけど、僕は北高校に入った事には後悔していない。


 元々、これといった高望みがなく、将来的に詰みのない普通の生活を送れれば充分だからなんだ。


 けど、強いて北高を選んだと言いうなら、積木家の家族事情が関係してる。

 積木家は高校3年の姉さんと中学2年の妹、つまり子供3人が現役学生。


 なるべく両親に負担を掛けさせまいと考えたら、学費が共学校の中で一番安く済み、通学時間も金銭負担の少ない距離の北高が一番だった。

 学力レベル自体も中の上、将来的にも進学も就職もあまり困らないから、盛沢山の詰み要素さえ回避すれば、まさに僕にもってこいな環境だったんだ。

 

 誰かに言われたからではなくて、ちゃんとした僕の意思で決めた進路だから、後悔はないんだ。

 

 

 現実の詰みを意識しない為、北高を選んだ心境を思い返す内に、駅まで来ていた。

 改札を過ぎてホームへ直行し、詰みのない最前列を確保するのが鉄則。

 ホームアナウンスで続々と列に人が並び、僕の後ろにはスマホをいじる女性が並ぶ。

 勿論これだけじゃ詰みとは呼べないから、心持ちは楽。


 帰宅車両が停車し、降車する人達を見送りつつ、安置を瞬時に目視。 

 通勤通学時間帯の車両内と比べて、車両内人口は格段に少ないから、詰み場になる事も滅多にない。

 端の席がまるまる空席なのを確認し、降車する人がいなくなるのと同時に、空席の端へと座った。


「ふぅー……」


 やっぱり帰宅車両内は非常に快適。

 心身共に落ち着けるこの時間帯は、お気に入りの小説に没頭するのが帰宅の日課になっている。


 通学時でも没頭すれば詰みになっても気付かず、問題ないと思われるかもしれない。

 でも考えてみてほしい。

 常に他人の視線が行き交う中で、読書に没頭できるかを。

 少なくとも僕にとっては極めて困難であると、その身をもって経験済み。


 自分だけの時間に没頭できる今は、詰み体質の中でも小さな幸せとも言える。



 小説の展開が進むにつれ、車両内の出入りが起きてても、ひたすらに小説と向き合えば問題なく過ごせる。

 なんて幸せな時間な。


「……い……おーい、1年生君」

「……へ? わ?!」


 今朝方出会った吊革ギャルこと千佳さんが、僕の正面で見下ろしていた。

 しかも魅惑的ギャルの真理さんも、右サイドからグイグイ密接中だ。


 僕は大事なことを頭からすっぽり抜けていたと、ようやく理解した。

 帰宅は通勤通学時の逆ルート、つまり他校の顔見知りと出会う可能性も十分にあり得る。


 今こうして再会するのを想定するのが、詰みを避ける点では大事なこと。

 こんなにも存在感がある2人がいながら、小説に没頭し過ぎて気付けず、詰んだんだ。

 完全な自業自得詰みだ。


「朝ぶりだね」

「おひさ~♪」

「ど、どうも……」


 時間帯的に千佳さん達との遭遇は充分にあり得た。

 ファーストコミュニケーションがどうあれこうあれ、ギャルと言葉を交わした事実があれば、他人から知り合いへと認識される。

 そしてギャルの意欲的行動力を侮った結果、詰み要素として僕に声を掛けてきた。


 これこそが通勤通学時の逆ルートから生まれた帰宅詰みだ。


「一応、気付かれる方なんだけど……君は気付いてくれなかったね」

「眼中にない感じ~? いけず~」

「す、すみません」

「ふーん……ちょっとショックかな……」


 軽く拗ねた千佳さんが口を軽く尖らせて、不服の眼差しを向けてる。 


 なんて言葉を返せばいいのか悩みに悩んでいる中、ふいに右腕が柔らかな感触に包まれた。

 恐る恐る視線を向けたら、血迷った真理さんが右腕を胸で挟み込んで、抱き着いていた。

 思考は一瞬でピンク一色、全神経が右腕に集中せざるを得なかった。


「こうしてアピれば振り向いてくれる~?」

「あ、え、う?」

「真理、1年生君が困ってるからやめなよ」

「私にヤキモチ~? それとも1年生君に~?」

「いいから!」


 手刀で接触面を切り離し、とても不機嫌な表情で真理さんを見下ろす。


 お陰で僕は我に返り、これは冤罪なのかとコンマ数秒で過り、顔が青ざめた。


「……真理、1年生君に謝って」

「ごめんなさーい~今度はもっとサービスするから~ね~?」


 反省の色ゼロ、それどころか追い打ちでオーバーキルさせる勢いだ。

 色っぽく体を寄せる真理さんは、草食動物を狩る肉食獣に見えて仕方がない。


 そんな捕食間近、千佳さんが僕と真理さんの間に割り込んで、無理矢理座って来た。


「狭いよ~」

「反対側でくつろぎなよ。1年生君、大丈夫?」

「は、はっす」

「落ち着いてからでいいよ」


 千佳さんは制服のポケットから飴玉を出して、朝と同じく僕の口へ転がした。


「どう? これでマシになった?」

「ふぁ、ふぁい」

「なら良かった……そういえば、背筋ちゃんと伸びてるね」

「い、意識しないとですけど……」


 今回の詰みは悪い詰みではない。

 明日以降は小説に没頭せず、周囲を常に意識するという教訓が出来たんだ。


「でもでも~私達が声掛けるまで意識しないなんてね~まるで私達が小説以下みたいな~?」

「す、すみません」

「気にしないでいいからね。真理、私の足を枕に寝ないでよ」

「すべすべやわやわ~そしてイイニオイ~」


 何故か僕にチラチラと羨ましいだろうと見てきてる。

 本当に掴みどころのない人になりつつある。


「まったく……1年生君って帰り早いけど、帰宅部なの?」

「は、はい。部活とかの集団環境みたいなのが苦手なので……」

「うんうん、気持ち分かるよ。あ、だから朝会った時、肩身狭そうだったんだね」

「え。あ、ソウデス」


 凹状包囲網の詰み場だからあんな風だった。

 とは口が裂けても言ってはいけない。

 千佳さんに同調して乗り切る、これが最良の選択だ。


「あ、そうだ。ねぇ1年生君」

「は、はい」

「私、行きも帰りも大体この時間帯だから一緒になれるよ?」

「そ、そうなんで……え?」

「顔見知りと一緒なら肩身狭い思いも、少しは軽減できるでしょ?」

「は、はい」

「じゃあ決まりだね。明日からね?」


 他の詰み要素から守られる詰み、セーフティー詰みが訪れるとは。

 詰んでいるのには変わりないけど、千佳さんの善意を無下にする訳にはいかない。


「どの車両になるかもだし……はい、連絡先交換しよ?」

「お、お願いします」

「私のも~」


 お互いにSNSの連絡QRコードを読み込み、連絡先がしっかりと画面に反映された。

 画面を食い見ている千佳さんは他所に、真理さんが声を掛けてきた。


「1年生君~私、自撮りが趣味でね~もし欲しかったら遠慮なく言ってね~」

「え? あ、はい」

「ンフフ~素直な子には特別サービスもしてあげちゃうよ~」

「真理!」

「ふぇ~頬っぺ抓らないで~」


 真理さんなら本当にやり兼ねない、内心ドキドキしながらもヒヤヒヤでもあった。

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