第3話生徒会役員オンリー女子
午前中の授業が終わり、気の緩んだ声が至る場所で聞こえ始めていた。
そう、昼休みの合図だ。
購買戦争や学食渋滞はもはや昼休みの日常風景で、恐ろしくて行く気にもなれない。
一方の弁当持参組はというと、それぞれ校内で拠点を設け、ほのぼのと有意義な時間を過ごしている。
そんなんで僕も弁当持参組だけど、詰み場の教室ではなるべく食べないようにしてる。
理由はシンプルに落ち着けないからだ。
だからまずは、一人でも落ち着ける場所を探すことから、僕の昼休みは始まる。
まだ一緒に食べる男友達がいるならまだしも、未だに作れずにいるし、同中から来てるのは異性のみ。
毎回昼休みは悲しき現実を突き付けられる。
ただ便所飯だけは避けてきたけど、もしもの時に場所確認だけはしたことがあった。
でも、どこも常に先客が占領中で、選択肢からは除外することになった。
それはそうと、行く場所行く場所に詰み人達の気配が近付いてくるから、血眼で校内を駆け巡るしかない現状なんだ。
理想的な高校生活を送るには、自らの時間を削るしかない。
そんな犠牲を伴う昼休みのルーティンに、早く終わりが来てほしい今日この頃です。
あてもなく足を動かす中、前方から3年の女生徒が書類に目を通しながら、こちらへと歩いてきていた。
僕と面識のある人で自然と足を緩めていたら、視線を感じた彼女が書類から目線を上げ、僕に気付いた。
「ん? 洋君じゃん。またぼっちめし?」
「く、
「事実じゃん」
直球ど真ん中の発言にぐうの音も出ない。
そんな発言の主である彼女は、本校の生徒会長、3年の
漫画とかで定番な生徒会長像である、黒髪ロング、眉目秀麗、聡明叡智要素を持ち合わせたパーフェクト美女。
なのに全くモテない。
そもそも高嶺の花である呉橋会長に近付けないのもある。
けど、本当の訳は裏表ない発言の
呉橋会長にアプローチしようものなら、大体は一言で玉砕される。
理想の型にはまった容姿も相まって、凄まじい威力となっているに違いない。
僕も初遭遇時、一言目でぼっちだと断言されて、失礼この上ないファーストコンタクトをとられる程だ。
今回もまた事実を突き付けられて動揺してしまった。
しかし、どうしても呉橋会長のとある誘いが来る前に、僕はこの場から逃れなければならなかった。
そのとある誘いとは数日前の昼休み、初遭遇時に起きた誘いだ。
呉橋会長が僕のぼっちを見かねて、世話焼きとして生徒会室で一緒に昼食を楽しもうというもの。
生徒会室には呉橋会長以外に生徒会役員が三人おり、全員が女生徒なんだ。
つまり生徒会室に行けば詰む。
それからどうにかして逃げたかったのに、既に呉橋会長に腕を組まれ拘束されていた。
「さ、ぼっちめしはやめてさ? 前みたいに一緒に食べよっか」
「ひ、一人でも大丈夫ですので……」
「何言ってんの。ご飯は皆で食べるから美味しいって前にも言ったじゃん」
「そ、そうですけど……」
「はいはい。ぼっちに二言無し。いざ行かん生徒会室!」
腕に触れる豊満な胸が煩悩となって、呉橋会長の歩むまま連行される。
連行されるがまま数分、赴きある扉まで辿り着き、開いた先には二つの視線が僕らの姿を捉えていた。
「ただいまー」
「おかえりー星さ……あー! 積木ちゃん! いらっしゃーい!」
「こ、こんにちは
まるで太陽を背にした性格のロリっ子、
蒼髪ポニテと頭一つ低い背丈、なによりもいつも元気溌剌な方。
大多数の第一印象は小学生になってしまうけど、当の本人は子供心を忘れないポリシーに生きているとのことで、どう思われようが一切気にしていないと。
事実、飛び級進学していて学年自体は3年だけど、実年齢は僕と同じ15歳だ。
生徒会会計として呉橋会長自らがスカウトした選ばれし者。
全生徒から一目置かれているハイスペックロリっ子だ。
「ヒヒヒ……この前の……ヒヒ……1年生さんだね……ヒヒヒ……」
「ど、どうも
言葉の節々にニヒルな笑みを零す、2年の
椅子で体育座りしながらコミュニケーション中だ。
厚手のオーバーサイズ黒パーカーと、片目しか見えない黒長髪が絶妙に合わさっている。
そんな外見だからか、校内を徘徊する女霊と間違われることがしばしば。
着太り格好にもかかわらず本体はかなり細身で、お胸だけは立派に主張されている。
どこにでも通用するモデル体型なので、女生徒からは崇拝されるほどだ。
そして驚異の暗記力を誇り、入学当初から学年トップを独走する英才美女。
そんなハイスペックを認められ、萌乃さんと同様に生徒会書記としてスカウトされ、今に至るそう。
「ん? ねぇ、萌乃?
「購買だよー!」
「ヒヒ……噂をすれば足音がするよ……ヒヒ……」
暗堂さんの言う通り、急接近する足音が廊下から聞こえた矢先。
僕は勢い良く開かれた扉を背で食らい、無様に転倒。
追い打ちをかけるかのよう、僕の尻を踏みつけた方が最後の生徒会役員だった。
「じゃじゃーん!
「今日は山盛りパン祭りかい。絶対太るじゃん」
「食べた分運動すればいいっす! ん? あ、洋後輩じゃないっすか! なんで私に踏まれてるっすか?」
「え」
「ご褒美貰えて最高じゃん、洋君」
自分が発端なのに自覚無しなのが、2年の生徒会副会長である
体育会系に関連するものが秀でて万能。
ただし説明する事が絶望的に下手。
砕け敬語が特徴的な活発女子で、金髪ショートシャギーと常時上下制服ジャージ姿を貫き通す謎こだわり持ち。
それもそのはず、師走さんはかなりの天然なんだ。
現在進行形で呉橋会長の言葉を真に受け、踏みつけている僕の尻を絶妙な踏み加減でぐりぐりしている。
「洋後輩! もっと踏まれたくなったら遠慮なく言って下さいっす!」
「お、お気遣いどうもです……でも、もう踏まなくて大丈夫です」
「さ、皆揃ったし食べよっか」
師走さんを促した張本人はすっかり昼食ムード。
萌乃さんと暗堂さんとで、折り畳み式テーブルとパイプ椅子を人数分用意していた。
師走さんも手伝い始めて、どうにか踏み付けからは解放された。
生徒会室という密閉された室内に女生徒4名。
そして哀れな男一匹という環境下で、楽しい楽しい昼食が始まった。
今回の場合、自らが詰み場に遭遇するのではなく、異性になされるがまま誘われた場だ。
これを
しかも通常の詰みとは違って、異性が主導権を握る逃げ場のない監獄だ。
絶対的な立場にある生徒会室に収容された以上、自らの意志で退室することは無謀に等しい。
今は大人しく昼食を楽しみ、昼休み終了の予鈴まで耐えるしか、僕の生き残る道はない。
「ヒヒ……会長……私の卵焼きと……ヒヒ…………交換しよ……」
「卵焼きと? じゃあ、アスパラベーコン巻きで」
「ヒヒ……これ好き……ヒヒヒ……あむ……」
「まむまむ……芽白ママの卵焼き、美味だわー」
弁当の定番イベント、おかず交換をほんわか空気で楽しむ、呉橋会長と暗堂さん。
そんな2人と対面している僕は、師走さんと萌乃さんに挟まれ、静々と箸を進めていた。
「あ! 積木ちゃん! タコさんウィンナー入ってるー! いいなー! 可愛いなー!」
「ふ、2つあるのでどうぞ……近ぃ……」
「ありがとー! 積木ちゃんはイイ子だねー!」
まるで大型犬を愛でる喜び表現。
なけなしのお胸が顔面へと押し付けられ、何もできずなされるがままだった。
「佐良、メロンパン一口頂戴。あーん」
「一口っすか? か、かじり取ったのが欲しいなんてやらしいっすね! 星先輩!」
「ヒヒ……指先でちぎったのをあげればいいんだよ……ヒヒ……」
「おぉー! 流石、芽白! 有言実行するっす!」
暗堂さんの助言を得て、呉橋会長へと一口メロンパンを食べさせた師走さん。
飲み掛けの牛乳も差し向けるサービス付きだった。
ストローで牛乳をチューチュー吸い、口内に広がる至極の組み合わせに顔を綻ばせている呉橋会長。
黙っていれば絵になる。
口を開けば全てが無に帰す。
そんなギャップが会長らしいなと、僕は心で呟いた。
何事もなくお弁当イベントを終え、これから予鈴までどう乗り切るかを思考する僕に対し、呉橋会長が当たり前の様に告げた。
「ほんじゃ、明日以降も皆でお昼しようか。ね、洋君」
「か、完全に場違いですので……その……」
「さっきも言ったじゃん、ぼっちに二言無し。萌乃、芽白、佐良」
僕をこの場から逃さまいと、暗堂さんと師走さんが両脇に座り、萌乃さんが膝上に乗ってきた。
詰みフォーメーションから逃れる術はない、もはや拷問も同然だ。
そんな僕の正面で美脚を組み替える呉橋会長は、拷問執行人にしか見えない。
「洋君。本校の男女比率は知ってるよね。男2の女8。この意味分かる?」
「ヒヒ……私達が生徒会である以上……ヒヒ……数少ない男子生徒の意見も聞かないと……ヒヒ……適切な改善もできないでしょ……?」
「でも! 男の子達は女の子を避けちゃって、まともにコミュニケーションがとれていないのが現状なんだよ!」
「確かに男子は教室とか学食でも、どこでもかしこも一か所に纏まってるイメージっすよね。なんでっすかね?」
立場上男子は一つでも女子とのコミュニケーションを間違えれば、高校生活終了のお知らせになる訳で、下手に動けないのもある。
安心安全な高校生活を送るならば、無理に女子とコミュニケーションをとらないで、同胞達と固まって女子達を遠目で眺める、男子の考えはそれなんだ。
「優しく言えば部屋隅の埃、きつく言って存在感の無い群れ。ただ、洋君は当てはまらないんだよ」
「ヒヒ……つまり一匹狼の1年生さんはね……ヒヒ……生徒会にとって男子生徒の意見を聞ける……ヒヒ……唯一無二の重要人物なんだよ……」
つまり一匹狼の僕は部屋の埃にすらなれず、存在感の無い群れにも属せず、男子の味方がいないあまりにも残酷な現実に立たされている。
改めて突き付けられた現実だけど、納得はしていない。
僕は自分自身が重要人物であることを肯定できない。
だからここは否定するしかないんだ。
「そ、それでも僕じゃない方がいいです」
「今更前言撤回なんて無理」
「な、なんでですか?」
「運命の出会いってやつだからじゃない? うん、それでよろ」
呉橋会長のぶっ飛んだとんでも理論。
僕は言葉を失い、もはや呉橋会長に勝てないのだと落胆した。
「あ、そうそう。洋君のスマホ出して」
「え?」
「これから昼食する仲だし、連絡先知ってても普通じゃん。それに洋君からの意見を気軽に聞けないなんて、色々と不便じゃん?」
「か、顔がかなり近付いてますよ……」
「洋君が素直にならないから近付けてんの。前に聞きそびれて、結構後悔したんだからさ……ほら、出して」
言われるがままポケットからスマホを出し、無料SNSの連絡先QRコードで生徒会メンバーと連絡交換した。
生徒会メンバーが笑顔で画面と睨めっこする中、呉橋会長がさわやかな笑顔で僕に握手を求めてきていた。
「洋君。これからも我が生徒会と末永くよろしく」
頂点に君臨する者達に逆らうことなかれ。
自分が如何にちっぽけな存在であるのかを、握手で固く誓わされたと身に染みて感じた。
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