第2話スポーツ女子、毒舌女子、姉御女子
通勤通学時の詰みを乗り越え、気持ち五体満足で教室までやってこれた。
窓際の下角が僕の席で、席替えでは一二の人気を誇っている位置だ。
そんな人気席だけど、詰んでいることには変わりないんだ。
教室内での詰み要素はこうだ。
その1、僕の前席で机に突っ伏している
同じ1年にして陸上部のレギュラー組で活躍中。
黒ショートに健康的なプロポーション、日焼け跡がチラ見えする軽い無防備さに、男子は鼻の下をよく伸ばしている。
僕の場合、必然的に瓦子さんの姿が視界に入るけど、鼻の下を伸ばしたりはしない。
サッパリした性格と人の良さで、男女共に好印象を持たれているリア充でもある。
成績はからっきしらしく、代わりに部活動で数々の成績を残し、中学では運動関係の有名校や強豪校から幾つもスカウトがあったみたい。
のに、部活動全般がこれといった目立った成績はなく、良くて県内に納まる程度の平凡レベルの北春高校にいる。
正直、スカウトと無関係な北高を選んだ理由は分からないけど、最終的にはどの道を選ぶかはその人次第。
だから僕はこれ以上は知らないでいいと思ってる。
そんな瓦子さんが単独なら無害なんだけど、リア充というステータスがあるから、周囲に人が集まりやすい環境になってしまうんだ。
今まさに僕が着席した僅かな時間に、他クラスの女子2人が瓦子さんに近寄っていた。
「おやおや、今日も眠そうですね~」
「ねむねむー?」
「んー……毎日朝練だからなーねみぃー」
「ふっふっふ……朝からお疲れ様な愛実様に敬意を払い、お菓子を献上させて貰いますよ。どうぞお納め下さ」
「まむまむ……うまー」
「ちょ!
「すゃー……」
友人らの悶着を他所に、完全寝落ちした瓦子さん。
そんな瓦子さんの隣席では女生徒が眼鏡越しに眼光を光らせ、小言を呟いていた。
「ぶふぁ……最高かよ……」
彼女は
幸福オーラがドバドバ溢れ、ダークブラウンのフィッシュボーンが揺れていた。
来亥さんは漫研所属で、人間観察には抜かりなく、ありとあらゆる人間情景を題材を吸収してる。
僕も幾度となくその吸収姿を目撃してて、目が本当に怖かったことだけが鮮明に脳裏に焼き付いている。
あと、小耳に挟んだ噂話によると、中学で小さな漫画賞を獲って、読み切りでデビューしてるらしい。
ただ毒付いた口調の性格で、好き好んで来亥さんへ近付くのは、M気質な人や変わり者が多い気がする。
そもそも僕との接点が一切ないのに、時折目が合うことがあるから怖いのなんの。
なるべく視線を向けないように日々努力中です。
そんな視線逸らしの先で、教室を出る女生徒と登校してきた女生徒が軽く衝突していた。
登校してきた方が詰み要素その3、名前を
赤み帯びた長髪と制服を肩掛けするスタイル、不意な衝突をものともしない長身で女生徒を見下ろし、三白眼が際立つ。
「ごめん。ケガしてないか?」
「う、うん」
「なら良かった。もし痛むようだったら遠慮なく言ってくれ。保健室まで運ぶから」
「ひゃ、ひゃい! し、失礼しましゅー!」
真っ赤な顔で去った女子生徒を見届けたギャラリーから、チラホラと甘い吐息が漏れる。
義刃さんはイケメン性格且つ、180越えの長身だ。
体も女性らしさをちゃんと残した引き締まり具合で運動神経抜群、体育の時は女子がキャーキャー黄色い声を上げてる。
そして何よりも制服の前が閉められないぐらい、スゴイ胸が大きいんだ。
僕も初対面時、思わず二度見してしまうぐらい圧巻された。
そんな義刃さんにはファンクラブが存在していて、先程の甘い吐息もファンクラブの人なのは分かり切っていた。
さっき去った女子生徒はファンクラブに入会するだろうと、教室内に居合わせた生徒達はそう思ってるに違いない。
「洋、おはよ」
「お、おはようございます峰子さん」
僕の隣席なのもあって、毎回気さくに挨拶をしてくれてる超絶な善人。
更には峰子さんの方からお互いに名前呼びしようと提案してくれ、詰みが若干和らいでいる実感がある。
これらは峰子さんの懐が広いから出来る行為なので、僕が見様見真似でやっても無様に終わるだけ。
とにかく男に勝るイケメン女子とだけ覚えていて欲しい。
「洋、一時間目は歴史だったか?」
「え、英語です」
「英語だな。間違えるところだった、ありがとう」
「い、いいえ」
以上の3名が教室内で僕を囲む、強制的な詰み場になっている。
でも、入学当初の席に比べれば多少マシな方なんだ。
当時の席は教室のど真ん中、四方八方が女生徒のパーフェクトな詰みだった。
だから席替えの有難みを日々噛み締めるけど、詰み場なのは変わらない。
ホームルーム後、一時間目の予鈴と同時に英語担当の原先生が登場。
教卓上にプリントを置きつつ、不敵な笑みを浮かべる原先生に、僕らは察した。
これは生徒全員が望まない発言が来ると。
「えー抜き打ち小テストを実施しますよー机の上には筆記用具以外出さないでねー」
抜き打ち小テストは学生にとってバッドイベント。
いくら騒めき立っても、小テストの微々たる成績反映には皆抗えず、塵積って山となる精神で渋々準備を始めていた。
テスト用紙が全員に行き渡る中、一人悠々とパイプ椅子に座って足組みする原先生。
根は優しくて美人な先生なのに、絶妙に反論し難いサディスティック行為を頻繁にしてくる性格。
だから生徒は愛称としてサディ原と呼んでいる、勿論本人がいない場所で。
「時間は20分ー中間テストの範囲にもなってるから、頑張ってねー」
追撃の反論し難い小テスト理由に、そんなんだから彼氏なしの独身なのだと、生徒同士で通じ合う。
とは言え、結果的には成績向上になると言い聞かせ、しぶしぶ解答用紙と向き合うしかなかった。
順調に解き進め始め数分、僕は消しゴムを落下させる痛恨のミスを犯した。
筆入れに予備の消しゴムは無し。
シャーペンの頭の小さな消しゴムを使用するのには、流石に抵抗があった。
まだ自分の足元に落下したのならば問題ないけど、瓦子さんと来亥さんの間にある歩行通路に落ちてるんだ。
とにかく静々と挙手すれば、サディ原先生が来てくれて、消しゴムを机に戻してくれる。
のに、それよりも早く瓦子さんが拾い上げてしまったんだ。
瓦子さんの性格上、必ず物を返却する人物であると分かっているのに、優に数十秒掛かっている。
そのまま瓦子さんの所有物になれば、いよいよシャーペンの消しゴムを使うことになる。
シャーペンの消しゴムを使う小さな覚悟を決めかけた時、瓦子さんがそっと消しゴムを机に置いてくれた。
感謝の気持ちに溢れそうな中、帰って来た消しゴムに違和感があることに気付いた。
小テストの切れ端がカバーに挟まれていて、簡潔な文が書いてあったんだ。
《
瓦子さんが善ある人なのが一目で分かる文。
微塵でも悪意があるなと考えた自分を殴ってやりたいと、僕は沈黙の中で猛省し、どうにか時間内に空欄を埋めた。
テスト終了時の原則として、最後尾列の生徒が解答用紙を回収し、サディ原先生へ渡す事になっている。
つまり僕は帰り道に、瓦子さんのいる通路を通らなければ席へ戻れないんだ。
行きはよいよい帰りは恐い現象だ。
感謝を告げるか素通りするか、帰り道で葛藤するも、自然と意識が向いていたのもあってバッチリと目が合った。
この状態で前者の選択肢以外、選択する者はきっといないだろうと、申し訳なさを存分に引き出した感謝を告げた。
「か、瓦子さん。消しゴムを拾ってくれてありがとうございました」
「困った時は助け合いだろ? ほらほら、早く戻らんとサディ原っちに名指しされるぞ」
「そ、そうですね」
どこまでも善人なのだと心で噛み締め、浅い会釈で席へと帰還した。
授業が本格的に再開されて、何事もなく終了し、束の間の休み時間に差し掛かった時、思わぬ人物から声を掛けられる。
「積木」
「く、来亥さん? な、何ですか?」
「テスト中に物を落とすな。気が散る。分かったか?」
「き、肝に銘じておきます……」
「分かったなら、今度からこれも筆入れに入れろ」
毒を吐き捨てながら机に何かを置いて、そのまま教室を出て行った来亥さん。
置かれたそれは、かなり使い込まれた角無し消しゴム。
来亥さんの毒は毒に見せかけた優しさなのだと、若干M気質に目覚めかけていた。
そんな僕に視線を送る者がいた。
「ど、どうしました峰子さん?」
「洋、予備の消しゴムなかったのか?」
「え? あ、そうなんですよ。来亥さんのお陰で次からは大丈夫そうです」
「そうか……テスト中じゃなきゃ落ちる瞬間にキャッチできたんだが、洋がそれでいいならいい」
一瞬この人は何を言っているのだろうか、と返事に戸惑ってしまった。
時間差で如何なる場合でも他人を助けたい、そんな義刃さんの善意言動なのだと理解した。
詰みであることが全て悪いことではないと、少なくとも教室内ではそう思える。
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