積木君は詰んでいる

とある農村の村人

1章 詰んでしまう1日

第1話ギャル時々、OL

 僕は今、通勤通学時の電車内で腰掛けている。

 何ら変哲もない光景かもしれないけど、僕は詰んでいます。

 

 どんな風に詰んでしまっているのか、そもそも何故詰んでいると感じているか。

 人には理解されないだろうけど、僕積木洋つみきようは生まれてこの方、異性によってあらゆる場で詰んでしまう体質にある。


 世の男性が羨む体質だろうけど、少なくとも今の僕はこの体質から逃れたい一心で今を生きているんだ。


 で、今回の詰み場はこうなっている。


 目の前には吊り革で立つギャル、その友人のギャルが僕の左サイドに座り、他愛もない会話で時間潰し。

 右サイドにはOLのお姉さんが座り、肩に寄り掛かってうたた寝中。


 名付けるなら凹状包囲網でこじょうほういもう詰みだ。


 置かれている環境が環境なだけあって、些細な動作の一つで冤罪にだって成りえる、非常に危険な詰み。

 そんな詰みもはたから見れば通勤通学時の日常風景でしかなく、意識を向けない限り記憶にすら残らないもの。


 だから僕は冤罪を避けるべく、カバンを抱えて出来るだけ小さく縮こまっているんだ。


 幸いな事に彼女らも同じ通勤通学の境遇でこの場にいるし、時間経過で去って行くのは分かっている。


 ギャル達の着崩し制服の西女子高まであと数駅、最低でも10分弱は耐え凌がないといけない。


 ただ、この10分弱の間、OLのお姉さんが去る可能性もある。

 その去って行く工程で入れ替わりが生じ、空きスペースになった右サイドに女性が座るかもしれない。

 現にお姉さんの前には、別の凛々しいお姉さんが視線を光らせて空席を狙ってる。

 故に右サイドの意識も常に気を配らなければ、詰みからの逃走チャンスを逃すことになるんだ。


 もし僕がOLのお姉さんを気にせず去ろうものなら、最悪の場合、お姉さんが寝起き声を上げて大衆の面前で赤っ恥をかいてしまう。

 そのままお姉さんは今日一日、嫌な記憶がぐるぐる巡って仕事も手付かずになって過ごすかもしれない。

 とどめとしては後日同じ車両内で出会った時、無言の圧力で睨み殺されるだろうと、最悪なケースがあるからこそ考え無しの行動は控えている。


 理想としてはお姉さんが立ち去るのと同時に、流れに乗じて凹状包囲網から逃れ、ひたすらにギャル達からも遠ざかること。


 とは言え、僕みたいな草食男子はギャルに対して、高確率で苦手意識を持っている。

 ギャルもまたそれを承知済みだ。


 僕の北春高校制服もギャル達は知っているだろうし、高校自体はギャル達の降車駅よりも先の位置にある。

 あからさまな席を去る逃げ行為を実行しようものなら、ギャル達は自分達から離れたのではないかと思うかもしれないんだ。

 まだギャル達がそんなことを気に留めないならいいけど、癇に障る性格なら因縁をつけられて脅迫され、彼女達のお小遣いマシーンとなって僕の学生生活は終わる。


 僕がこんなあらゆる思考を巡らせて時間浪費してる最中で、電車がガタンと揺れ、不意にその感触が訪れた。


「そういえば真理まりっわ?!」


 予想だにしない吊革ギャルの豊満胸元開き付き顔面エアーバック。

 甘い香水と人肌の温もりは序の口に過ぎず、顔面を襲った未知の感触に僕の思考は停止した。


「ご、ごめんなさい」


 礼儀を弁えている吊革ギャルが離れてくれて、どうにか思考が回復できた。

 でも、僕は風前の灯火も同然な返事になってしまった。


「ぃ、ぃぇ……」


 吊革ギャルは数秒前の出来事を軽い笑い話として、友人とのコミュニケーションを再開。

 まるで接触事故を忘却の彼方へと置き去った素振り。


 いちいち気に掛ける程の出来事でもない、電車の揺れから生まれた小さなハプニングに過ぎない。

 吊革ギャルの認識はきっとそれだ。


 けど僕は違った。

 全身の穴という穴から嫌な汗が溢れ、先程の学生生活終了のお知らせルートが思考として巡っていた。


「ねぇ」


 不意な吊革ギャルの呼び掛けに対し、軽い挙動不審で事なきを得る。

 筈だった。

 追加オプションとして袖摘まみがあり、より学生生活終了ルートを物語り、僕は返事すら出来ず絶望。


 けど、吊り革ギャルの差し向けられた手に、ハッと我に返る事ができた。

 手の平に紫の飴玉が一つ、それが何の意味を持つのか皆目見当もつかなかった。


「さっきのお詫び。貰って」

「……ぇ?」

「もしかしてグレープ味嫌い?」

「す、好きです」

「そう。じゃあ、はい」


 丁寧に受け取ろうとしたのに、吊り革ギャルの行動は意表を突く。

 包装を解いた飴玉を、その手で僕の口へと食べさせてくれ、彼女は白い歯を見せ微笑んでいた。


 この微笑みは善人ギャルだと確信し、心身ともにホッと胸を撫で下ろすことができた僕は、軽い会釈で感謝を告げた。


「……君、北高の1年生でしょ。高校には慣れた?」


 きっと襟元のローマ字校章から学年を割り出したんだ。

 ましてや目と鼻の先で見下ろす立ち位置なら、僕の外見把握は嫌でも視界に入ってしまう。


 接触事故だけで終わる筈が、今こうして会話を続けるつもりでいる彼女に僕は物怖じ。

 解決策としては会話を一問一答方式に持ち込むこと。


 基本ギャルは飽き性だから、数回もすれば彼女の方から会話を切り上げてくれるに違いない。

 そのまま友人との時間潰しに移行すれば万々歳。

 若干失礼な意味を含んだ解決策だけど、これで乗り切るしかない。


「お、お陰様で」

「ふーん……ならいいけど、今みたいになよなよしてたら目付けられるよ」

「は、はい」

「ほら、まずは背筋伸ばさないと」


 真っ直ぐな視線と催促するソフトタッチのコラボ。

 彼女の言葉に為されるがまま、未だかつてない程に背筋が伸びる。


 これこそがお手本姿勢と言わんばかりの行動を示したことで、彼女は大変にご満悦な顔で追加ソフトタッチ。


「うんうん、それで大丈夫。先輩からのアドバイスを役立ててね」

「あ、ありがとうございます」

「ちょっと~私も混ぜてよ~千佳ちか~」


 吊革ギャルこと千佳さんとのやり取りに加入してきたのは、僕の左サイドに座っているギャル友人で真理と呼ばれていた人。

 グイグイと分かり易く、僕との間隔接触距離を縮め始めていた。


 真理さんの魅惑的なプロポーションが左半身にぬくく接触し、冤罪ルートが過ってしまう。

 けど、所詮思春期男子であるので、左半身に意識が向いてそれどころじゃなかった。


「真理、1年生君が嫌がってる」

「え~? 嫌いなの~?」


 答えによって今後の生活がどちらに転ぶかが決まる。


 頬伝う一筋の汗と緊張する姿を察したのか、賛同をプレッシャーで押し通したい真理さんは悪い笑顔になっていた。

 何を思いついたのかと思えば、更なる広範囲接触を加えて、いじりがいのある草食系男子の僕で遊ぼうとしている。


 刺激の強すぎる真理さんの体に、きっと今の僕は茹蛸みたいに真っ赤になっているだろう。

 このまま遊び道具になるなんて嫌だと思った時、真理さんとの接触面に何かが割り込んできた。


「やめなよ」


 真理さんの行動に見兼ねた千佳さんが、接触部分を手で遮って断ち切ってくれた。

 口を尖らせた真理さんは不服そうにし、また笑みを浮かべ、まだ懲りていないのが目に見えた。


「ブーブ~千佳のソフトタッチは良くて? 私のがダメなんてズルいでしょ~?」

「あからさまだからだよ。1年生君、ちゃんと嫌なら嫌って言わないと、相手にいいようにされるからね」

「それって私のこと~? ただのお遊びなのに~」


 千佳さんの注意が効果覿面だったのか、つまらなさそうに真理さんは僕から離れてくれた。

 その代償に千佳さんの生足を擦っていたのが、ちょっと謎だった。


 そんな事柄の直後、車内アナウンスが降車駅を知らせた。


「もう行かなくちゃ。じゃあね、1年生君」

「バーイ~♪」


 停車と共に去った二人を見送り、濃密な時間だったなと時間差で実感。

 が、とある問題点を疎かにしていたことに、僕はようやく気付いた。


 そう、うたた寝中だったお姉さんがいつの間にか目覚め、何かを伝えそうにチラ見を繰り返していたんだ。


 思い返せば目覚めのタイミングは分かり易く、背筋を伸ばした時の動作によるもの。

 原因が僕自身によるものなのは明白、ここまで視線が突き刺さるならば謝罪をしなければ場が収まらない。

 だからこそ僕は意を決し、お姉さんへと言葉を放った。


「さ、さっきはすみませんでした。ぉ、起こしてしまって……」

「い、いえいえ! とんでもございません! 無礼に肩を借りたのは私ですし……本当にすみませんでした」

「そ、そんな日もあると思いますんで……はい」


 お姉さんの頬の紅潮は恥じらいからのもの、これ以上の会話は恥を掘り返すようなものだ。


 とりあえず相互謝罪を終え、行動制限が解除された今、ギャル達が退いた左サイドから脱出を試みた。


 が、停車時の入れ替わりで乗車してきた他校の女生徒らに、周囲を埋め尽くされてしまっていた。


 この詰み体質からは一生逃れられないのだと、僕は今日もまた身に染みて生きていくのでした。 

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