第5話最強の主婦達

 千佳さんらが降車してしばらく、無事最寄り駅に降車した。

 何時もなら帰宅一択だけど、今日は大型スーパーのタイムセールに姉さんと妹と一緒に行く予定がある。

 改札過ぎの休憩スペースが集合場所で、足早に向かうとベンチに腰掛ける2人の姿が。


「お待たせ」

「あ、お兄ちゃん。やっと来た」

「洋、遅いわ。タイムセールに間に合わなくなるわ」


 凛と力強い佇まいが印象的な長女、高校3年のあお姉さん。

 黒セーラーと相性ピッタリな腰丈の黒髪姿は、呉橋会長と姿が重なる。

 周囲の評判曰く、理想の姉の実写化、膝枕されて癒されたい、ストッキングを履いた足で踏んで欲しいとの声がある。

 外見だけなら納得できるかもだけど、中身を知る肉親から言わせて貰えれば不思議で仕方がない。


 一方、少し幼さが目立つけど人懐っこい中学2年の次女、そら

 紺ブレザー制服をちゃんと着こなし、黒ショートボブが似合ってる。

 空と出会った人の大半は、妹にしたい、嫁に貰いたい、ぺろぺろしたいと幅広く好印象を持たれ、ぺろぺろ以外は兄として誇らしい。

 見た目に反し、しっかりし過ぎなぐらいの家庭的一面がある。

 今回のタイムセールも然り、あらゆる場面で仕切ることになれば、空が仕切ることが多い。


 今も移動中に、メモ片手にタイムセールの作戦内容を説明中だ。


「えーと、必ず手に入れたいモノを確認するね。私は卵2パック、お兄ちゃんは野菜全般。お姉ちゃんは特選牛肉になります」

「一つ聞いていいかしら?」

「どうぞお姉ちゃん」

「おやつは300円までかしら」

「オーバーしたら、次の時おやつ無しだからね」

「……分かったわ」


 しょげて涙目になる姉さんは、とにかく中身が子供っぽい。

 空はお母さん感がマシマシな若主婦としても充分通用する。


 新学期早々、父さんが長期出張になって、母さんも一緒についていったから家計のやりくりは空に任せっぱなしだ。

 将来的に家庭を任せられる妹だから、姉さんにそこらへんを見習って欲しいのが本音。


 個性的な姉さんと空の間に生まれた僕は、家族構成で詰んでいる生まれ詰みって訳です。


「さぁ、着いた着いた。何か質問は?」

「他のセール品はどうする?」

「んー……日持ちするようなモノならば可。魚類系はスルーでいいかな」

「了解です」

「300円……」

「ほら行くよ、お姉ちゃん!」


 300円をブツブツ呟く姉さんの手を引き、店内へと足を踏み入れ、僕も続いた。

 大型スーパーのタイムセール目的に集まった主婦達がごった返し、並々ならぬ闘志が肌身に伝わる。

 顔見知りのご近所さんもチラホラ見掛け、オーラの違う常連3人の姿もあった。


 ご近所さんのベテラン主婦中山さん。

 ルーキー主婦に恐れられている還暦の宮内さん。

 可憐な動きで全てを手にする美人妻の岩下さん。


 常連3人は3強と呼ばれ、3強の誰かを敵に回せばタイムセールで打ちのめされる。 

 実際何度も打ちのめされている人達を目撃してるから、近付かないのが吉だ。


「じゃあ、お兄ちゃん。頑張って……ね!」

「ちょ!? 空!? わ!?」


 突き飛ばされた進行方向先に3強の1人、美人妻の岩下さんが。

 避けようにも勢いが止まらないから、岩下さんに避けて貰わないと衝突してしまう。


「い、岩下さん! 避けて下さぁぁああいぃい!」

「んぅ? あら~洋さん♪ こんにちは~♪」


 陽気に微笑む岩下さんは避けることなく、ウェルカム状態で優しく受け止めてくれた。

 美人妻の包容力にドキドキしながらも、申し訳なさと安堵の気持ちが混じった。


「まぁまぁ~♪ まだまだ甘えたい年頃なんですね~♪」

「い、息が……」


 グラマーな体に顔が飲み込まれて、窒息寸前だ。

 姉さんも空も持ち場に行っただろうから、助けを求めようにも声が届かない。

 解放される気配のないまま、美人妻のぬくもりと香りにしか意識がいかない。


「洋ちゃん!」

「あぁん~」

「ふばぁ!?」


 女性のしゃがれ声に僕の呼び名、トレードマークのパーマ頭にエプロン姿の中年主婦。

 ベテラン主婦の中山さんが手を引いて助けてくれた。

 無事かどうかを軽く叩いて確認して貰ってるけど、無傷部分に触れている割合の方が多かった。


「良かったわ! 怪我はないみたいね!」

「た、助かりました……中山さん」

「もぉ~留美さんって呼んで頂戴って、いつも言ってるでしょ?」

「は、はぁ」


 同年代の女性ならまだしも、年上女性の名前呼びはしづらい。

 のらりくらりと言わないけど、中山さん本人は気にしてはいなさそう。


 だって今、ものすっごい笑顔で肌艶が良くなってるんだもの。


「中山さん~せっかく洋さんが抱き着いてくれたのに~無理やり離すなんて酷いですよ~」

「ふん! 容姿だけじゃないのよ! 大事なのは懐の広さなのよ!」


 バチバチと視線の火花が散って怖いのなんの。

 まるで嫁と姑の因果関係みたいで、巻き込まれる前に早く逃げないとだ。

 抜き足差し足で逃げようとするも、ノールックで2人に袖を掴まれ、逃げられなかった。

 タイムセールスタートまであと少しなのに、一体どうすればいいんだろう。


「洋坊やを離しなさい。留美、岩下」

「性懲りもなく今日も来たのかい、宮婆」

「こんばんは、宮内のお婆様~そろそろご引退なさってはいかがですか~?」

「目上の人に対して、口の利き方がなってないねぇ……ふん!」


 目にも止まらぬ手刀で、2人の手を振り解いてくれた。

 流石宮内のお婆さんだ。

 近所で道場師範を40年間現役で続けてるだけのことはある。


「あたしが来たからには、もう大丈夫。安心しなさい」

「み、宮内のお婆さん。ありがとうございます!」

「くそ……この借りはすぐに返させて貰うわ!」

「あらあら~宣戦布告みたいですね~」

「かっかっか! なら、いつもので勝敗をつけようじゃないか」


 いつもの勝負、それはタイムセールで獲得数を競うもの。

 毎回商品は話し合いで決まり、ギャラリーの集う人気イベントになっている。

 勝数は宮内のお婆さんが独走中で、とにかく強くて驚かされてばかりだ。


 近所だとあらゆる知り合いと遭遇し、即興詰みが出来上がる。

 これをご近所さん詰みと呼んでいる。


「スタートラインは最前列だよ。ほら、ギャラリーは退いた退いた」

「前失礼しますね~♪」

「洋ちゃんも一緒にいらっしゃい! ね!」

「は、はい!」


 3強に連れられる僕に対して、ギャラリー達の視線が痛い。

 盛り下げないように極力存在感を消すので、どうか許して欲しいです。


《只今よりタイムセールを開始致します。対象はお並びの品だけですので、ご了承下さい》


「洋坊や。欲しいのは何だい」

「や、野菜全般です」

「野菜だね。あたしに任せなさい」

「な! 抜け駆け厳禁だよ! 宮婆!」

「好感度稼ぎに必死ね~うふふ~見苦しいわ~♪」


 岩下さんはいつも的確に毒付いて、2人の闘争心に火付け。

 いつもニコニコと優しい顔なのに、2人と出会うと目の奥が笑わないから、一番怖い人だ。


 店員さんのゴーサインを皮切りに、3強が同時に動く。

 もう姿が見えなくなって、動きが人の域を超えている。


 それはともかく、早く追いついて野菜を手に入れないと。



 少し出遅れたのもあって、セール場が人でもみくちゃだった。

 このまま成果も上げられず帰ることになれば、空に残念がられる。


「ほれ洋坊や。自分のかごに入れなさい」

「え? のわ?!」


 キャベツに白菜、大根小松菜ほうれん草、数多の野菜を確保してきた宮内のお婆さん。

 息切れもしないまま再び姿を消す所業は、忍者の末裔。

 いや、くノ一と言った方が正しい。


「よ、洋ちゃん! ぜぇぜぇ……ひ、一足遅かった!」

「だ、大丈夫ですか中山さん?」

「心配してくれて嬉しいけど、今は戦いの真っ最中なの! とりあえず、これ洋ちゃんに!」

「ちょ! 重……!?」


 玉ねぎ5キロ、ジャガイモ5キロ、ニンジン3キロを入れられた。

 約10キロ強の重量になったかごに、腕がぴくぴく悲鳴を上げた。

 非力な筋力でタイムセールを乗り切るのは無謀に等しい。


「洋さん~カート持ってきたわよ~♪」

「い、岩下さん! ありがとうございます!」


 岩下さんの助け船が来てくれて本当に良かった。

 3強の3人に助けて貰いっぱなしじゃ、男としては情けなくてしょうがない。

 これを機に今度、筋トレでも始めてみるのもありかも。


「あと~これもどうぞ~♪ キュウリにゴーヤ、なすびもね~♪」


 野菜を触る手つきがエロティックなままカゴに入れ、舌なめずりのオマケ付きだった。

 


 その後も僕の出る幕はなくタイムセールは終わった。

 3強の勝敗結果を、ギャラリーが期待の眼差しで見届けてるのを、僕も離れて見届けてる。


 結果、宮内のお婆さんの圧勝で、岩下さんと中山さんがギリギリと悔しがっていた。 

 タイムセールバトルはいつも通り盛況に終わり、ギャラリーがそれぞれの買い物に戻って行く。


 3強が僕のとこに集まり、宮内のお婆さんが上機嫌に笑った。


「かっかっか! あたしの圧勝だね」

「ほ、本当に助かりました。ありがとうございます」

「可愛い洋坊やのためなら、もっと頑張れるさ」


 上機嫌な宮内のお婆さんと反して、中山さんと岩下さんは負けを認めていないご様子だった。


「こ、今回はハンデよ! なんかの筋肉痛で本領発揮できなかったのよ!」

「老いって怖いわね~♪ ねぇ~洋さん♪」

「あぁ? ホルスタインは口を慎みなさい!」

「まぁ怖いですね~♪ 宮内のお婆様にも言えますけどね~♪」

「ほぅ……こりゃもういっぺん、しごかなきゃならんみたいだね……」


 3強の因縁の関係性はこれからも続くと、目の前のやり取りだけで分かる。

 こんな賑やかで楽しいご近所さんがいてくれて、僕は幸せ者だとしみじみと身に染みていた。

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