第14話美人姉妹からの連絡、気付かされたギャル

 夕暮れ間近の陽が射す帰宅車両に揺られ、今日一日の町ブラの思い出に浸っている。

 今までの町ブラとは違って、色んな人達と交友を深められたんだ。

 物凄く充実した一日を過ごす事が出来たんだ。 

 次の機会には誰か誘うのもアリだなと、前向きな気持ちになる中で、スマホの通知音が鳴った。

 相手は呉橋さんで、何やら意味深な文に思わず首を傾げた。


《私はやるだけのことはやった。あとは任せた》

「……どういう事?」


 任された事に思い当たる節はないし、僕が町ブラを楽しんでた間に、呉橋さんに一体何が起きていたんだろうか。

 そういえば千佳さんと一緒に話さないといけなかったらしいけど、そこで何かあったのかも。

 具体的な詳細が不明な以上は、とりあえず無難な返事で乗り切るしかないや。


《僕なりに頑張ります》


 すぐ呉橋さんからファイトのスタンプが送られてきた。

 僕が頑張ればどうにかなる、そんな意味合いにも取れるスタンプ後に、再び通知音が。

 何か伝え忘れたのかなと思ったら、相手は愛実さんだった。


《姉貴の説得成功! 積っちのお陰だ! ありがとー!》

「ほっ……良かっ……ど、動画付き?」


 周囲に迷惑が掛からないのを確認しつつ再生すると、愛実さんと小乃美さんが顔の触れ合う密接状態で騒がしかった。  


《やっほー積っち! 今日は本当にありがとう!》

《少年、愛実の部活の件を聞いた。最後まで責任取れよ》

《変なプレッシャー掛けんなよ! 姉貴の事は気にすんなよー!》


 もちゃもちゃと騒がしい動画だけど、姉妹の仲睦まじい姿にほっこりだ。


《分かってないな。愛実の将来を見据えた上でむぐぅ!?》

《わーわー!? じゃ、じゃあな! また明日学校でな!》


 大慌てで動画が切られ、数十秒の短い動画が再生し終わった。


 将来を見据えた上でうんたらかんたらは、きっと陸上を辞める切っ掛けとなった僕にプレッシャーを与える為だ。

 内容も愛実さんと一緒に走る件だろうから、愛実さんが飽きるまで付き会えって意味な筈。 


 ただ返事を待たせる訳にも行かないから、それなりの返事をこしらえなくては。


《動画見ました。未熟者の僕ですが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします》


 丁寧な返事で誠意は分かって貰える、甘々で単純な思考の返事に対し、秒で短い言葉がきた。


《期待していいんだな》


 もしかしたら自分でハードルを上げてしまったのでは。

 前言撤回も出来る訳ないし、ハイとだけ返事させて貰った。

 すぐに弓を弾くゲームキャラのスタンプが送られ、急な謎チョイスに疑問が過る。


 ともあれ、本格的に体力を付けないといけない使命を背負わざるを得なくなったんだ。

 運動不足解消と思えば気持ちは非常に前向きだから、個人的にちょくちょく体力を付けないとだ。


 しっかり心内で目標を決める中、今度は暗堂さんから連絡が来た。


《こんにちは。今日がとても楽しかったので、また誘ってくれると嬉しいです》


 楽しんでくれたなら本望だし、何よりも色んな意味でドキドキさせて貰ったんだ。

 予定が合い次第、今度は正式にお誘いしよう。


《次はもう少し遠出してみましょうね》


 ゆるかわ猫のスタンプと一緒に、文も添えられていた。


《今からとても待ち遠しいよ。それと一つ、積木さんに聞きたいことがあるの》

《何でしょうか?》

《積木さんはお弁当のおかずで何が一番好き?》


 基本好き嫌いはないけど、お弁当に限定すれば甘い卵焼きが好きだ。

 そういえば、前の昼休みに暗堂さんは呉橋さんに、甘い卵焼きとアスパラベーコン巻きを交換していた。

 僕と暗堂さんの味好みが似てるだろうから、甘い卵焼きをリクエストしよう。   


《甘い卵焼きが好きですね》

《ほんと? 私、頑張って作るから食べてくれる?》


「作ってくれるんだ。なんか嬉しいな……是非食べたいです、っと」


 料理中のゆるかわ猫スタンプが送られ、より頑張りますが伝わってきた。

 ファイトポーズのスタンプで返し、ひとまずスマホは鳴り止んだ。


 改めて充実した一日だったなと、世の中は広いようで本当は狭いと実感だ。


 完全に気の抜けた僕がおもむろに視界を上げたら、どんより空気の女性が目の前で立ち、心臓が口から飛び出しそうになった。


「1年生君……」

「ひぃ?! って……ち、千佳さん?!」


 朝会った時より、明らかに空気が暗くて、目も光が無くなっている。

 正直、呉橋さんと話し合ったのが原因だろうから、何があったか聞くのが怖い。


「……隣いい」

「は、はい」

「ありがと……」


 静かに座ったはいいのだけど、とにかく気まずくて仕方がない。

 気の利いた話題を振ろう空気でもなく、どうすればいいか戸惑う一方で、千佳さんが口開いてくれた。


「あの後ね……星さんに現実を突きつけられて、今世紀最大の落ち込み中なんだ……」

「そ、そうなんですね」

「うん……1年生君にとってさ……私は優しいお姉さんなんでしょ……」

「は、はい」

「今はそうじゃなくてもいい?」


 そうじゃなくてもいいって、優しいお姉さんでなくてもいいって意味合いだよね。

 あくまで僕視点での印象でしかないから、千佳さんの自由にしていいんだ。


「そ、そうであってもなくても、千佳さんは千佳さんなので」

「そっか……」


 少し空気が和らいだと思えば、僕の肩に頭を乗せ、体も体重も預けてきた。

 めちゃ良い匂いと触れる箇所の柔らかさに、意識が向いてしまう。


 そんな状況で安心し切っている千佳さんはそのまま、僕にしか聞こえない声量で話し始めた。  


「あのね……私って周りから見た目の割にしっかり者だとか、融通の利かない真面目だって、よく言われてるんだ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。でもそれって、私が主観でしかない正義感を振り撒いてるだけなんだ……本当は誰かに甘えたくて仕方がないのに、ほとんど理解はしてくれない」


 周囲の千佳さんに対する認識が壁になって、うまく本音を吐き出せずにいたんだ。

 このまま溜め込んでいたら、本音を吐き出すタイミングが最悪な状況になるかもしれない。


 正直僕も千佳さんの本音を聞くまで、しっかり者の印象だったから、知らず知らずにプレッシャーを与えてたんだ。


 けど、こうして体を預けてくれて、本音も言ってくれたのだから、力にならないと。


「ち、千佳さん……す、少なくとも今の千佳さんは理解できているつもりです」

「……うん」

「た、頼りないかもですけど、肩を貸すぐらいはいつでも受け入れますので、優しい笑顔でいて欲しいです」


 いつどんな時でも正解がどれかは分からない。

 それでも何も出来ずいる後悔よりかは、行動してからの後悔の方がずっとマシだ。


「1年生君ってさ……思ってるより男前だよ」

「あ……そ、その……お、男前って言われたことないので嬉しいです」

「それなら良かった」


 しかも年上のお姉さんなら尚更心が擽られ、ほわほわした気持ちになる。

 千佳さんも心成しか、声色と空気がいつも通りに戻っていた。


「……そういえば、星さんが言ってたんだ。1年生君とは運命の出会いだって」

「あ、それ。僕も聞きました」

「そうなんだ」


 確か昼休みの時に言われたんだよね。

 最初は何を言ってるのか、よく分からなかったけど、正直今もよく分かってない。


 でも、千佳さんはその言葉を、何で今言ったんだろうか。


「私、思うんだ。運命の出会いって、こうして気付かされるんだって」

「き、気付かされる? どこかであったんですね」

「……1年生君って天然だね」

「え?」


 天然はたまに姉さん達に言われるけど、そんなつもりは一切ないんだよね。


 預けた体をゆっくり戻し、座り直す千佳さんはかなりの近距離のまま、白い歯を見せ笑ってくれていた。


「でも、お陰で元気貰った。ありがとう」

「いえいえ」


 やっぱり優しい笑顔の方が、千佳さんらしさが増して素敵だ。


♢♢♢♢


 千佳さんが先に降りてしばらく、最寄り駅で降りた僕は早速、軽く運動がてらに自宅までジョギングで帰ることに。


 ほど良い運動量に満足感を覚え帰宅し、靴を脱いでるとリビングから空が近付いてきた。


「おかえり、お兄ちゃ……スンスン……お兄ちゃん」

「ん? なに?」

「女の人と沢山会ったでしょ」

「ん? うん」


 空はよく僕の匂いを嗅いでは、女の人と会ったのが分かるから、とても勘が鋭いんだよね。

 思い返せばいつも町ブラから帰って来ると、匂いを嗅がれて勘を鋭く光らせてる気がする。


「……ふん!」

「わ?! 急に覆い被さらないでよ」

「匂いを上書きするまで離れないから!」

「もう……落ちないようにね」

「うん♪」


 まだ軽いからいいけど、これが姉さんだったと考えたら、ちょっと筋力的にしんどいかも。


 おんぶしたままリビングに戻り、町ブラの思い出を姉さんと空に話し、濃密だった土曜日が過ぎていった。

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