第17話 負けたスポーツ女子、生徒会での昼食と議題
昼休みに入ると、愛実さんが僕の机に弁当箱を置き、ニコニコ笑っていた。
「積っちー良かったら私と一緒に食わねぇか?」
お誘いはとても嬉しいのだけど、昼食は生徒会室で食べる決まりになってるんだ。
それに今日は、暗堂さんが甘い卵焼きを作って来てくれるから、絶対に行かないといけないのもある。
「す、すみません。今日は先約があるので……」
「ちょちょちょ!? 行く前に教えてくれ! いつも誰と食ってんだ?」
椅子から落ちそうな体勢で、制服を掴んできた愛実さんだけど、体幹がしっかりしてるから安定感が抜群だ。
きっと愛実さんと一緒に昼食を食べるのは楽しいし嬉しいけど、今日はどうしても断らないといけないんだ。
「せ、生徒会の皆さんとです。本当は1人がいいんですけど……訳アリで」
「あ、あの美人美少女だけの生徒会で……ま、負けた……」
か細くなる声と共に、力無くズルズルと床まで落ちて、ピクリとも動かなくなった。
「め、愛実さん?」
一瞬だけ反応したけど、自分から立ち上がる素振りは一切ない。
このままだと流石にダメと思って、手を貸そうとした時、2つのキビキビした足音が近付いていた。
「はいはい触らないでね。ここは私らに任せて、君は行きなさい」
「見世物じゃないよー」
愛実さんの友人である、ボーイッシュな純さんに、小柄な理沙さんだ。
2人は愛実さんの両手足を持ち、愛実さんの弁当をお腹に乗せて、そのまま教室外へと運ばれて行った。
何とも言えない置いてけぼり感のまま、僕は弁当片手に生徒会室へと足を向けた。
生徒会室をノックすると、萌乃ちゃん先輩がとびっきりの笑顔で出迎えてくれた。
「積木ちゃんだー! 早くこっちに来て来てー!」
「わ!」
小さな手に掴まれ、定位置の椅子に座らされると、隣に暗堂さんが静かに座ってきた。
「積木さん……こんにちは……」
「こ、こんにちは、暗堂さ……あ、前髪が」
「うん……似合うかな……」
「はい! とっても似合ってます!」
やっぱり美人な暗堂さんは、顔を見せた方が断然似合ってる。
それにしても白肌がみるみる赤み帯びてるけど、じろじろ見過ぎて怒ってしまったのかも。
目を見て謝罪しようにも、顔をプイプイ背けられるの繰り返しで、謝ろうにも謝れない。
そんなやり取りの中、扉が勢い良く開かれ、呉橋会長と師走さんが入ってきた。
「会長様のおいでなりーお、ちゃんと来たんだ、洋君」
「んぉ? 芽白イメチェンっすか?! 大胆っすね!」
暗堂さんの背け続けられる顔を、師走さんは瞬時にがっしりと掴み掛かった。
こんな近距離で凝視する荒業は、師走さんにしかできないことだ。
「初めて素顔を見た気がするっす! めっちゃ美人っすね!」
「や……恥ずかしいから、離れてよ……んー……!」
恐らく本気で師走さんを退けたいのだろうけど、力が貧弱過ぎてびくともしてない。
勿論、僕に止めることが出来る訳もなく、自然に解決することを切に願うしかなかった。
一方、僕の正面に座った呉橋会長は、素知らぬ顔で弁当を広げていた。
「そうそう、洋君。あれから千佳とどんな感じ?」
「ち、千佳さんですか? な、仲良くなれたと思いますけど……何かそれ以上を目指すらしくて、僕も陰ながら応援することにしました」
「それ以上を目指す……はっ。洋君って鬼だわ」
「な、なんでですか?!」
ジト目で見られるぐらいに、僕は何かをやらかしてしまってるみたいだ。
千佳さんが頑張るのを応援するのが、そんなにいけないことなのかな。
「それはそうと、佐良。芽白の観察はあとで好きなだけしなさい」
「はいっす! 洋後輩! 隣を失礼っす!」
「あー! 私が座りたかったのにー! もーもー!」
今回は暗堂さんと師走さんに挟まれ、詰みながらの昼食になるみたいだ。
萌乃ちゃん先輩は可愛らしく怒りながら、呉橋会長の隣に座った。
「んじゃ、いただきまーす」
呉橋会長に続いて僕らもいただきますを済ませ、それぞれが昼食に手を付け始めた。
と思えば、僕の袖をクイクイ摘まんできた暗堂さんが、もじもじながら目を合わせてきた。
「つ、積木さん……約束の甘い卵焼き……持って来たよ……」
「あ、ありがとうございます!」
「じょ、上手に出来たから……食べて下さい……」
テーブルに置かれた肉球マークの四角いタッパーには、鮮やかな黄金色の卵焼きが八つ綺麗に並んでいた。
こんなにも綺麗な卵焼きは初めてだから、僕は自然と箸を伸ばし、一つ口へと運んだ。
「……ん! 出汁の味と甘味とが絶妙にマッチして、物凄く美味しいです! もう一個いいですか?」
「う、うん……沢山作ってきたから何個でもいいよ……喜んで貰えて嬉しいな……」
口元あたりで手を合わせ、ニコニコと喜んでいる暗堂さん。
思わずこっちまで頬が緩んでしまうぐらいに、笑顔が可愛らしく美しかった。
「芽白芽白! 私も一つ、頂いていいっすか?」
「うん……一つだけだよ……」
「あざっす!」
師走さんも卵焼きを取り、何を思ったのか焼きそばパンに入れ、かぶりついていた。
リスみたいに両頬がパンパンで、モニモニと動かしながら、グッドポーズで美味しいと伝えてる。
ただ、信じられないって顔で、暗堂さんは卵焼きを師走さんから遠ざけていた。
「……もう佐良さんにあげない……ぷい……」
「あーあーやっちまったな佐良。私も一つ貰い。あむ……ウマー」
牛乳で焼きそばパンを流し込んで、激しい身振り手振りで弁解する師走さん。
仲睦まじい光景なんだけど、僕を挟んでやらないで欲しいです。
そんな中で、萌乃ちゃん先輩だけが、自分のお弁当をじーっと見つめて、箸が進んでいなかった。
「萌乃ちゃん先輩? どうかしました?」
「ふぇ? な、何でもないよー! 私も一つ頂戴ー!」
珍しく元気がなかったから結構心配だったけど、今日は少し食欲がないだけかもしれない。
♢♢♢♢
心行くまで満足した昼食を終えると、生徒会の皆さんは本格的に動き始めるんだ。
暗堂さんが資料を各々手渡し、昼食と同じ位置のまま呉橋会長が仕切っていくんだ。
「えーっと、今日の議題はっと……近日、ドラマ撮影で本校が起用される訳でー」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 部外者の僕が聞いちゃダメな話ですよね?」
「え? なんで?」
この人には僕の中の常識が通用しない、生徒会長としてどうなのかと疑問に思う。
ドラマ撮影の件自体は、朝に渚さんから聞いたから特に驚きはしなかった。
それでも本当にこの場にいて大丈夫なのだろうか。
そんな葛藤に苛まれる僕に対し、暗堂さんが距離を縮めて資料を見せてくれていた。
一緒に見ようって意味合いだろうから、これ以上はつっこむだけ無駄みたい。
僕は大人しく聞き役に徹し、議題が終わるまで口を閉じることにした。
「んじゃ続けるよーえーメイン俳優は若手実力派俳優の
「紹介が雑っすね! シンプルイズベストで最高っす!」
「おいおい、褒めるなよ」
北高にとって重要案件なのに、こんなに雑でいいのだろうか。
聞いてて冷や冷やする。
「主な撮影日は休日ですから……これまで以上に近隣の皆さんに配慮しないとです……」
「だったら! 野次馬になり兼ねない生徒達には、徹底的に注意喚起しないとっす!」
「期間は約2か月ー! 忙しくなっちゃうねー!」
生徒の頂点である生徒会が、生徒達を如何にまとめ上げられるかが試される2か月って事か。
先生達も力を貸してくれるだろうけど、信頼関係性で言えば生徒会の方が、生徒から信頼されていそうだ。
「でー何かアイディアがあれば、腋を見せるぐらいに挙手して。尚、校外に関する配慮はアチラさんや先生方が動いてくれると思うので、今はスルーでー」
「はいっす!」
「つるつる腋の佐良君―」
ワイシャツ姿もあるから、つるつるで綺麗な腋がギリギリ見えてる。
すぐに視線を逸らし、真剣に話を聞く体勢に戻った。
「注意喚起のプラカードを首からぶら下げて、校内を全力で回れば手っ取り早いっす!」
「アンタ速過ぎだから、誰も気付かないので却下。そもそも廊下走るなし」
「ガーン!」
強めに頭をテーブルに打ち付け、嘘みたいに動きが静止した。
師走さんは天然だから、プラカードをぶら下げて校内を巡るのを本気でやり兼ねない。
「次はー?」
「はいはいはーいー!」
「無駄毛知らずの萌乃君ー」
「各教室に私達が直接赴いて、納得してくれるまで注意喚起をやり続ける! です!」
「まぁ妥当かな。採用!」
「やったー!」
子供のように喜ぶ萌乃ちゃん先輩は、見ていて目の保養になる。
生徒会の皆さんが直接教室に赴いて注意喚起するなら、きっと一度で済んでしまいそうだ。
「じゃあ消去法で、腋の見えない芽白君ー」
「撮影は休日だけど部活動は活発……その部活動から野次馬が必ず出る……なので休日に私達が各部活を常時徘徊して、野次馬が出ないよう見張る……で、どう……?」
「ふむふむーボランティアで生徒を集めれば人手は足りるか。採用!」
暗堂さんの言う通り、休日に高校に来る生徒は、主に部活動に励む生徒だ。
休憩時間の僅かな時間で撮影を見に行ってしまう生徒も、必ず出るのも事実だ。
だから暗堂さんのアイディアに賛成的な僕は、協力したい気分になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます