第47話寝涎OL、人妻の甘噛み

 帰る前、爆睡中の早見さんを起こす事にした。

 目が覚めてポツンと一人だと寂しいもんね。


「早見さ……あ」

「どうしたんだい?洋坊や」

「岩下さんの家まで送るのは、どうかと思って」


 こんな幸せそうな寝顔だし、無理に起こすのは可哀そうだもん。

 それに明日は日曜日だ。

 岩下さんの家なら早見さんを安心して預けられる。


 姉さんも納得したみたいで、同意してくれてる。


「いいわね」

「私も賛成! でも、岩下さんの家は分かるの?」

「この前教えて貰ったから大丈夫。今連絡してみるよ」


 留守番電話だったり無料SNSも返事がないや。

 いつも秒で反応してくれるから、諸事情でスマホを見れてないのかも。


「まったく困った小娘だね」


 岩下さんを小娘呼ばわりできるのは、宮内のお婆さんぐらいだ。


「洋坊や。あとはワタシ達に任せて、気を付けてお帰り」

「で、でも……」


 岩下さんと連絡が取れないなら、宮内のお婆さん達に任せた方がいいんだ。

 早見さんの事を頼もうとしたら、空がビシッと手を上げた。


「積木家に運ぶのがいいと思います!」

  

 確かに積木家からなら、岩下さんの家まで徒歩10分ぐらいだ。


「僕もその方がいいと思います」

「お兄ちゃん……キュン!」

「私も賛成するわ」


 姉さんも賛成してくれたけど、宮内のお婆さんは微妙な顔だった。


「洋坊や達がいいなら、アタシらは構わないのだけどね……」

「まぁまぁお祖母ちゃん! ここは将来のお婿さんの優しさに甘えようよ! 今日は色々とあったから少し疲れてるでしょ? だから今は存分に休まなきゃ!」


 早速早見さんをおんぶして、宇津姉達に見送られ、自宅へと足を向けた僕らだった。


♢♢♢♢


 おんぶしてるから分かるけど、あれだけ大量に食べてたのに、物凄く軽いや。

 しかも寝てるのに小さくお腹が鳴ってる。


「もうお腹空いてるんだ……」

「大食い番組に出れちゃうね……わ! お兄ちゃん!」

「え? 何?」

「早見さんの涎が首にかかってるわ」


 どおりで首元が冷たいと思ったら、寝涎だったんだ。

 すぐ空と姉さんが口元を拭って、タオルで首元を応急処置してくれた。


「よし、これで大丈夫だわ」

「ありがとう」

「どういたしまして! ところでお兄ちゃん」

「ん? なに?」

「何時、岩下さんの連絡先と住所を教えて貰ったの」

「え」


 素直に言えばいいのだけど、眼力が強くて怖い。


「ねぇ……岩下さんと密会する為? あれやこれやしちゃう為?!」

「か、顔が近いよ?」

「ねぇ? ねぇ?」

「止めなさい空。ご近所さんに見られたらどうす」

「あら♪ 今日は皆お揃いなんですね~♪」

「「「わっ?!」」」


 背後からいきなり現れた岩下さんに、肩が大きく跳ねてビックリ。

 ニコニコ笑顔の岩下さんを見ると、帽子とランニングウェア姿で、ランニング中だったみたいだ。


「ら、ランニング中だったんですね」

「体を動かさないとですからね♪ それよりも……ながちゃんですよね?」


 かくかくしかじか説明させて貰い、岩下さんの家に向かう事になった。

 スマホは家に忘れてたと、可愛らしく謝ってくれた。


 道中、体験会について聞かれ、無難な感想と冗談っぽく婿入り話があったと伝えた。

 するとどうだ。

 岩下さんのニコニコな目が少し開いて、目線を合わせてきたんだ。


「あらあら……孫娘さんを利用するなんて、姑息な宮内のお婆様ですね……うふふ」


 タイムセールの時に見せる恐ろしい顔に、額から汗が伝ってる。

 姉さんも空も心成しか震え、なんとも言えない空気のまま数十分後、岩下さんの家に到着した。


「しゅ、しゅごい立派な家……私達の家の倍の大きさだよ……」

「ふふ~♪ ありがとう空ちゃん~♪ 良かったら上がっていきます?」

「い、いえ。お気持ちだけで」


 焼肉臭とラフな格好でお邪魔するのは流石にね。

 本来の目的を果たせたから、それでいいんだ。


「早見さんによろしく言っておいて下さい」

「はい♪ 本当にありがとうございました~♪ 後日お礼させて貰いますね~♪」

「あ、は、はい。では、僕らはこれで」

「あ、洋さん~♪ ちょっとお耳を♪」

「?」


 2人には先に行って貰い、岩下さんの耳打ちを聞くことに。

 大人な香りとくすぐったい吐息、ランニングウェア越しの岩下さんボディーの接触に、凄くドキドキしている。


「ふふ……今度は2人っきりで会いましょうね? はむ……」

「ひゃ……」

「うふふ……楽しみにしてますから。では、これで失礼しますね♪」


 可愛らしく手を振って、静かに扉を閉めた岩下さん。

 耳を甘噛みされて、凄く顔が熱くなってるのが分かる。


「熱っ……ん?」


 誰かに見られてると思ったら、物陰でジーっと視線を向ける2人と目が合った。

 甘噛みを見られたかも。

 冷や汗を搔き、2人に近付いた。


「さ、先に行ってなかっ」

「お兄ちゃん」

「は、はい」


 絶対さっきの甘噛みを見られてたんだ。

 見上げる視線が恐ろしくて、目が合わせられないよ。


「帰ったら説教ね」

「は、はい……」

「洋」

「あ、はい」

「人妻は駄目よ」

「い、いや違うんだよ。岩下さんの方から……」


 弁解を続けるだけ無駄だ。

 ダッシュで逃げ帰るも、帰る場所が同じだから、正座をさせられこっぴどく空に説教をされたのでした。

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