第7話甘えたい妹、眠れない姉

 サバブラは順調に勝ち続け、気分上々でもう一戦やろうと決め込んだ矢先、夕飯準備中の姉さんからお声が掛かった。


「洋、空。夕飯出来たわよ」

「はーい!」

「今日はここまでだね」


 名残惜しさに浸りたいのは山々でも、出来立てほやほや夕飯には抗えない。

 空もプレイ中に何だかんだでお腹を鳴らして、夕飯を待ち侘びていたぐらいだ。

 モチモチには悪いけど、今日はここでログアウトさせて貰おう。


《次も飛ばして行くぜぇ!》

《ごめんモチモチ、夕飯の時間だからまた今度で》

《ごめんなさいモチモチさん!》

《飯か! 腹が減っては戦は出来ぬだからな! またな!》


 無理に引き止めないでサッパリと見送ってくれるのが、モチモチの良さだ。


 ゲームを終了させ、ダイニングテーブルの定位置に座り、空と一緒にそわそわ。

 待っている間に今日一日の出来事を話題に、ちょっとした家族団欒を過ごすのが毎日のルーティンだ。


「はい、お待たせしたわね」


 今晩の夕食は、野菜と牛肉が盛り沢山な豪勢なすき焼き。

 特別な日でもないけど、こんな日があってもいいじゃないか精神だ。


 エプロン姿の姉さんも座った事で、僕は2人に挟まれて食卓を囲む。

 傍から見れば詰み場ではあるのだけど、家族だから詰んではいない。


「それじゃあ、いただきまーす!」

「いただきます」

「いただきます。さぁ、特選牛肉を頂くわよ!」

「野菜もちゃんと食べるんだよ、お姉ちゃん」


 野菜が苦手なのも子供っぽくて、分かり易く嫌そうに口を尖らせてる。

 文句こそ言わないも、野菜を嫌々自分の取り皿に入れるついでに、肉を増々で入れてる。


 姉さんがここまで野菜が苦手なのには、思い当たる節がある。


 あれは姉さんが幼少期の頃、興味本位で道端の野草を食べ、お腹を数日壊したことだ。

 その嫌な思いが根付き、サラダや料理の野菜に苦手意識を持つようになったんだ。


 野菜を食べて欲しい無理強いはさらさらないけど、栄養が偏ってしまうのが若干心配ではある。

 空もそれを気にして、なるべく野菜をやんわり進めてる。


 とは言っても、姉さんは健全そのもの。

 きっと野菜をあまり摂らないでも大丈夫な体質なんだと思う。


「うぅ……野菜の旨味がぁ……口に……」

「よく出来ました! そんなお姉ちゃんには、お肉をあげましょう」


 野菜を肉で流し込む、なんとも不思議な食事風景だ。


 和気藹々な家族団欒の夕飯に箸が進み、有意義な時間はあっという間に過ぎて行った。


「んはぁー! もう何も入らないや!」

「お腹ポンポンね」

「お姉ちゃんのご飯が美味しいからだよ。いつもありがとう!」

「もう……可愛い妹ね」


 リビングソファーでリラックスする姉さんと空。

 僕は洗い物をしながら、お風呂が炊き上がるのを待っている。


「洋。洗い物ありがとうね」

「いえいえ。僕も好きでやってるから」

「ふふ……洋は将来いい旦那さんになるわね」

「お兄ちゃん結婚しちゃうの?!」

「まだまだ先だよ。そもそも相手がいないから」

「へぇー……いないんだ……ふーん……」


 安心し切った声がフェードアウト、最近の空はそう言った話題に敏感な気がする。


 洗い物が丁度終わる頃合いに、風呂が焚き上がった。

 2人はお腹が一杯で動かなさそうだから、一番風呂を頂いた。



 ゆったりと風呂を満喫し、リビングにいる空に声を掛けてから、冷え冷え麦茶で一気にクールダウン。

 姉さんは部屋に戻ったようで、広いリビングで一人っきりだ。


「ふぅー……あ、そろそろ始まるじゃん。リモコンリモコンっと……」


 ソファーに腰下しテレビを付けると、最近話題沸騰中のドラマ『恋を続けるなら倍プッシュだ!』がタイミングよく始まった。

 恋愛にサスペンス、逆転劇アリなオールマイティーの内容で、放送前から話題にはなっていた。


 放送開始するや否や、新人怪演女優のなぎけいさんが怪演技を見せた事で、初回視聴率が現在まで右肩上がりし続けている。

 トレンドニュースにも上がる凪景さんは現役女子大生で、学業と女優業を両立しているのだから驚きだ。



 ドラマのエンドロール中、ホカホカに火照るパジャマ姿の空が来た。


「ふぃー……あ、倍恋! 忘れてた!」

「録画してるから大丈夫だよ」

「流石お兄ちゃん! あ、ネタバレしないでね?」

「しないから大丈夫だよ」


 元々僕がドラマを見ているのが気になって、一緒に観るようになった感じだ。

 共感し感想を言える仲だと、違う視点の捉え方を知れるから、より一層楽しめる。


 棒アイスを片手に隣に座った空が、録画の倍恋を頭から再生。

 同時にフワッと香った匂いが、いつもと違う気がした。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「髪乾かして欲しいなー……」

「自分でやった方が早いでしょ?」

「ふーん……お姉ちゃんは甘やかして、私はダメなんだ。ふーん……」


 不貞腐れ気味になった空の対処法は、言葉通りに従うことだ。

 つまり髪を乾かして甘やかす、だ。


 僕が胡坐を掻くのを合図に、胡坐の中にスッポリ収まり、ドライヤーを手渡してきた。


「じゃあお兄ちゃん、お願いしまーす♪」

「はいはい」


 昔からよく髪を乾かした名残が、まだ抜けていないのかも。

 でも、中学2年生にもなるんだから、そろそろ卒業も視野に入れないと。


 慣れた手付きの手櫛でとかしながら、柔らかな髪を乾かし始めた。


「どう?」

「えへへ~……いい感じです~……」

「こらこら、揺れないの」


 こうやって喜んでくれるなら、卒業はまだもう少し先でもよさそうかも。


「そういえば、シャンプーかボディーソープ変えた?」

「あ、気付いてくれた。シャンプー変えたんだよ♪」

「へぇー空に合ってると思うよ」

「ありがと♪ もっと嗅いでいいよ?」

「気持ちだけ受け取っておくよ」


 妹の髪の匂いを積極的に嗅ぐ姿なんて、想像だけで自分でも引いてしまう。


 返事がお気に召さなかったのか、軽く不貞腐れつつ髪を揺らし、匂いを振り撒いていた。



 しっかり髪を乾かし終え、空におやすみを言って自室に戻った。


 机と向き合ってやるのは勿論、毎日欠かさない予習復習。

 無理せず怠らない精神もあって、予習復習は習慣化し、苦にはなっていない。



 予習復習から1時間、小休憩を挟みかけた時、ノック音が2回聞こえた。

 返事をすると、静かにパジャマ姿の姉さんが入って来た。


「どうしたの姉さん」

「眠れない気分なのよ」


 姉さんはたまに眠れなくなる時、僕の部屋に来るのが恒例だ。

 お気に入りの抱き枕も抱え、一緒に寝る気満々みたいだけど、ベッドが狭くなるんだよね。


 別に来ること自体は気にしないし、姉さんも元々引き下がる気がないから、返事はいつも通り決まってる。


「また眠くなるまで付き合うよ」

「ありがとう。それはそうと予習復習中かしら?」

「うん。丁度分からないところがあったから、教えてくれる?」

「えぇ、構わないわ」


 どこからともなく眼鏡を取り出し、勉強モードに入った。

 学年トップ3圏内の学力で教え上手だから、お陰で僕と空は勉強が捗っている。


 スラスラ問題の解き方を分かり易く教えてくれる中、なんだかそわそわと落ち着きがなかった。


「姉さん? どうかしたの?」

「えぇ……パジャマがね」

「パジャマ?」

「胸元がきつくて、むずむずするのよ」


 胸元に視線をやると、原因が一目で分かった。

 今姉さんが着ているのは、間違いなく空のパジャマ。

 ボタンが悲鳴を上げ、今にも弾け飛んでしまいそうだ。


 パジャマ違いだと指摘する直前、盛大な弾け音が響く。


「あた」

「あ」


 吹き飛んだボタンがデコに当たり、ポロっと落ちる音で小さな沈黙が生まれた。


 姉さんと空とでは、身長も胸のサイズも色々と違い過ぎるから、パジャマが限界を超えたんだ。


 パジャマ違いだと分かれば、かなりショックが大きい筈。

 やんわりと事実を伝えつつ、代案を交えてショックを軽減しないと。


「……空のパジャマ……今度新しいの買いに行こうね」

「そ、そうね」


 そのままにする訳にも行かないから、僕の高校ジャージを着て貰った。

 相変わらず胸元がきつそうだけど、さっきよりかはマシになっている。



 小休憩を挟み予習復習再開から1時間、予習範囲を大幅に進むことが出来たので、そろそろお開きに。


「ふぅ……お陰で捗ったよ。ありがとう姉さん」

「いくらでも教えてあげるわ。それよりも……眠たくなるまで一緒に寝ていいかしら」

「うん、いいよ。ふぁ……」


 いつもなら寝るまでベッドでゴロゴロくつろぐ時間だけど、今日は色々とあって眠気がピークに近い。

 僕がベッドに入ると、モゾモゾと姉さんも入ってきた。

 やっぱり2人一緒に寝ると、寝返りも出来ないぐらい狭い。


「ふぁ……じゃあ、おやすみ姉さん」

「おやすみなさい……洋はずっと変わらないわね……」

「……え?」

「何でもないわ……ふぁ……」


 背中にぴったりくっつく姉さんは抱き枕を忘れたまま、すぐに寝息を立て眠った。

 眠れないだけで寝付きが抜群なところが、可愛らしい一面だ。


 眠気の誘いに瞼が重くなり、ゆっくりと目を閉じながら、明日も詰み体質を乗り切るぞと心に言い聞かせ、今日一日を終えて行く。

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