第38話感情的なハグ、偽りの胸

 生徒会との昼食後、教室に戻ったら峰子さんと来亥さんが会話してた。

 あの来亥さんが誰かと会話するなんて、急にどうしたんだろうか。


「お、洋。おかえり」

「ただいまです。珍しい組み合わせですね」

「六華の方から話し掛けてくれてな。昼食も一緒に食べたんだ」

「いいとこに来たな積木。面貸せ」

「え、おわっ!?」


 頭一つ分も小さいのに、教室の壁端に追いやられた。

 眼鏡越しの眼光が相変わらず怖いよ。


「積木……随分と水臭ぇな」

「な、何のことですか?」

「スマホ見ろ」

「へ、へ?」


 ポケットのスマホから丁度通知音が聞こえて、相手は来亥さんだった。

 早く見ろの圧力に耐えられず、素直にメッセージに目を通した。


《峰子ちゃんから聞いたよ♪ 私も積木君の家に遊びに行きたいです♪ 六華》


 目を2・3度擦っても文面が変わらないや。

 もしかしたら僕と峰子さんの電話を聞いてたのでは。

 そうとしか考えられない。


「お前の事だ。さぞかしキャッキャウフフな百合展開が期待できそうでな……行かなきゃ損だろ?」

「あ、あぅ」

「答えはYESかハイ、どっちだ?」


 きょ、拒否権がない。

 もう許可するしか納得して貰えないのか。


「ぜ、是非とも遊びに来て下さい……」

「分かればいいんだよ、分かれば」


 満面の笑みを恐ろしいと感じたのは、貴方が初めてです。

 これで遊びに来るのは、峰子さん蘭華さん、来亥さんの3人か。


「あれ? 積っちに来亥さん? 何してんの?」


 バッドタイミングで愛実さんが戻って来てしまった。


「おぉ瓦子。良いところに来たな」

「なになに?」

「今度積木の家に遊びに行くんだけどな? お前もどうだ?」


 百合展開を増やす狙いで、愛実さんを誘ってるのか。

 そんな思惑を知らない愛実さんは、目を輝かせて僕との距離を詰め寄って来た。

 ち、近いよ。


「絶対に行く! 行く行く行く! いいよな積っち!」

「ち、近いです」

「ダメ……なのか?」


 そ、そんな悲しい顔をされたら、もう断れないよ。


「む、むしろ嬉しいですけど、も、もう少し離」

「やったぁああ! ありがとう積っちぃい!」

「ふひぃ!?」


 感情のまま真正面ハグは、本気でヤバいです。

 柔らかいわ、いい匂いわで、離れてもくれなさそうだよ。


「ちっ。なんでお前は女じゃねぇんだ」


 苛立った来亥さんが僕の性別まで否定し始めたよ。

 それよりも、愛実さんの柔らかい身体がギュッとされて、身動きが一切取れないんだ。

 離そうにも触れられないし、どうしたらいいんだ。


 そんな僕のピンチを悟ったのか、峰子さんが愛実さんを軽々と引き剥がしてくれた。


「愛実。我を見失ってたぞ」

「え? 別に見失ってなかったけど?」


 じ、自覚あっての密着ハグだったんだ。

 だとしても、相手は男の僕ですよ。

 人気者でリア充な愛実さんに、変な噂が立たなければいいけど。


「め、愛実さん。今後、ハグは無しでお願いします」

「なんで?」

「その……色々と噂されちゃいますよ」

「例えば?」

「つ、付き合ってるんじゃないか、とかですよ」


 不快な思いをさせたくないんだ。

 なのに、愛実さんは身体をくねくね動かして喜んでた。

  

「えへ……えへへ~積っちってそう思ってるんだ~えへへ」

「動きが変だぞ、愛実。うぉうぉ」


 捕えてる峰子さんにもクネクネが移ってるよ。

 思っていた反応と全然違うんだけど。


「そんな噂されるなら~遠慮なくしちゃうかな~」

「は、話聞いてました? 絶対に良くない噂ですよ?」

「別にいいんじゃない? むしろウェルカム!」


 だ、ダメだ。

 正常な判断を放棄してる。


「洋」

「はっ。み、峰子さんからも言って下さ」

「私も愛実と同意見で、ハグはウェルカムだ」

「み、峰子さんまで?!」


 どういうことだ。

 ハグに賛同するって何?

 峰子さんだけは味方だと思ってたのに。


 こうなったら百合展開を求める来亥さんに、ガツンと言って貰おう。

 毒舌な来亥さんなら説得させられる筈だ。


「く、来亥さん! 2人に言ってやって下さい! 男女間のハグは駄目だって!」

「あ? お前は何故玉無しで生まれなかったんだ」

「え」

「せっかくの百合チャンスを水の泡にしやがって……お前は今から私の敵だ」


 なんてことだ。

 一番やばい人が敵になってしまった。


「ね、ねぇ来亥さん」

「……なんだ瓦子」

「積っちの敵ってことは、私達の味方ってことでしょ?」

「それがどうした」

「つまりさ……味方なら積っちとハグしたいって事になるじゃん」

「は? 誰がこんなのと。それと六華でいい」


 地味に拒否られたけど僕としては助かる。

 でも、愛実さんは顔をピクピクさせ、来亥さんと向き合てた。


「ちょ、ちょっと聞き捨てならないぞ、りっちゃん!」

「なにがだ。こんなの、ひょろっと頼りないモブキャラ風体だぞ」

「ちょ、丁度いいでしょ! 筋肉がゴリゴリでもないし、ガリガリ骨ばってもないし!」

「ケッ! 人を見る目がねぇな。コイツはハグには適してない体付きだ」


 来亥さんに体を容赦なくビシバシ叩かれて、結構痛い。

 使えない機械みたいに触れないで欲しいよ。

 

「て、てか! じ、実際ハグしてないじゃん!」

「はん! やりゃいいんだろ? おら積木、こっち向け」

「あ、はい」


 眼力が鋭いまま、懐にポスっと入ってきた来亥さん。

 頭一つ分小さいから、フィット感が空と凄く似てて、丁度いい。

 そう考えたら、なんだか緊張しなくなってきたぞ。

 

「……おい積木。心音が普通だぞ。少しは動揺しろ」

「いや、特になんとも」

「……なら、これでどうだ」


 急に自分の脇腹当たりを弄る来亥さん。

 バツンって音が聞こえたけど、何をしたんだろうか。

 あれ、気のせいかな。

 今さっきまで無かった、とても柔らかい大きな感触が懐に広がってるような。


 視線を恐る恐る下に向けたら、来亥さんに無かった胸が、ご立派に存在しているじゃないか。


「ふぅ……さぁ、これならどうだ」

「ちょ?!」


 立派なお胸状態のギュッとハグは、心の準備が出来てない。

 懐に耳を当てる来亥さんに、動揺する心臓の音が聞かれてしまう。


「……ふん。所詮、巨乳に反応する童貞だったか」

「りりりり六ちゃん?! ど、どこからそんな立派な胸が?!」

「胸潰しのインナーって奴だ。普段邪魔で仕方ねぇから、貧乳にしてんだ」

「い、偽りの貧乳だったのかぁあああ!」


 愛実さんが膝から崩れ落ちて、四つん這いで悔しがってる。

 それよりも早く助けて欲しいんです。


「六華、そのインナーはどこで手に入るんだ?」

「ネットだ。けど、お前のサイズは無ぇな」

「そ、そうか……」


 しょんぼりする峰子さんに申し訳ないけど、逸早く助けて欲しいです。

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