第39話暇をする女優、陽気な女先生

 結局、予鈴まで来亥さんのハグから解放されなかったよ。

 何も出来なかった事に頭を抱えてる中、スマホの連絡通知音が聞こえてきた。

 相手は渚さんからだった。


《今、撮影の休憩中で暇してるのよ。相手になりなさい》

《授業始まるんで無理です》


 どうすれば、あの来亥さんの感触を忘れられるのかな。

 一日寝たら忘れられればいいのだけど。

 あれ、またスマホがなった気が。

 また渚さんだからだ。


《ちょっと! ワンターンで終わらせるなんてあり得ないんだけど!》

《学生は勉学優先です》


 別に連絡を拒んでる訳じゃないのに、秒で返事が来た。

 そろそろ授業が始まるのは伝わってるよね。


《クソ真面目か! 授業中にスマホイジってなんぼでしょうが!》

《僕はイジりません》

《少しはハメを外しなさいよ!》


 何を言ってるんだこの人は。

 こうなったら、ここからはスタンプで返そう。

 きっと数回で飽きてくるだろうし、実践あるのみだ。


 首を横に振るゲームキャラのスタンプを送ると、数秒後に返事が来た。


《スタンプ返しは通用しないわよ》


 僕の思考が筒抜けなのかな。

 このままスタンプ返すれば、そうですと認めているようなものだ。

 返事を文に戻して、時折スタンプで返すことにすればいいかな。


《そんなことありませんよ》

《ふーん。なら念の為、今からスタンプ禁止ね》


 してやられた。

 他の方法で、穏便にやり取りを終わらせる糸口を探らないと。


《分かりました。ところで、今日は何の撮影なんですか》


 無難な話題なら適切にやり過ごせる筈だ。


《南の島で一攫千金サバイバルする映画の撮影。南の島っていつ来ても暑いわね》


 前に連絡貰った時も、別映画の撮影だったし、本当に引っ張りだこなんだね。

 なんか追加で画像が添付されてきた。

 南国島の風景をバックに、リゾートソファで自撮りする、ビキニ姿の渚さんだった。


「ぶっ?!」

「にゃ?! つ、積っち?! ど、どうした?」

「す、すみません……何でもないです」

「な、ならいいんだけど……そろそろ授業始まるからな」

「は、はい」


 本当にごめんなさい、愛実さん。

 今からちゃんと渚さんに注意します。


《何を送ってくれてるんですか!? 僕が驚いたせいで、愛実さんが驚いちゃったじゃないですか!》

《あら、愛実は元気かしら?》

《相変わらず元気ですよ。じゃなくって! 自撮りは送らないで下さい!》


 危ない危ない。

 冷静に慎重に穏便なやり取りを、忘れない忘れない。


《はぁー?! アンタだけの自撮りなのよ! まずは感謝しなさいよ! 今をときめく人気女優の生ビキニ自撮りなんて、一生拝めないわよ!》

《いやいや、自撮りなんて頻繁にSNSに上げてるじゃないですか!》


 一生拝めないなんて大袈裟だよ。

 その壁を壊したSNSには少し感謝だ。


《さっきのはアンタにだけって書いたでしょ!》


 だからと言って、僕に送って何の得になるんだ。

 ただただ、へぇーとしか思わないんですけども。

 渚さんにはちゃんと、自分がどれだけ影響力があるか、自覚を持って頂きたい。


《分かりましたから、本当にもう時間なんで、そろそろ止めますよ》

《へぇーなら私は自撮りを送り続けるわ》

《やめて下さい!》


 これは新手のセクハラに近いんじゃないか。


《たく……あ、そうそう。私、再来週の土日、珍しくオフ日なのよ》

《急に話題変わりましたね。でも、オフ日で良かったですね》

《……完全に他人事ね。どうせアンタも暇でしょ? 付き合いなさいよ》


 せっかくのオフ日なのに、僕と付き合ってもしょうがないと思う。

 もっと有意義に休んで欲しいし、それとなくお断りする方向に持って行こう。

 それに再来週の土曜か日曜日は、愛実さん達が僕の家に遊びに来る日だ。

 この事を渚さんに伝えれば、流石に納得してくれる筈。


《すみません。土日のどっちかに、愛実さん達が家に遊びに来るので、都合が合いません》

《それならそうと早く言いなさいよ。私もアンタの家に行くわ》


 冗談にしては笑えないぞ、渚さん。

 絶対にお断りしなければ。


《貴重なオフ日を使うなんて勿体ないです。無理せずゆっくり休んで下さい》

《私が来たら都合が悪いみたいね》

《ソンナコトナイデス》

《カタコトじゃない! 私の時間は私が決めるのよ! アンタに拒否権はない!》


 流れが完全に渚さんに持ってかれてる。

 どうにか流れを取り戻して、今度こそお断りをせねば。


「洋……洋」

「ん? 何ですか峰子さ……」


 峰子さんの声掛けのお陰で、現実が今どうなってるのかようやく気付いた。

 静かな教室内で、黙って僕を見下ろす人影に、恐る恐る視線を向けた。


「あ……」

「授業始まってるのに、スマホに夢中なんてー勇気あるねー積木君」

「は、原先生……こ、これには深い訳が!」


 笑顔の原先生に肩に手を置かれ、不気味さを際立たせた。


「放課後、生徒指導室ねー? 来ないと課題倍にしちゃうぞ♪」

「は、はい……」

「じゃ、教科書とノートを机に出してねー授業再開しまーす♪」


 やってしまった。

 よりにもよってサディ原先生の授業中に、スマホをイジってしまうなんて。

 渚さんめ、あとで一言申さないと。


♢♢♢♢


 瞬く間に放課後になり、愛実さんと峰子さんに心配されながら、生徒指導室へと向かった。

 千佳さんには遅れるって伝えたし、渚さんへの返事は今送るところだ。


《渚さんのお陰で、今から生徒指導室行きです》


 さっきは休憩時間だったし、今は撮影中だろうね。

 と、思ったらすぐ返事が来た。


《へぇー授業中にスマホ触ってるアンタが悪いわね。ぷぷぷ》


 とりあえず、スンとした顔のスタンプだけ送ろう。

 丁度生徒指導室前まで来たし、スマホの電源は切ろう。

 流石に原先生の前でスマホは触れないからね。


「ふぅ……失礼します」

「どーぞー」


 中では、眼鏡姿の原先生が陽気に出迎えてくれた。

 対面する形で座り、妙な緊張感の中で僕から切り出させて貰った。


「あ、あの……授業中スマホを触っていた件は、本当にすみませんでした。二度としないよう、授業前に電源を切ります」

「わぁー自分で解決しちゃったねーあははは♪」


 怒ってる様子がなくても、サディ原先生だから油断は禁物だ。


「まぁーぶっちゃけ先生も学生の時は、授業中携帯ばっか触ってたからねー」

「は、はぁ」

「だ・か・らー……今回は大目に見るねー」

「あ、ありがとうございます」


 あのサディ原先生が珍しく優しい。

 もし飴と鞭方式で、甘さを見せて課題を倍以上出す策かもしれない。

 この人なら間違いなくやり兼ねない。


 生徒指導室を出る、最後の最後まで油断をするな自分。


「で、本題なんだけどー」

「ほ、本題?」


 スマホの件が本題じゃないなら、何も思い当たる節はないのだけど。


「積木君って、私の妹の真理と友達なんだよねー?」

「え? あ、真理さんですか? 確かに通学と帰宅の電車で一緒ですけど」

「やっぱり話に聞いてた通りだー♪」


 今の原先生は先生ってより、陽気な年上の綺麗なお姉さんって感じだ。 


「それを踏まえてなんだけどーこれは真里の姉としてのお願いでねー聞いてくれるかなー?」

「は、はい」


 真理さん関連でのお願いって何だろう。


「ありがとー♪ そのね? あの子って、見た目以上に寂しがり屋さんだから、構ってあげて欲しいの」

「え?」


 あの真理さんが寂しがり屋さんなのか。

 なんか想像つかないけど、実姉の原先生が言ってるんだからきっと本当なんだ。

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