第53話貪欲なM女子、目撃の茫然自失

 首輪を緩めに着け、第一関門は突破できた。

 のに、時貞さんは軽く締め付けるように調整しちゃってる。


「んっ……ハァハァ……キュッと締められる、この絶妙な圧迫感……ハァハァ……とてもいいです……」

「そ、そうですか」


 根本的な趣旨を忘れてないか心配だよ。


「えーっと、初日ですし柔軟ストレッチにしましょうか」


 数か月もあれば、硬い体も結構柔らかくなれて、ケガ防止にもなるんだ。 


「……口調が厳しくないです。生半可な優しさじゃ納得しませんよ!」

「あ、はい」


 早々にダメ出しを食らても、挫けていられない。

 口調が厳しくないなら、記憶をフルに活動させ、それっぽいセリフを言えばいいんだ。


「ほ、骨抜き魚みたいにグニャグニャにしてやんよ!」

「真面目にやって下さい」

「ご、ごめんなさい」


 心が折れそうになるけど、逃げ腰じゃ元も子もない。

 再度記憶を絞り出し、とある漫画のセリフがピッタリだった。


「では、行きます……誰に指図してるんだ。お前は俺の言いなりだろ」


 口調を荒げるのって、物凄く精神的に来るんだね。

 肝心の反応は、セルフ抱き締めで悶えてた。


「さっきの調子でお願いします!」

「了解で」

「口調!」

「……言ったよな? 指図するなって……しつけが足りないみたいだな!」

「キューーーーン! こ、この哀れな私を躾て下しゃい!」


 もうどうとにでもなってしまえ。 


 やっつけ感で柔軟ストレッチを次々こなす中。

 長座体前屈に下が剥き出しの地面で座らせるのに気が引けた。


「座って貰いたいんで、何か敷くものを用意しますね」

「不要です! ジャージは汚すものです! さぁ! 遠慮せず命令して下さい!」


 遂に命令までも所望とは。

 早く切り上げたい一心で演技を続けるしか、もう乗り切れないよ。


「……二度も言わせるな。さっさと地面に座れ」

「はひぃ!」


 喜んで地面に座り込んでくれ、まず一人でやって貰った。

 真っ赤な顔で両手を伸ばすも、体が曲がる事はなかった。


「で、できましぇん!」

「全く駄目だな。面倒だが直々に押してやる。感謝しろ」

「キュン! 有難き幸せ!」


 もう無心の方がマシだよ。

 背中をゆっくり押し、ひたすらに無になった。

 ただ、変な声を出さないで欲しいです。


「ひぎぃ?! い、痛気持ち良い! はぅ!? さ、逆らえましぇん!」

「ふっ、残念だな。柔軟ストレッチは終わりだ」

「そ、そんな! も、もっとハードでも耐えられます! むしろ望んでます!」

「これだからお前はズブの素人なんだ。終わりは終わりだ、分ったな?」

「お、仰せのままに!」


 ほっ、鞭を使わずに済んで良かった。

 最後に挨拶をして、今日は解散しよう。


「お疲れさまでした。いかがでしたか?」

「最高でした! 年中無休でやって欲しいです!」


 厳しく扱う事か、はたまたサポートの事か。

 どちらにせよ満足してくれたなら良かった。

 

「最後に鞭加減を体験したいので、お願いできますか?」

「え」

「あ、叩きやすい体勢ですよね! 喜んで!」


 鞭を強制的に持たされ、壁に手を付く時貞さん。

 お尻を突き出して既に興奮してる。


 何もかも手遅れなのかもしれない。

 後悔と罪悪感に苛まれ、震える手で小ぶりなお尻目掛け、ソフトに叩いた。


「……何ですか、その脆弱な鞭捌きは。もっと気持ち良い音色を響かせて下さい! ほら! さぁ!」

「こ、これ以上はとても……」

「厳しい言葉付きでお願いします!」


 話を聞いちゃくれないよ。

 納得するまで続きそうだし、鞭を握り締め振りかぶった。


「だ、誰に向かって尻を向けてるんだ! ふん!」

「なふっ……!? こ、これが本当の鞭捌き……ハァハァ……」


 これでようやく自由になれる。

 強張った肩の力が抜けた。

 が、余韻に浸る暇もなく、人差し指を立てておかわりを要求してきた。

 受け入れたくない現実に葛藤しながら、再び振りかぶった。


「ちゃんと口で言え! ふん!」

「はにぃ!? ……も、もう立てませしぇ……ん……あひぃ」


 ズルズル地面に寝そべって、びくびくしちゃってる。

 強く叩き過ぎたのかも、大丈夫かな。


「と、時貞さん? 大丈夫ですか? 返事して下さい!」


 ブツブツと何か言ってるけど、呂律が回ってなくて全く聞き取れない。

 そんな中、一つの足音が近付いてた。


「あ、あの……だ、誰かいるんですか……」

「え、あちょ」

「その声は積木さ……」


 声に気付いた時には、時すでに遅し。

 暗堂さんが姿を見せ、たじろいでた。


「つ、積木さん……な、何してるんですか……」

「あ、暗堂さん……ち、違うんです! これは特訓の一環で! じゃなくて!」


 弁解すれば傷口を広げるだけだ。

 茫然自失で後退しちゃってる。


「だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫デスヨ……だ、誰ニモ言イマセンカラー……さ、サヨウナラ……」


 フェイドアウトして行った暗堂さん、虚しい風の音だけが響いた。

 次会わせる顔がないよ。


 凄まじい後悔に襲われながら数分後、時貞さんが目を覚まし体を起こした。


「……ここは?」

「秘密の特訓場所ですよ」

「あ、マイマスター!」

「その呼び方は勘弁して下さい!」

「えー?」


 あれやこれや結局呼び名はマイマスターで固定。

 今度こそ解散しないと、精神的にもたない。


「週2・3頻度で今後ともサポートをお願いしますね!」

「は、はい。鞭は無」

「有りで! ご褒美……躾としてビシバシと頼みますよ?」


 今間違いなく、鞭叩きをご褒美と言ったよね。

 今後のサポートに不安しか過らないよ。

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