積木君は詰んでいる

9章 陸上女子の活躍

第54話尾行の双子妹、身だしなみとコンディション

　休日に入った本日は、愛実さんの最後の晴れ舞台、地方女子駅伝の日だ。

　目的は勿論、愛実さんの応援だ。

　滅多に来ない場所だし、空気や会場がとても新鮮だね。

　他校からも沢山集まてるし、観客も多いや。

　峰子さんと現地集合なんだけど、ひと際目立つからすぐに見つけられた。

　足早に向かったはいいけど、他校の女子生徒に取り囲まれてるや。

　峰子さんも戸惑ってるし、合流は落ち着いてからの方が良さそうだ。

　詰み場になるのも避けたいし、連絡して離れておこう。

　来た道を引き返そうとした時、とても柔らかなものが顔面に当たった。

「んもっ？」

「誰かと思えば、積木様でしたか」

「？！　ら、蘭華さん！？　い、今離れますから！」

　わざとじゃないにしても、胸に顔が当たったのに、ものともしてないや。

「す、すみませんでした！」

「わたくしも前方不注意でしたので、お気になさらず」

　今日は穏やかそうで良かった。

　改めて見ると、華やかな私服と麦わら帽子姿は、絶世の美女そのもの。

　思わず見とれて、少し思考が止まるね。

「どうされました？」

「え？　あ、いや何でも……ら、蘭華さんも応援ですか？」

「姉様の尾行ですけど」

　真面目に答える辺りが、愛の本気度合いが違う。

　尾行の割には距離が近いし、峰子さんも普通に気付いて、何とも言えない顔で見てるよ。

「あの……尾行は卒業した方がいいと思います」

「何をおっしゃいますか！　姉様の赴く場所なら地の果てであろうと、行かねばならないでしょうが！」

「は、はぁ……」

「何を呆れているんですか！　わたくしは本気なのですよ！」

「か、顔が近いです……ひぇ」

　物凄く良い匂いで、綺麗すぎる顔の接近は、普通に照れる。

　筈なのに、恐怖が勝って、それどころじゃないよ。

「今回は大目に見ますが、次は相応の覚悟をなさって下さい」

「は、はい」

「いいですね？　これから姉様を遠くから盗さ……見守るので失礼します」

　一瞬で目の前から消え、ホッとした。

　会場から離れたベンチで腰を下ろし、気持ちを落ち着かせた。

　始まる前に愛実さんに声を掛けたいけど、詰む可能性を考えたら、大人しく峰子さんと合流するまで我慢だね。

　時間潰しに大会のチラシを見たら、フルマラソンの距離を7区間に分けて走るんみたいだ。

　裏には各高校の選手一覧と、走るか区間が載って、愛実さんは最終区間を走るオオトリだった。

　晴れ舞台の最後に相応しいね。

　プレッシャーも大きいけど、上回るぐらい精一杯応援しよう。

「少年も来てたのか」

「え？　あ、こ、小乃美さん？」

　愛実さんのお姉さん、小乃美さんが来てるなんて思わなかった。

　一眼レフカメラ、愛実ファイトと書かれた団扇。

　闘魂ハチマキ、気合いの入れようが段違いだ。

「えーっと……愛実さんの応援ですよね？」

「当たり前だ。妹の最後の晴れ舞台なんだぞ」

　ガチガチに応援する人だとは思わないよ。

　姉妹仲は大変によろしいのは、少しほっこりだけどね。

　隣に座りパタパタ団扇で涼みながら、軽く顔を向けてきてた。

「で、進捗状況はどうなんだ」

「え？　何のですか？」

「愛実と付き合ってるんだろ？」

「ぶっ！？　つ、付き合ってませんよ？！」

　何を言い出すと思えば、予想外過ぎて変な汗掻いちゃったよ。

「はぁ……少年が愛実を変えてくれた日からな、私に身だしなみやらを聞くようになったんだ」

「い、良いことじゃないですか」

「分かってないな。今の今まで無頓着だったんだぞ」

　言われてみれば、あの日より前は、寝癖が跳ねて制服も若干よれていた気がする。

　今は寝癖が一切なく、制服も新品みたいにアイロン掛けされている。

「……確かに前と違ってますね」

「言われて気付くなんて哀れだな」

「あ、哀れ……」

「そうだ、哀れだ」

　何度も言われると、色々突き刺さるから止めて欲しいのに、事実なんだよね。

「いいか少年。愛実に会ったら、身だしなみの事を言ってやれ」

「は、はい」

「いいな？　嘘は」

　ベンチを離れ会場に姿を消した。

　ドッと疲れちゃったから、少し休もうかな。

♢♢♢♢

　開始10分前だし、峰子さんと合流しよう。

　会場内に戻っていたら、身に覚えがある寒気を感じた。

　帽子を深く被って顔が見え辛いけど、間違いなく来亥さんだ。

　Ｔシャツ短パンにリュック姿と、シンプルな格好だ。

　女子駅伝だから百合景色を見つけに来たのかな。

　邪魔するのは危険だ、声は掛けない方が絶対にいい。

　そそくさと会場内で峰子さんを見つけ、今度こそ無事に合流。

　黒ノースリーブにジーンズのシンプルコーデに、美人がより際立ってる。

「さっきはすまないな」

「いえいえ。それにしても峰子さんって、何でも似合いますね」

「ありがとう。あまりこだわりがなくてな、何時もこんな風だ」

「迷わなくていいと思いますよ」

「確かにそうだな。洋は良い奴だ」

　頭を撫でてくれるのは嬉しいけど、周りから微笑ましく見られて恥ずかしいよ。

　そうこうしてたら、選手達がぞろぞろ移動を始めたぞ。

　区間の違う選手は小型バスで移動みたいだ。

　愛実さんが移動する前に、僕らは駐車場へと向かった。

♢♢♢♢

　ちょっと早く来すぎちゃったかな。

　陸上部の皆さんが来るまで、もう少し待ってよう。

「峰子さんって、他校の生徒さん達にも人気ですね」

「あー……蘭華が私の事を勝手に広めててな。気持ちは有り難いが、やり過ぎ感は否めない」

「お、お気持ちお察しします」

　当の本人は、木の陰から望遠鏡でガン見してるけどね。

　狂気染みた視線はゾッとするよ。

　数分後、選手達が駐車場に集まり、愛実さん達の姿が見えた。

「来たぞ愛実」

「あ、峰子師匠！　積っちも！」

「コンディションはどうですか、愛実さん」

「人生史上一番良い！　よっ！　ほっ！」

　笑顔で軽いストレッチを見せ、日焼け肌と白い素肌がチラ見えして、軽く目のやり場に困る。

　愛実さんもそんな視線に気付いたのか、ストレッチをゆっくり止めて、もじもじと肌の露出してる場所を隠していた。

「そ、そんなじっくり見られたら……流石に恥ずい……」

「ご、ごめんなさい」

「い、いや、別に見てもいいんだけど……」

「は、はい」

　本番前に恥ずかしい思いをさせて申し訳ないよ。

「愛実！　移動するよ！」

「ハーイ！　じゃ、行って来る！」

「あぁ、しっかりと応援するぞ」

「ファイトです！　愛実さん！」

「おぅ！」

　ハイタッチしてバスに颯爽と乗り込んだ愛実さん。

　窓際で手を振りながら出発した。