第36話双子美女の頼み事

 改めて生徒会室に向かおうとしたら、今度は峰子さんが声を掛けてきた。


「洋。蘭華と知り合いだったのか?」

「え? ど、どうしてそれを?」

「今、蘭華から洋とのツーショットが送られてきてな」

「え」


 待って待って。

 ツーショットした覚えが一切ないよ。

 一体どうなってるんだ。


 気を利かせてくれた峰子さんはツーショットを見せてくれた。

 これは間違いなく、今朝の僕と蘭華さんの姿だね。

 おそらく取り囲んでいた西女の生徒さん達に撮られてたんだ。


「それに私と洋が教室を出たことを何故か知っててな」

「ま、まさか」

「保健室へ連れて行ったと返事したんだが……返事が来ないんだ」


 とてもまずい状態になってしまった。


「ん? 洋のスマホの音が忙しないぞ」

「は、はい。ちょっと失礼シマス……」


 見なくても分かる、見たらより分かる。

 僕のスマホを鳴らす相手は蘭華さんだ。


 弁当箱片手に教室を出て、足早に人のいない場所まで移動した僕は、恐る恐るスマホを見た。

 常に通知が数百件、現在進行形で増え続けている。


 とにかく落ち着け。

 シンプルに返事をすればいいだけ。

 返事を試みたが、丁度のタイミングで無料電話の画面になった。


「あ」

《積木様ぁああああ!? 対応が遅いですよ!》

「こ、声がデカい……す、すみません。今昼休みになったもので……」

《それは失敬失敬……で、本題ですが! 積木様は姉様と保健室で……何をしていらしたのですか》

「た、ただ峰子さんが運んでくれただけです」


 事実を言えば何も問題ないよね。

 だから心臓の音よ、どうか静かになって下さい。


《嘘おっしゃい! 姉様のお姫様抱っこですよ?! わたくしでさえ経験がないのですよ!》

「は、はい」


 荒々しい興奮冷めやらぬ状態が、スマホ画面越しに伝わってきて、見るのが怖い。


《はぁ……はぁ……それで保健室で何をされたんですか》

「な、何もありませんよ」

《……声色の動揺一体何を隠しているんですか!》


 もう、この人怖すぎる。

 僕は乾く寸前の口から、あの時起きた事をワンクッション添えて口にした。


「えっと……び、微熱で僕が寝た後……み、峰子さんが自分から……べ、べべベッドに入ってきました……」

《べべべべベッドイン!? あはん……》


 盛大に倒れた音が聞こえたぞ。


「だ、大丈夫ですか?」

《……何故……何故姉様がわたくしが夜な夜なベッドへ忍び込むのを、華麗に避け続けてきたのかが……よく分かりました》


 どこに分かる要素があったのかな。

 しかも、しれっとヤバい事を暴露しちゃってるよ、この人。


《姉様の方から来るのを待てばいい、たったそれだけの話だったのですよ!》


 どうしよう、蘭華さんがご乱心だ。

 けれども峰子さん愛は本物だろうし、ちょっとばかり力になってみようかな。


《早速今夜、姉様と一夜を過ごしちゃいます~♪ フンフフ~ン♪》

「あ、あのー……蘭華さん?」

《え? あ、すみません。ついつい浮かれてました》

「あ、はい。そのー……峰子さんに一度連絡してもいいですか」

《姉様に? 分かりました。では後程》


 素直に聞き入れてくれて良かった。

 すぐ峰子さんに電話を掛けると、ワンコールで出てくれた。


《どうした洋》

「あ、峰子さん。折り入ってお願いがありまして……」

《ん? なんだ?》

「その……今日、蘭華さんと一緒に寝てくれませんか」

《……蘭華に頼まれたのか?》

「い、いえ。僕からのお願いです」


 声のトーンが明らかに低くなってる。

 このまま断られる可能性が濃厚になってきた。


 数秒の沈黙後、峰子さんのクスっと笑った。


《ふふ……分かった。洋の頼みなら聞かないとだ》

「じゃ、じゃあ!」

《あぁ。今日は蘭華と一緒に寝ることにする》

「あ、ありがとうございます!」


 これで蘭華さんの一方通行な愛が、一時的に満たされて、奇行に走る事は少なくなる筈だ。

 本当に懐広い峰子さんには頭が上がらないや。


《このぐらいお安い御用だ》

「そう言って頂けて有難いです! では! また教室で!」

《あ、待って》

「あ、はい」

《……私の頼みも聞いてくれるか?》


 峰子さんに頼まれることってなんだろう。

 小さい脳みそを絞り切っても、全く思い当たることがないや。


《そのな? 洋の都合が良ければ……よ、洋の家に遊びに行きたいんだ》


 ちょっと拍子抜けな頼みだけど、遊びに来るのは全然ウェルカムだ。


「はい、いいですよ」

《やっぱり無理だよな。悪い、今のはなかったこ……え》

「来週以降の土日なら何時でも大丈夫ですよ?」

 

 峰子さんは断られると思ってたみたいだ。

 

《い、いいのか?》

「はい」

《……ありがと。詳しい話はまた連絡する》

「了解です。じゃ、また」

《うん、また》


 お互いの頼みが叶えられて本当に良かった。

 蘭華さんに良い報告が出来そうだ。


 早速蘭華さんへ電話を掛けたところ、ワンコール内で出てくれた。 


《お話はお済になりましたか?》

「はい。心して聞いて下さいね」

《ふふ、わたくしは不動の心ですよ? そんじゃそこらの事じゃ、動揺なんて》

「今日、峰子さんが蘭華さんと一緒に寝てくれることになりました」

《はひぃ!?》


 さっきよりも激しく倒れる音がしたぞ。

 本当に峰子さんが好きなんだね。

 ズリズリと張ってくる音と一緒に、蘭華さんの荒い息が近付いてきた。


《はぁはぁ……ゆ、夢ではないのですか?》

「正真正銘、現実です」

《ひぃいいぃぃ!? 皆様! 身体に触れて夢でないと確認させて下さい! ……えぇ! 構いませんわ!》


 なんだか、蘭華さん側の音が騒がしくなってる。

 よくよく聞けば、全部女性の荒い息遣いだ。


 よく分からない状況が一分程続き、戻って来た蘭華さんは色っぽい声に変わっていた。


《んっ……つ、積木様、本当に感謝してもしきれません》

「いえいえ、ただのお節介ですので」

《……今なら、姉様の気持ちが分かります》

「?」


 峰子さんの気持ちは分からないけど、良い報告が出来て良かった。

 双子でも全く違う性格なんだって、今日は身に染みて実感できた。

 

 これで電話を終えれると思った僕は、言いたいことを思い出し、スマホに耳を当てがった。


「あ、蘭華さん」

《? 何でしょうか?》

「朝、蘭華さんは言ってましたよね。峰子さんは僕にしか見せない顔をしているって」

《えぇ》

「その顔って、蘭華さんにだけにしか見せない、素の顔でもある筈なんです」


 誰しもが誰に対して同じ顔になる訳じゃない。

 その人その人に見せる顔がある。

 それが当たり前だと思ってる。

 

 だから蘭華さんが思ってるほど、人に見せる顔って特別じゃないと思うんだ。


《……そうですね。少々こだわり過ぎてました。お陰で気付かされました》

「案外冷静になれば、そんなものですよ」

《そうですね。積木様、色々とありがとうございました》

「いえいえ。では、僕はこれで」

《はい。失礼します》


 通話が切れ、スマホを耳から離した。

 一時はどうなるかと思ったけど、無事解決できたならいいんだ。

 

 今度こそ生徒会室に行こうとした時、スマホの電話バイブ音が鳴った。

 画面には蘭華さんの名前。

 すぐ耳にスマホを当てがった。


「ど」

《わたくしも同伴させて頂きます!》

「え。何の話で」

《おとぼけおっしゃい! 姉様から今しがた、近日中に積木様のご自宅へ遊びに行くとお聞きしました!》


 まずい、まずい、まずい、まずい。

 これ以上乗り切る策が何もない。

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