第12話吹っ切れたスポーツ美少女のお宅訪問

 結局ボトルの件は遠慮し、何とも言えない空気感が漂う。

 特別に瓦子さんとの親しい接点はない、ただ席が前後ろの関係だけだ。

 のに、休日の土手で居眠りし掛けた僕に、わざわざ足を止めて、隣りで胡坐を掻いて休んでる。

 知人とはいえ見て見ぬふりだって出来たのに、人の良い瓦子さんは声を掛けてくれた。


 これ以上気を遣わせる訳にはいかないし、今度は僕から会話を切り出そう。

 ついさっきまで走ってた事だし、きっと部活関連の話題で大丈夫な筈だ。


「か、瓦子さんは自主練中だったんですか?」

「ん。大会近いからさ、頑張らんといけんの」


 陸上部のレギュラー組で期待のホープなら、尚更努力が当たり前になってるんだ。

 期待されるプレッシャーは大きいだろうから、心身共に無理しないで欲しいのが、僕なりの思うところだ。


「でもさ……本当は部活辞めたいんだ」

「……え?」


 いきなりのカミングアウト過ぎて、次に続く言葉が動揺のあまり全く出ない。


 もしかしたら、今までの活き活きした姿は、周りに心配掛けまいと痩せ我慢してたって事なのかな。

 たぶん、そんな素振りを見せなかったんじゃなくて、見せられなかったんだ。


 でも、それに対しどう反応すればいいんだ。


「アハハ! 顔に出るなんて分かり易いな、積っち。でも、ごめん」

「ほ、本当なんですか?」

「ん」


 声色と空気感から、見栄を張っていない本心なんだとハッキリ感じた。

 瓦子さんは胡坐を止め、キュッと体育座りで縮こまりながら、静かに話し始めた。


「昔からさ? 走るのは誰にも負けなかったんだ。でも、いつも1人だったから、少年団に入れば一緒に走れる仲間がいるって、勝手に期待したんだ。けど、全然違った」


「もっと上を目指せ、お前ならできる、お前の為だ。って何度も言われるだけで、走れる私にしか目を向けてくれなかった」


 相手が期待の星の瓦子さんだったから、良かれと思って理想や期待を強引に押し付けてたのか。

 でも結局は、その人はその人であって、押し付ける人が瓦子さんになれる訳ではない。

 ただ僕が実際経験してる訳ではないから、瓦子さんの全部は分からない。


 それでも今の瓦子さんを理解することは出来る。


「自分から言い出したことだし、親に辞めたいって言えないままさ? ズルズルと高校まで来ちまったのさ」

「そうだったんですね……」

「ん……正直、皆に期待されるのは、もう疲れたんだ」

「……それでも部活を続けているのは、何でですか?」

「走れることが取り柄だからさ、それを取ったら何も残らないから」


 今までずっと1人で抱え込んで、誰にも本心を言えなかったのはとっても辛い事だ。


 体育座りのまま顔を埋め、ポツリポツリと言葉を零していた。


「なんでだろうな……積っちの前だと、弱い自分が出ちまう……」

「弱くない人なんていません……」

「……ありがと……」


 これからも辛い思いをするのは、あまりにもこくだと分かり切ってる。


 だからじゃないけれど、どうしようもなく僕は僕なりのありのままの言葉を伝えたくなった。


「瓦子さん」

「ん」

「皆の期待って、わざわざ背負うものなんですか?」

「……え」

「す、すみません。部活もろくにやってない奴が、おこがましいですよね」


 瓦子さんの真っ直ぐな視線が、容赦なく突き刺さってくる。

 勝手に人の人生に口出しするなんて、もっての外だよね。

 前言撤回と一緒に土下座をしなくちゃ。


「……そうだな。おこがましいな……」

「ごめ」

「でも、お陰で胸がスッとした」


 謝罪を遮った瓦子さんは勢いよく立ち上がり、僕にビシッと指差してきた。


「よし決めた! 今度の大会で陸上は辞める!」

「へ?! い、いいんですか?」

「もち! こんぐらいのけじめぐらい付けないとだからな! しゃー!」


 完全に吹っ切れたのか、命一杯体を広げて、のびのびとしていた。

 さっきの暗かった姿とは違い、前向きに自分の道を進もうとする姿に変わったと、僕にはそう見えた。


「私には成績も功績もいらないんだ! 誰かと一緒に走りたいなら、部活じゃなくてもいい! 私は自由なんだ!」


 あまりの通る大声に、少年野球の球児が試合をそっちのけで振り向いてる。

 土手を通った人達も、軽く笑いながら過ぎて行き、瓦子さんはポッと顔が赤らんでた。


「……流石に恥ずいな」

「ど、ドンマイです」


 大人しく胡坐を掻き直し、照れながらも空を見上げてた。

 ただ位置的に、最初よりも距離間がだいぶ近付いてる気が。

 前が片手が届くぐらいで、今は拳一つ分ってところだ。

 

「……ありがとな、積っち」

「ぼ、僕は何も……あの、一つ聞きたいんですけど」

「なに?」

「僕の呼び方、高校と違う気がするんですけど、気のせいですか?」

「な!?」


 高校では名字の君付け、今は砕けたラフな呼び方だから、何か理由があるのかと思ったんだ。

 質問に対し瓦子さんは、申し訳なさそうな顔で軽く頭を下げ謝ってきた。


「ごめん。完全無意識だった。嫌ならどっちかにする」

「あ、いや。ただ気になっただけなんで、そこまでしなくても……」

「じゃあ、積っちに統一する」

「は、はい」

「だから積っちも、愛実って呼んでくれ」


 急に名前呼びを所望されるとは、想像しえなかったぞ。

 名前呼びの反復練習する悠長な時間はないし、ここは男になって覚悟を決め、呼ばせて貰おう。


「め、愛実……さん」

「おぉーいいな! これからは、それで!」


 ご満悦なリアクションと一緒に、肩の触れ合う距離間まで寄ってきた。

 吹っ切れたのは大変に喜ばしい限りなのに、ここまでテンションが上がってるとは思わなかった。


「なぁ積っち。そろそろ昼飯だけどさ、どうするんだ?」

「お、お昼ですか? コンビニとかで適当にですけど……」

「マジ? 私ん家近いからさ、家で昼飯食わねぇか?」

「……愛実さんの家でお昼ですか? 聞き間違いですか?」

「なわけない。で、食いに来るっしょ?」


 グイグイ可愛らしい端正な顔を近付けて来て、積極的過ぎてもう何が何やら把握できない。

 このまま断っても押しに負けそうだし、お誘いに有難く乗ろう。


「……行かせて頂きます」

「しゃー! そうとなれば、こうしちゃいられない! 行くぞ積っち!」

「わ!? ちょっと引っ張らないで!?」


 手を握られまま土手を走り、約10分後には愛実さんの自宅前へ到着。

 白塗りの二階建て一軒家で、庭も丁寧に管理された綺麗な住宅だ。

 気の利いた第一印象をもっと考えればいいのだけど、息切れに苦しんでてそれどころじゃなかった。

 ペースが想像以上に早く、今でも呼吸が全然整わないぐらい、常日頃の運動不足を知らしめられた。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「何してんだ? 早く中に入ってくれ」

「は、はい……うぇ……」


 手を取られお邪魔すると、家の中に人の気配を感じなかった。


「あのー……ご家族の方は?」

「皆出掛けてるから、今は私と積っちだけ。まぁ、適当に楽にしててくれ」


 リビングまでグイグイ押され、流れでリビングソファーに座らされ、早速キッチンへと向かった愛実さん。

 ソワソワとリビングでも見渡し、緊張する空気感を逸早く脱しようとする中、愛実さんの様子がどこかおかしかった。


「スンスン……もうちょっと待っててくれ。軽く汗流してくる」


 駆け足でリビングを出て、ドタバタと忙しない音が家に響く。

 自主練後のままだったから、一度サッパリしたかったんだね。


 数十分後、髪を下ろしたエプロン姿の愛実さんが戻ってきた。

 エプロン下はTシャツ短パンのシンプルな私服だけど、スタイルが良いから着こなしが完璧だ。


「さぁー作るとするか!」

「何か手伝うことは?」

「お客さんは待ってなさい」


 言われるがままポツンと静かに待っていると、徐々にリビングへ広がる中華料理の匂いに、腹の音が自然に鳴った。


 丁度12時になる頃合いに、リビングテーブルに中華料理が並べられ、早く来いと手招きされた。


「瓦子家の特製炒飯に、ニンニクマシマシ餃子。あとは中華スープだな」

「おぉー中華一色ですね」

「こう見えて中華以外のレパートリーも、いける口です。さ、食おうぜ! いただきまーす!」

「いただきます」


 濃い味付けのパラパラ炒飯と、大きなニンニク餃子の相性は抜群。

 時折挟む中華スープで一休みしつつ、食欲はどんどん満たされ続ける。


 正面に座る愛実さんも、ニコニコと美味しそうに食べるから、思わずこっちも笑顔になる。


「我ながら上出来……アハハ! 子供だな積っちは」

「え?」

「ご飯粒、口横に付いてる。よっと」


 体を軽く乗り出して口横のご飯粒を取り、そのままパクっと食べていた。

 愛実さんは悪戯っぽく笑いながらも、若干照れ顔だった。


「アハハ! なんか新婚さんみたいだな」

「な、なんとなく分かります。そ、それにしても料理上手ですね」

「だろ? いつでも嫁に行けるわ」


 すっかりと打ち解けた僕らは、他愛もない話に花咲かせ、楽しい昼食は続いた。

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