第三章 その2 飛竜対王国軍 (中盤)

 そして三日の後、王国軍は会敵した。


 岩山で翼を休めている飛竜の群れ。

 近づいてくる王国軍にはまだ気付いていない。


 展開する王国軍。


 戦いの火蓋は投石機と改良型バリスタによる一斉掃射によって切って落とされた。

 王国側としてはもともと数で圧倒し、追い払うことを第一としていたので、不意打ちによる先制攻撃が成功した時点で、飛竜たちはちりぢりのばらばらに追い散らせるものと考えられていた。


 だが結果は惨憺さんたんたるものであった。

 頼りの綱のバリスタが思うように効果を発揮しなかったのである。


 超長距離射程から雨あられのように降り注ぐ大量の矢の嵐。

 通常の軍隊が相手であったなら効果は絶大であったろう。しかしそれらは成体の飛竜の堅い鱗を貫くには至らなかった。


 それに計算違いは他にもあった。

 それは知能。相手の頭脳は自分たちより遥かに下だと決めてかかる、それは何百年も昔から繰り返されるヒト種族の悪い癖。

 飛竜は本能のままに暴れ回るだけの、愚かな原生生物ではなかったのである。


 キキョウェァーーーッ!!!


 突然の状況に慌てふためく飛竜の群れ。しかしそれは長たる個体の一喝によって一瞬にして収められた。


 次に長たる個体がとった行動、それは辺りを見回し状況を確認することであった。

 するとなだらか尾根の下方で、半包囲するような陣形をとるヒトの群れが確認できるではないか。


 だがそれと同時に、完全に包囲されたわけではないことも知る。


 ニイィィィ……


 口の端を不気味に吊り上げ、権力者が策謀を巡らす時にみせるような笑みを浮かべる飛竜。


 長たる個体。彼は唯一、物事を冷静に、俯瞰して見ることのできる飛竜。


 歳と共に多くの経験を積み重ねてきた彼はその時、ヒトの群れの中に見慣れぬものを見た。

 それは王国にとっての切り札、大型投石機と改良型大型弓砲バリスタである。


 そこから第二射が放たれる。


 大量に降り注ぐ矢の中に、長たる個体めがけて飛んでいくものがあった。

 長はそれをいとも簡単に払い除ける。そして被害を確認する。


 翼を傷つけられた者はいるが、鱗を貫かれて致命傷を負ったようなヤワな同胞はいない。

 投石機から放たれた石はというと、あらぬ方へと飛んでいっていた。


 そもそもこちらに飛んできたとしても避ければそれで済む話である。一撃を喰らうような愚図などいはしない。

 不意打ちは失敗に終わったのである。


 事もない。つまりはそいうこと。


 見慣れぬ兵器に一瞬、警戒こそしたものの、そこから放たれる攻撃は全く脅威足りえないのだから、恐れる必要など微塵もなかった。

 それなのにこの愚かなニンゲンどもは、全く歯が立たないことが分かった今もこうして、それを頼りに我々を追い立てようとしている。


 学ばない害虫どもが……

 追い払うだけでは生ぬるい……いっそ喰ってやろうか?


 鼻につくとは良く言ったもの。食物連鎖の上に立つ生物ならば、当然そう考えるところだろう。

 彼らにとっては人間など所詮エサと大差ないのだから。


 長はひときわ大きく息を吸うと、耳をつんざくばかりの特大の咆哮を放った。


 キキョウェァーーーッ!!!


 それを合図に飛竜たちが一斉に坂を駆け下り、勢いそのままに飛び上がる。

 からの滑空。眼下のヒトの群れめがけて。驚異的な速さで。


 分をわきまえない生物に対し、上位に位置する者がとるべき行動は一つ。

 身の程を知らしめる、である。


 特に大きな体躯の飛竜の数体が、中央前方に陣取る投石機と大型弓砲バリスタめがけて滑空していった。

 虎の子の決戦兵器は第二射を放ったばかりで再装填が間に合わない。

 しかしこんな時の為に重装歩兵隊が護衛についている。また弓兵大隊もすぐ後ろに展開していた。


 抜き放たれたネオロイ将軍の剣が、迫りくる飛竜たちに向けられる。


「放てーーーッ!」


 号令と共に、まず長弓に持ちかえていた弓兵大隊が、射程内に差し掛かった飛竜めがけて一斉掃射を開始した。


「おおぉぉ……」


 バリスタ工兵隊の頭上をこれでもかという数の矢が、迫りくる飛竜を撃退すべく飛んでいく。

 その圧倒的なまでの物量に、工兵隊からも感嘆の声が上がる。


 しかし大型弓砲バリスタでさえ効果がイマイチだった相手である。牽制にすらならない。


 そもそも人の力のみから放たれた矢で飛竜の固い鱗をどうこうしようなど、ハナから無理な話だったのである。

 そしてあろうことかこの行動はヘイトを稼ぎ、最悪の結果を招く事態となった。


 ドンッ……ドンッドンッ……


 腕の鱗で急所である顔面への一撃だけを防いだ飛竜の数体が、バリスタ配置の最前線をそのまま飛び越え、弓兵大隊が展開する陣のど真ん中に降り立った。


 ヒトの三倍はあろうかという巨大さである。


 その巨体から放たれた尾による薙ぎ払いの一撃は、円にしておよそ二七〇度、周囲四分の三にあたる場所にいた弓兵たちを、一瞬にして宙に舞い上がらせた。


 その数は十を超え、直撃を喰らった兵士のほとんどはこの一発で即死、または再起不能。

 巻き添えを食らった兵士もまた同様に、戦闘の継続など不可能な状態に陥った。


 いきなり懐にまで入り込まれた弓兵大隊は、一瞬にして恐慌状態である。


 一方先陣の、飛竜が直上をかすめていった本来の最前線、大型弓砲バリスタ隊はというと、第三射を至近距離から打ち込まんと、再装填を急いでいた。


 しかし先ほどまでとは状況が大きく異なる。

 向きや発射角の調整など、可能とはいえ一朝一夕にできるものではなかった。


 そもそも至近距離での運用など、想定されて造られた兵器ではない。

 工兵たちは想定外の事態に大いに苦戦を強いられていた。


 ドンッ……ドンッドンッ……


 そこに別の飛竜たちが降り立った。

 器用に二本の足で立つ新手の若い飛竜たち。次々と無防備な木製大型兵器に向けて、容赦なく腕を振り下ろす。

 それも戸惑う工兵隊もろともに。


 バリスタは一部がひしゃげ横倒しになり、またそこにいた人間ごとばらばらになって吹き飛んだ。

 肉片混じりの折れた木材がまた近くのバリスタ工兵隊を襲い、被害をさらに拡大させる。


 護衛の重装歩兵隊など全く、ものの役にも立たなかった。

 勇敢にも盾を構えて立ち向かっているが、あれでは犬死にと大して変わらない。


 地獄絵図とはまさにこのこと。

 阿鼻叫喚の嵐が部隊としての機能を一瞬にして低下させる。

 ここは兵器の一部と血と肉塊が飛び散る、地獄の一番地へと変貌を遂げたのである。


 中央部隊以外の場所でも惨状は広がっていた。

 左右に展開する長槍兵を主体とする部隊でも、飛竜による一方的な蹂躙が起きていたのである。


「長官……ッ! ご指示をっ……」


「各隊堪えろ! 飛竜どもを押し返せ! 長槍兵部隊に伝令っ! 中央に割って入らせろっ! 挟撃するんだっ!」


 司令長官ネオロイ将軍の檄が飛ぶ。

 しかし各部隊が一斉に乱戦混戦恐慌状態に陥ったばかりに、指揮をとるどころか鎮静化すらままならない状況にあった。


 ネオロイ将軍の発した、両翼に展開する長槍兵部隊による挟撃策。

 これはそう悪い策ではない。戦術としても十分に考えられたものである。

 だがそれはあくまで相手が人間か、それに類する場合に限った話であり、今回は相手が相手であった。


 全くもってままならない状況。

 将軍の顔が飛竜を甘くみていたことへの後悔と、取り返しがつかない事態を招いてしまったことによる絶望の色へと染まっていく。

 今日ここで命を落とす兵士の数はいくばくのものとなるだろう。


「(これでは陛下に……民に合わせる顔がない……)」


 ドンッ……ドンッドンッ……

 ドンッドンッドンッドンッ……


 そこに遅れて飛び立っていた別の飛竜たちが、本隊の前に次々と降り立った。


 ここにきての更なる新手である。


「(ああぁ、なんということだ……)」


 弓兵大隊と分断するかたちで降り立った飛竜の群れ。

 このままでは各部隊、連携もままならないままに各固撃破の憂き目に遭うは必定。

 それは文字通りの全滅を意味する。


 事ここに至ってはもう、たとえ後に無謀と評され無能の烙印を押されようと、ただ手をこまねいて兵士たちが死ぬに任せるわけにはいかなかった。


「我に続けぇーーーっ!!!」


 その目的は弓兵大隊との合流。イチかバチかの総力戦。

 たとえ敵わずとも弓兵部隊の退路だけは切り開く決死の策。

 意を決したネオロイ将軍は自ら後方部隊を従えて突撃していった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る