第一章 OP 皆殺しの少女 (後半)
「……やっぱり『皆殺し』だったな」
「あぁ、間違いねぇ」
そして再び四人掛けのテーブル席である。
「なぁ、本当にあんなのがその『皆殺し』ってヤツなのかよ……俺でも何とかなりそうだぜ?」
「ちょっ、おまっ……間違ってもちょっかいなんか出すんじゃねーぞ?」
「くれぐれも頼むぜ、こちとら、とばっちりはゴメンだからな」
「…………」
先ほどから妙に黙りこくっている女冒険者。四人の中で一番頼りになりそうな男が、彼女の普段らしからぬ態度に気付き声を掛けた。
「……なぁ、さっきから随分と静かじゃあねえか? どうかしたか?」
「ねぇ……私、あの子のこと知ってる……アネットだ、あれ……」
声を掛けられた自称年頃の女冒険者は、とても信じられないものを見たという表情≪かお≫で呟いた。
「アネット? 何だお前、アイツのこと知ってんのか?」
「ええ、わたし前に兵士やってたって言ったことあったわよね。その時の初の軍事作戦が帰らずの森ってところの踏破と、その先の探索だったんだけどさ。森を抜けた先にゴブリンの集落を見つけてね……」
「帰らずの森って帰ってこれてんじゃねーかよ」
隣で飲む男が間髪入れずに茶々を入れる。すぐに人を茶化すのはこの男の悪い癖。
「いや実際に帰ってこれないわけじゃなくてね。かなり危険な魔獣がウロウロしてるからそう呼ばれてるってだけで……ちなみにバジリスクとかサーベルタイガーいるわよそこ」
「うげっ、マジかよ。バジリスクはヤベェな。そりゃあ帰らずの森ってものまんざらじゃねぇか」
「オレなんか、サーベルタイガーに出くわしただけでも確実に死ねる自信あるぜ?」
冗談交じりに胸を張る、もう一人の男。
「おい、いちいち話の腰を折るなっての」
「わりぃわりぃ」
「コホン……でね、そのゴブリンの村での攻防は難なく済んだんだけどさ。そこで私ね、一人の女の子を保護したのよ」
「それがヤツだってのか? あの『皆殺し』の……?」
「ええ。四、五年前の話だから当時まだ十一、二才くらいだったと思う。でね、話はそこで終わりじゃないの、聞いて? その子ね、落ちていた剣を拾って、次々とゴブリンの心臓を突いて回ったのよ」
「…………は?」
珍しく聞いていた全員の声が揃った。
「その時の司令官はね、そりゃあ最低なヤツだったんだけどさ。生け捕りにしたゴブリンを奴隷商にでも売って、小遣い稼ぎでもすつもりだったらしいの。それで一ヶ所にまとめていたんだけど……」
そこまで言いかけて、自称年頃の女冒険者は徐≪おもむろ≫に、残りのエールを一息にかっ込んだ。そして悪い夢でも語るように先を続ける。
「……それを顔色ひとつ変えずにこう、命を刈り取るみたいにサクッサクッと次々と。まだ十そこいらの女の子がよ?」
下手なジェスチャーを交えて語る女冒険者。
「ゴクリッ……」
他の三人はエールを飲むのも忘れて息を呑んだ。
「頭のネジがぶっ飛んでやがるな、そいつぁ……」
「イカレてるぜ……」
「そりゃあ恨み事の一つや二つ、あるだろうけどよォ……」
「あまりのことに、事が済むまで誰も動けなかったわ」
「……まあ、正気の人間のすることじゃあねぇわなぁ」
「そんな時から『皆殺し』だったってわけかよ……」
「筋金入りだな、そいつぁ……」
皆殺しと呼ばれる少女のことを何となく軽く見ていた男も、流石にこれには考えを改めざるを得なかった。
「その後その子は、二年前に行方知れずになっていた大商人の娘だってことが明らかになったの。それで一度は家に帰ったらしいんだけど……」
「大商人の娘ってマジでそうきたか! ならさぞ金になっ……たってワリぃ。軍にいた時の話だったな」
そう、これは銅貨の一枚にもならない、つまらない話。
「二年か……そいつぁ随分と長いな」
「でも帰れたんなら一件落着じゃねーか、じゃあなんで商人の娘っこなんかが、冒険者なんてクサれ商売やってんだ?」
「……しばらくしてから冒険者になったらしいわ」
「……は? だから何で?」
「うっさいわねぇ、そんなことまでは知らないわよ。ちょうどその頃、私も軍に嫌気がさして冒険者になったんだけどさ。その子は信じられない戦果を挙げ続けたのよ」
そして件の人物の過去を知る、女冒険者の一人語りは加速する。
「最初はね、誰もがすぐに死ぬか、音を上げて辞めるかのどちらかだろうって馬鹿にしていたの。でもね、十そこいらの少女はいつもソロで帰らずの森に入っていって、目を疑うような戦果を持ち帰ってきたの」
「ある時だったわ。その子はゴブリンの集落を見つけたから、一匹残らず狩ってきたって言ったの。年端もいかないソロの女の子がよ? 当然ギルドの職員も冒険者も、誰も信じなかったわ。でもね……」
「殲滅されたゴブリンの集落が見つかった……?」
「そう、それも周辺を合わせれば百からなるゴブリンの集落だったらしいわ。そしてその全てが、その子の報告通りだった」
「百って嘘だろ!? そんな数のゴブリンを……それもソロでって……」
「マジか……」
声も出ない三人。
「他にオークとかコボルトとかって話も聞いたわ……」
「オーク……」
「コボルト……」
「えぇぇぇ……」
「……そんなことが何度か続いてね。ギルドはあの子に多額の報酬を支払って、上級冒険者の称号を与えたわ。多分あの時点でもう、ここにいる誰よりも強い……」
「なっ……上級!? 上級って言ったか今? 上級ってあれだぞお前……」
「そりゃあ単独でいくつも集落ぶっ潰してりゃあ……」
「そうもなるか……って何だよそれ、上級だぞ? おとぎ話か英雄譚でも聞かされてるのかよ俺ァよォ……」
「いや、並大抵の人間に出来る話じゃない。悪魔に魂を売ったって類の話かもしんねえぞ?」
「それを言うなら死神だろ……」
言い得て妙とはこのこと。彼女の通った跡には草木の一本すら残らないのだから、死神との表現が一番しっくりくる。
「皆殺し……」
そして女冒険者の一人語りも、いよいよクライマックスを迎える。
「彼女は帰らずの森から帰ってきた。二年も捕まっていたゴブリンの集落から生きて帰ってきた。一度は家に帰ったはずなのに、またこの修羅の世界に舞い戻ってきた。そしてソロで森に入って、誰もが舌を巻くような戦果を持ち帰ってくる……」
「……帰ってきたアネット。人々はその少女のことを、畏怖と尊敬の念を込めてこう呼んだわ」
ーーーー再びのアネットーーーー
「……と」
にわかに湧いたギルド内。だがこの一角だけは、とても酒を楽しむような雰囲気ではなくなっていた。
ガンッ……
一方、今にも爆発しそうなほど熱くなっている一角もあった。
それは恥をかかされた大男とその取り巻きたちであった。
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