第一章  OP 皆殺しの少女 (前半)

第一章 その1 OP《オープニング》 皆殺しの少女



 聖歴四〇〇年、海鳥の騒がしくなる季節、連邦東部の町ルマール。


 酒場兼冒険者ギルドにて。


「でぇ? そこに行けばぁ、オークの死骸が三十も四十も転がってるって言うんですかぁ?」


 喧騒の中にあって尚、良く透る声。そして人を小馬鹿にするような返し文句。


「まさかそんなんでホイホイ報酬が貰えるなんて、本気で思ってるワケないですよねぇ?」


 その声の主たる冒険者ギルドの受付嬢は今、目の前に立つ目元がフードで隠れた小柄な人物に対し、厄介者でも相手をするかのような態度で接していた。


「……もしかして私のこと、バカにしてますぅ?」

「……」


「どちらの世間知らずさんか知りませんけどねぇ。討伐した場合オークなら耳ぃ、装備品やメダリオンなどぉ、証となるものが必要って相場が決まってるんですぅ。知りませんでしたかぁ? 分かったなら次はもっと、ましなウソ用意してきて下さいねぇ?」


 口調も相まってか、これ以上ないくらいに嫌味に聞こえる。人を食った態度もここまでくれば、ある意味芸術といえよう。


 しかしこの失礼極まりないギルド受付嬢の言い分も、あながち間違いとも言えなかった。

 一人でオークを大量討伐してきたから報酬よこせ、証拠はない。とくれば相手を馬鹿にしているか、もしくは本人が馬鹿かの、そのどちらかだからである。


 但し、ごく稀にそのどちらでもないケースもあるのだが……


 しかし随分な言われようをされたにもかかわらず、当のフードマントの人物は微動だにしていなかった。

 先ほども言った通り、その後姿を見るに、本当に冒険者かと思えるくらいに小さい。


「おっまちどうさまぁ♪」


 出来立てホヤホヤの料理が届いたのは、比較的若い冒険者たちが陣取る四人掛けのテーブル席である。

 この少し離れた席でエールをあおっていた冒険者の一人がこの細事に気付き、同席の冒険者仲間に話を振った。


「おい見てみろよ、アレって……」


「ん? あの背中……もしかして『皆殺し』じゃないか?」


「だよな。後ろ姿だけじゃ何とも言えが……そうか、帰ってきてたんだ……」


 と、少しばかり事情に通じていそうな、壁側の席に座る二人。


「何だその『皆殺し』って? 通り名か何かか? 物騒なネーミングだなぁ」


「なになに? それ私も知らない、初めて聞いた。教えて?」


 同じテーブルを囲む反対側の二人は、耳にするのは初めてのよう。


「何だ、お前ら知らねえのかよ。ここいらじゃ割と有名だぞ?」


「そういや二人はここにきて、まだ日が浅いんだったな。よっしゃ、教えてやるから良く聞け? 『皆殺し』ってのはなぁ、ソロの女冒険者なんだが……」


「ソロの女ぁ?」


「それだけじゃあないぜ? まだ年端もいかないケツの青いガキなんだ」


「女の子でソロなの? 大丈夫なのそれ?」


「シッ、声がデカいって……でな、そいつぁスポットで他のパーティに混じったりレイドなんかに参加するんだが、そりゃまぁとにかく滅茶苦茶らしいんだ」


「滅茶苦茶って何がだよ? もしかしてナニの話か? ゲハハ……」


「違ぇって、そうじゃねぇよバァーカ」


「ちょっと、ここには年頃の女性もいるのよ? 下品なのはヤメてよね」


 キョロキョロ……

「年頃の女性……? ……どこ?」


「……上等よ、今ここで人生に幕を下ろしてあげる」


 この業界は粗暴な者が多いうえに、かなりの男社会である。すぐにそっち方面に話がいってしまうのは、ある意味仕方がないことだといえた。


「だぁー! お前ら、いいから話を聞けって!」 


 そう小声で叫んだ男は、食べ終わった骨付き肉の骨をクルリと回して、事情に疎い二人に向けて言った。


「……いいか? 聞いた話じゃあこうだ。まず指示は聞きゃしねぇ、んで敵を見つけると勝手に突っ込んで行っちまうときたもんだ」


「ハァ? 何よそれ、連携もクソもあったもんじゃないじゃない」


「最悪だな……そんなんでよく今まで生きてこられたもんだ」


「まぁな、なにしろ強さの方も滅茶苦茶らしいからな」


「……え?」


「敵がどんだけいようと構わず突っ込んで行って、一匹残らず皆殺しにしちまうらしい。それもたった一人で、例外なくな。そんで付いたあだ名が『皆殺し』ってワケよ」


「うそぉ……」


「なんだよそれ……オレのこと担いでるなら承知しねぇぞ?」


「さあな……まあ見てればはっきりするだろ」


 いつの間にかそこかしこのテーブルでひそひそ話が始まっていた。それが予想通りの人物であったなら、酒の席での見せ物としては申し分ないネタである。


 ドンッ……


 突然カウンターの上に勢いよく、エールの入った樽のジョッキが叩きつけられた。待ってましたと言わんばかりの、人相のよろしくない大男の登場である。


 実におあつらえ向きの展開に、唇の端に笑みを浮かべる者までいる始末。


「おい嬢ちゃんよぉ、後がつかえてんだ。何時までもゴネてねぇで、金が無ぇならこっちぃきて酌でもしぃやぁ。メシ代ぐれぇ面倒見てやったってええどぉ?」


「……」


 わざと身を乗り出して威圧するかのような態度をとる、実にこれみよがしな大男。


「まぁた始まったぜ、お頭の悪い癖が」

「なんなら宿代も面倒見てやるってかあ? ゲッヒャヒャヒャ……」

「イヒヒヒッ」


 この大男のツレであろうか。少し離れた席で見るからにタチの悪い連中が、下卑た笑いを上げていた。


 そもそも後なんてつかえてはいない。厄介なのに絡まれてしまったフードマントの人物は、その目元までかかったフードを捲り上げると、無表情のままに汚らしい出で立ちの大男のほうに向き直った。


 まだ幼さが残る可愛らしくも整った顔。冒険者に似つかわしくないサラリとした見事な金髪。


 年の頃、十五、六か。紛れもない例の人物『皆殺し』その人であった。


 大男に見下ろされる噂の少女。そこに動じる気配はない。


「ビンゴ……」

「あーあ、俺ぁ知ーらね……」

「こりゃあ、ひと悶着おこるぞ……」

「(ゴクリッ)見物だぜ……」

「どうする? 割って入るか……?」

「放っとけって……」


 途端にギルド内がざわめきだす。ただならぬ雰囲気に大男が周囲の様子を覗った。

「……?」


その時だった。

 パシャ……!


 金色の髪の少女が大男の置いた樽ジョッキのその中身を何の躊躇もなしに、浴びせかけたのである。


「あん……?」

 大男が無言でフードマントの少女を見やる。


「ちょ……何すんのよ、このアマ……」


 少女がエールを浴びせた相手はちょっかいを出してきた大男ではなく、口調がアレなギルドの受付嬢のほうであった。


 横を向いたままこれまた表情ひとつ変えずに、ジョッキの中身をぶちまけていた。

 ギルド御用達のふりふりのエプロンドレスが台無しになっている。


「エールをどうも、ごちそうさま」


「お……おう?」


 すぐには状況が呑み込めない大男。だが肌で感じ取ったらしい。自分がナメられていることだけは遅れて理解できたようであった。


「……って、くぅおらァ、クッソガキャあ! おン前ぇ、俺様のこと舐め腐っとんのかあぁ! ああァン?」


 大男の鍛え上げられた腕が、ドカンとカウンターに叩き付けられる。


 ガタタッ……


 それを合図に、離れた席で品のない笑い声を上げていた三人の取り巻きたちが一斉に立ち上がった……が、そこまで。硬直しピクリとも動かなくなる。

 否、動けなかった。


「ちょい待ちな、ひと暴れするってんなら俺たちも混ぜてもらうぜ?」

「ただし嬢ちゃんサイドでな」


 ほぼ同時に立ち上がった周りの冒険者たち数人に、首に刃を突きつけられていたのである。一瞬で機先を制するあたり技量はかなりのもの。


 辺りがしんと静まり返る。


「う……こんなトコで格好つけようってのかよテメェら……」


「まぁな、でも格好つけてナンボのモンだろ? 俺たちの商売ってなものはよォ」


「チィッ……」


 一触即発の空気。


 ピクリッ……

 取り巻き達の得物に伸ばす手が僅かに反応する。こんな状況でも得物に手を伸ばすのを諦めとうとしない、一筋縄ではいかない、油断ならない男たち。


 そして柄に手が掛かろうとした次の瞬間……


「はーいストップストップ、そこまでねえ。さぁさ剣を収めて楽しく飲んでね。ギルド内での刃傷沙汰はご法度よお。皆、お尋ね者にはなりたくないよねえ」


 口調がアレな受付嬢に、更に輪をかけて特徴的な喋り方。騒ぎを聞きつけ、二階から顔を出したベテランギルド職員が、その場を嗜めたのである。


 責任ある立場の者の登場に、剣に手をかけていた者たちもひとまずは収め、腰を下ろした。


「ふふん、感謝しろよな、お前ェ等。俺たちのおかげで命拾いしたんだぜ?」


「……ケッ、クソが。なに寝言ほざいてやがる」


「テメェらの顔、忘れねぇからな」


 すぐに言い返すガラの悪い男たち。


「……ったく、死んでいたとも知らずによく吠える」


「ンだとぉ!」

「もっかい言ってみろよゴルァ!」


 再び不穏な空気に包まれる……が、顔色の一つも変えないベテランのギルド職員。怒鳴り合いくらいで済むなら問題はない。


 先ほどは立場上しかたなく止めはしたが、実のところ彼女は、やるなら外でくらいにしか考えてはいなかった。


 ギルドの職員といえば、大抵は冒険者あがりがなるもの。それもかなりのベテランの。 

 こう見えて彼女も元はその荒くれ者共の一人。職員になる以前は相当にいわしたクチであった。


 どうせ収まらないのなら決闘でも何でも好きにすればいい。但し外で。つまりはそういうこと。


 とんとんとんと小気味良く降りてくる、目が細めのゆるふわお姉さん系ベテランギルド職員。ふりふりのエプロンドレスが実に良く似合っている。


「で、どうしたのかしらあ? あらあらあらあら……まあまあまあまあ……」


 二階から降りてきたベテランのギルド職員は受付嬢の有様を見て、あら大変、みたいなまるで他人事のような反応をした。


「ちょ、聞いてくださいよ先輩……」


「あら……? で、こちら様がどうかしたのかしらあ?」


「それがオークを三十も四十も倒してきたから報酬よこせってぬかすんですよコイツ……んんっ、それで追い返そうとしたらコレですぅ」


 そう言いながらギルドの受付嬢は、台無しになったエプロンドレスを両手でつまんでみせた。


「叩き出してしまっても構わないですよねぇ?」


「あらあ、それは構うわよお。そおぅ、オークを四十もねえ……」


 首を斜めにかしげるベテランのギルド職員。


「じゃあすぐに報酬を用意しなきゃだねえ。それはこっちで用意するから、記録だけはちゃんとしておくのよお?」


「……はあ?」


 目を細めるゆるふわ天然お姉さん系ベテランギルド職員。実にマイペースに事を進めていく。


「ちょっ、あの先輩、コイツの言ってること信じるんスか? 私の話聞いてます?」


「それじゃあ報酬を用意するから、上の応接室まで来てくれますかしらあ」


 ベテランギルド職員はそれ以上後輩の話には取りあわず、フードマントの少女を二階へと促した。無言で後に続いていく金髪の少女。


「ちょっ……先輩、私はぁ? 一旦着替えに下がりたいんですけどぉ?」


「どうせあなたはこの方に失礼な口でも聞いたんでしょお? しばらくそこで突っ立ってなさぁい」


「せめて着替えを……」


「二度、同じこと言わせる気かしらあ?」


「……!? いえ何も……」


 それだけ言うと、妙に笑顔に迫力のあるベテランギルド職員は階段を上がっていった。


 ゆっくりと後に続く無表情な少女。エールを浴びせた相手のことなど気にかける様子もない。


 ゲシッ……ゲシッ……

「……クソッ、やってられるかっての」


 カウンターの下からしきりに何かを蹴るような音が聞こえてくる。口調がアレなギルドの受付嬢は、今更ながらに誰にも気付かれないよう素を出していた。


 そんな時である。突然、先ほど剣を抜いた中の一人、リーダー格らしき男が大きな声でベテランのギルド職員を呼び止めた。


「なあ姉さん! そのオークの話、確認に人をやるんだろお? なら俺たち『あかつき』が受けるぜえ」


「うーん……」

 チラッ……


 踊り場で足を止め、首を傾げて少しだけ考える素振りを見せるベテランのギルド職員。

 その細目の端には、いかにも興味ないといった表情の少女を捉えている。


「……わっかりましたあ。それじゃあ小一時間で正式に張り出すんでえ、待ってて下さぁい」


「よっしゃゲット! これで儲けは確実だぜ」


 グーとパーの両の手をパチンと合わせる、パーティー『暁』のリーダーらしき男。


「そうと決まったらお前たち、急いで準備するぞお! そうだなぁ、貨車三台とポーター……四人は手配しとくかぁ!」


「おぅよお!」


 さっそく動き出す冒険者パーティー『暁』のメンバーたち。


「おい、お前らだけズリーぞ」

「ふざけんなよオイ!」


 それをきっかけに、辺りが堰を切ったように慌ただしくなる。


「まぁまぁそう言うなって、こんなもん早いモノ勝ちだろ……って普段ならかますところだが? 今回ばかりは人を募るぜ。そうだなぁ……四人までなら一口かませるが乗りたいヤツぁいるかあ?」


 相手がオークで三、四十って話なら、ちょっとした集落の可能性も出てくる。たとえそうでなかったとしても装備品やら資源など、多くを見込める。


「なら俺を混ぜろ!」

「役に立つぜ!」


 少しでもおこぼれにあずかろうと、男たちが俺が俺がと立ち上がった。


「うおぉい、うちはいま四人揃ってるぞ。力仕事なら何でもござれだ!」


「『戦鎚せんつい』か……ようし今回はお前たちで決まりだ。よろしく頼むぜえ」


「おうよ任されたぁ!」


「チッ……」

「クソッ、持ってかれた」

「だからいつも早く来いって言ってんのに、あいつらときたら……」

 

今回の旨い話にありつけた者その二は、隅の方で飲んでいた力自慢の四人組パーティー『戦鎚』に決まったようである。


 儲け話にありつけた者、儲けそこなった者、にわかにギルド内が湧いた。


 実は例の少女を援護するかたちをとったこの人物、パーティー『暁』のリーダーは受付嬢との会話を目聡く嗅ぎ付け、旨い話ならばと機会を覗っていたのである。

 そういう意味でも目端の利くなかなかの人物と言えた。


 冒険者とはかくあるべき。こうでなくては長生きできないし、のし上がることもできはしない。

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