第二章 その7 話し合い (前半)
第二章 その7 話し合い
「ほっぷるヤ、コノカタノ 言ッテイルコトヲ ドウ思ウ?」
「めいるハ ワタシ達ノ オンジン。ソレニ めいるハ マチガッタコト 言ワナイ!」
ここは里の中央にあるツリーハウス。そんでもって里一番の重要施設。
重大な案件の大半は、ここで話し合って決めるのが通例となっていた。
今ここには、ほっぷるとメイルを含めた里の主要な者たちが一堂に会していた。
議題は狩りに同行していたメイルが持ち帰ってきた案件。それ即ち、ニンゲンに関することである。
メイルが岩山の高台で目にした反射光。あれは恐らく人間たちが出したもの、という彼女の推測は間違ってはいなかった。
であればその先に待ち受けるものは何か。それは人間たちによるこの里の発見である。
里としては、そこから連なるあらゆる事態を想定し、備える必要があった。
メイルたち囚人が自由もろもろを餌に森に放り込まれてから、早や四ヶ月が経とうとしていた。
その結果がどうなったかは帰還の叶わないメイルの知るところではないが、時期的にみても二度目の試みがなされていたとしても不思議はない。
一回目の成果如何にもよるが、次の探索はより明確な意志を持って、より奥地へと伸びてくる……と考えるのが妥当。
いくら森が広大とはいえ、ここが知られるのは時間の問題といえよう。
「(あるいは既にもう……?)」
メイルはここ、里に着くまでの間にあらゆる可能性について考えてみた。
そしてまずは一人の人間として、人間の側に立って考えてみた。
その場合の一番とは何か。それは当然イーシキンの街にとっての利益。それ即ち、人類にとっての利益である。
そもそもの話、その為に森に送り込まれたといってもいい。
ならば人類の利益を一番に考えた際に障害となり得るものは何か。それは当然、そこに住む先住民たちである。
それはある意味で、繰り返し歴史が証明している。
長年慣れ親しんだ土地から追いやられるのは、いつだって弱い側。
そして今回の場合、それはこの里に住むゴブリン達となるわけだが、人間たちにとってはそんなこと、全くもって知ったこっちゃないだろう。
そもそも人間ですらないのだから、追い立てるのに微塵の後ろめたさもない。
当然のように追い散らす。
だがここにいるゴブリン達は命の恩人である。
彼らが不当に不利益を被るのは、恩のある身としては黙っては見過せない。
「見て見ぬフリなんかしたら……」
この里の亜人たちは良くも悪くもお人好しばかり。人間たちにいいようにされてしまうのは目に見えている。
時に人は非情にも残酷にもなる。それが集団ともなれば尚更だ。
集団心理……それは一人では躊躇してしまうような残酷な所業も、集団になると不思議と心的なハードルが下がり、平気で行ってしまえるようになること。
いつも一人だったメイルはその怖さを
そこにもし正義の名のもとになんていう大義名分が与えられたら、どんな事態になるか分かったものではない。
それから目を背けるのは人として何か間違っているような気がした。
「……」
次にゴブリン達にとっての……ほっぷるにとっての一番とは何かを考えてみた。そして自分自身にとっての一番も。
そして考えを整理する。
自分にとっての一番。
それは文句なく無事に帰還しての身分の回復。というかここまできた以上は、それ以上のものを望む。
つまり報奨金を手にして新たな人生を掴み取ること。これ以外にはない。
「そうだ、教会に頼み込んで、ゴルドーとジェロニキの冥福を祈ってもらおう……」
あの二人がいなかったら今の自分はない。遺体こそないが墓の一つでも建てて弔ってやりたかった。
そしてもう一つ、人間たちがこの森に立ち入らないようにする。
もしそれが叶えば命の恩人たちが不幸に見舞われる心配もなくなる。
その為には何を成せば良いか。
そう、あの化物大蛇の一部でも持ち帰って、森に潜む脅威の何たるかを正しく認識してもらえれば、それも叶うかもしれない。
上手くすればほっぷる達もこれまで通り、人間たちとは係らず幸せに暮らす未来もやってくる。
メイルはそこにこそ、全てが丸く収まるための鍵があるような気がした。
「……」
次に改めてもう一度、人間たちにとっての一番を考えてみた。
具体的にはこのまま成り行きに任せた場合、何が起こるかだ。
まず人間たちが真っ先に行うのは、この悪魔の住まう森と呼ばれる地の開拓だろう。
森の脅威を取り除き、そこに大陸までの街道を通す。
首都イーシキンは海上航路の要衝に位置するが故に、これまで発展を遂げてきた。
とはいえ何だかんだいっても、やはり海路にはそれ相応の危険が伴う。
だが海路一本に頼らざるを得なかったこれまでの状況に、もし安全な陸路まで加わったとしたらどうだろう。まさに竜が翼を得たるが如しである。
今まで以上に人も物も流れるようになる。首都イーシキンの発展は約束されたも同然のものとなることだろう。
しかしその際に障害となるのはまさにこのゴブリン達である。
大陸ではこの人に似て非なる存在は、大変な問題になっていると伝え聞いている。つまりは人類の敵。
そんな者たちが街道のすぐ脇に居を構えていては、何かと支障きたす事態になるは明らか。
そんな状況を雲の上のお偉いさん達がよしとするわけがない。
であるならば敵対は避けられないだろう。そしていざ戦いとなれば結果は容易に想像できる。
体格、規模、統率力、そして装備の質、どれをとっても人間に敵うところはないのだから当然だ。
良くて一方的に蹴散らされて森の奥に引っ込むといったところか。
いや、人類の敵とまでいわれているくらいである。
追い立てられるだけでは済まない。最悪殲滅まである。
「私が仲介の橋渡しをすれば……?」
そもそも交渉とは、ある程度互いが互いを認めてこそ成立するもの。
「……駄目ね」
現時点での両者の力関係にはあまりにも大きな開きがありすぎる。これでは一方的な降伏勧告にしかならない。
それはもう交渉とは呼ばない。
そもそもの話、異形種との交渉自体、あり得るのだろうか?
「奴隷……」
反抗しなければそれも十分にありえること。
そこから連想されるのは差別からの暴力と虐待、貧困と労役、そして飢饉ともなれば真っ先に切り捨てられる。
その先にあるのは餓えの苦しみ……
他種族とはいえそんな未来を、他者に強いる権利などはたして人間にあるのだろうか。
そもそも人間と係らなければ、彼らにそんな未来などやってこない。
メイルは奴隷の身分にまで落とされたことはなかったが、それはまるでこれまでのついてない自分を、更にどん底まで突き落としたようなものであった。
命の恩人たちをそんな境遇になど、望むべくもない。
「……恐らく自分が何を言ったって無駄ね」
忠告はそれとして聞き入れらたとしても、最終的な判断は高度に政治的なものとなる。
孤児上がりの自分が何を言ったって結論は覆らない。
「(それこそ客観的な物的証拠でもない限り……)」
そこでバジリスクの巨大な外皮や牙の出番となるわけだが、果たしてどこまで効果があるか……
その上で強硬的な手段に打って出られたら、最悪は回避できない。
そんな一方的な仕打ち、彼らが黙って受け入れるはずもない。
十中八九、血が流れる。
「戦争……」
戦争ならまだ聞こえはいい。実質は虐殺とそう変わらないかもしれない。
それも故郷と命の恩人たちがである。
メイルにとってはイーシキンとゴブリンの里双方に、それほど思い入れがあるわけではない。
しかしながら流石にこれはなかった。
「私は人間よ。でもこのままじゃ、まるで加担した恩知らずみたいになるじゃない……」
命を救ってもらっておいて恥知らずにもほどがある。
勝てば官軍とも言うがこの場合、勝ったら勝ったで最悪の気分になる事この上ない。
全く冗談ではなかった。
「ほっぷる達をそんな目に遭わせられるはず……」
最後にほっぷる達にとっての一番を考えてみる。それは当然このままここで、つつがなく暮らすことだろう。
人間たちが森に踏み入る以前からここに住んでいたわけだし、当然その権利はある。
だが人間たちと相対した際にそれを主張すれば必ず戦争になる。
そして負ける。結果は前述した通り。その未来だけは絶対に避けなければならない。
「……じゃあどうすればいいの?」
その答えはこう。人間たちにではなく、ここのゴブリン達の方に脅威を理解してもらえば良いのだ。
幸いにしてここにはほっぷるがいる。人間の言葉を解すことが出来るほっぷるが。
そんな彼女の力を借りて人間の脅威を正しく認識させることができれば……ここから退避させることができれば両者の衝突はなくなる。
これならば人間たちも街道が敷けて万々歳。
他に全く手がないこともないとはいえ、人間たちを説き伏せられる確証がない以上、これこそがより現実的な策といえよう。
そりゃあ慣れ親しんだ里を捨てろだなんて、ゴブリン側としても言いたいことの一つや二つはあるだろう。
だけど何事も命あっての物種。それに住めば都なんて言葉もある。
里なんてものは引っ越した際に新たに作ればいいのだ。
もちろんそれが簡単なことではないことぐらいは承知している。
しかし人間がそう簡単に入ってこられない奥地にまで引っ込んでもらえたなら、戦争も何もなくなるのだ。
「……うん、これがベター。決してベストとは言えないけれど一番現実的なはず」
進むべき道は見えた。
衝突の回避。ひいては邂逅させないこと。
出会わなければ何も起こりえない。その為には彼らに人間の恐ろしさを理解してもらう必要がある。
「問題はどう言えば解かってもらえるかね……」
相手に自分の言っていることを理解してもらう……だがこれが存外難しい。
……どう伝えれば人間の脅威を理解してもらえる?
……私を助けたお人好し連中に、どう言えば納得してもらえるの?
考えてメイルは以前のことを思い出していた。
それは冤罪で捕まって必死に弁明していた時のこと。
自分には関係のない話だと、いくら説明しても誰ひとり耳を傾けてはくれなかった時のこと。
「所詮部外者でしかない私がいくら喚いてたって……」
メイルは今まで孤児として、孤児上がりとして散々な扱いを受けてきた。
どれだけ事件とは無関係だと訴えても、無実だとは信じてもらえなかった。
だから犯罪者の烙印を押され奴隷の一歩手前、囚人の身にまで落とされた。
人は皆、自分の信じたいことだけしか信じない。都合の悪い事には耳を貸さない。
その結果がこれ。今の自分である。これまで嫌というほど味わわされてきた。
「解かってなんかくれっこないじゃない……」
目の前にはほっぷるの小さな背中。
「でも……!」
こんな粗末な槍しか持たないのに戦争になんかなったりしたら、それこそ一巻の終わりである。
「……」
しかしどう伝えたら良いのか考えが纏まらないままに、メイル達は里に到着したのであった。
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