第二章 その7 話し合い (前半)

 そしてツリーハウス、話し合いの場。


 メイルは今、その一番簡単なようで難しい、ゴブリン達の説得を試みていた。


 そして当然ながら議論は紛糾していた。

 言葉を解さないメイルも、皆の様子を見ればそれくらい一目瞭然である。


 里を捨てろ? 森の奥深くに引っ込め? そんなことを言われて黙っていられる者などいるわけがない。

 回し者扱いされて、敵意を向けられていないことが不思議でならないくらいであった。


「ソウハ言ッテモノウ ソレハ全テヲ捨テロト 言ッテオルノト 同ジジャロウ?」


「イクラナンデモ 別ノ道ヲ モサクスベキデハ……」

「ウウム……」

「……」


 その時、これまで大人しく通訳に徹していたほっぷるが、急に感情を露≪あらわ≫にしたのである。


「ミンナ! めいるハ ワタシ達ニトッテ ナニ!」


「……ソリャア ばいぱぁタオス キッカケクレタ オンジンニ 他ナラナイ。ダカラコソ コウシテ 耳ヲ傾ケテオル」


「ソウ オンジン! 今マデ 里ノ者 タクサン死ニオイヤッテキタ ばいぱぁタオス キッカケクレタ オンジン!」


「ソノオンジンノめいるガ ココニ居チャ 危ナイッテ言ッテルノ!」


「シカシノウ ほっぷる……」


「……ほっぷる ズット めいるト一緒ニイタヨ。ダカラ分カル。めいるイイヤツ。嘘ツカナイ」


「……」


 そしてほっぷるは全てを投げ出しての説得に乗り出した。


「ワタシ達 めいるニ ドレダケ恩返シシタ?」


「マダ チョットシカ 返シテナイハズ!」


「……ワタシ達ハ 受ケタ恩ハ カナラズ返ス。ジュウ倍ニモ ヒャク倍ニシテデモ 必ズ返ス! 違ウッ?」


「今コソ ゴセンゾサマニ誓ッテ めいるノ話ニ シンケンニ ミミ 傾ケルベキトキ 思ワナイノッ!」


「ほっぷる……」


 小さな友人が目上の年長者たちに向かって熱く語っている。

 当然メイルにとってそれは未知の言葉なわけで、何を言っているのかは解からない。だが熱量だけは伝わってくる。

 ほっぷるが自分の為に一所懸命になってくれていることだけは痛いくらいに理解できた。


「……ソウジャナ。ほっぷるヤ ソナタノ言ウ通リカモシレン」


「ワレワレハ 永ラクココニ トドマリ過ギタノカモ シレナイワネ」


「アア……ワタシ達ハ 受ケタ恩ハ 必ズ返ス者。今マデモ ソシテコレカラモ。ソレハ 決シテ変ワルコトハナイ」


「……ソウ、例エドコカニ 移リ住ムコトニナッタトシテモ タクサンタクサン 死ヲ振リマイテキタキタ シュクテキ ばいぱぁハモウイナイ。キット何トカナルワ」


「ミンナ……」


「ほっぷるヤ ヨクゾ我ラニ 真ニタイセツナモノガ何カヲ 思イ出サセテクレタノウ。今ココニ オ前ヲイチニン前ト認メ コノ件ニ関スル ゼンケンヲ 与エルモノトスル」 


「……!?」


「誰カ イロンノアル者ハ オルカ?」


 目を閉じて小さく首を振る者、まだ幼い賢き者に暖かい笑顔を向ける年長者。


「……オランヨウジャナ、デハほっぷるヤ。モウイチド めいるサンノ言ウコトヲ イチカラ セツメイシテハクレマイカノ?」


「サトオサ様……」


「……ほっぷるヤ。ソナタノ 感ジルママニ ヤルガエエ」


「……ソウヨ ほっぷる。ソレガ ワタシ達ナノダカラ」


「アア……ソレコソガワタシ達。朱キ羽飾リノ シュゾク」


「ミンナ……」


 そしてメイルにもう一度説明してほしい。何をどうすれば良いのか、詳しく話して聞かせてほしいと伝えた、通訳係のほっぷるであった。


 まさかの展開に思わず、えっ……と溢すメイル。

 正直なところこんな話、絶対聞き入れられるわけがないと思っていた。

 だがもう一度話をしてほしい、どうすべきか真剣に耳を傾けるからと言われたのである。


「そんな……こんなこと……」


 メイルは今まで生きてきた中でこんなこと、一度だって有りはしなかった。

 悔し涙じゃない涙が溢れそうになるメイル。


 そしてほっぷるの手を取った。


「ありがとう、ほっぷる……分かったわ。もう一度、人間が何をどう考えているだろうかを話す」


 そしてメイルはニンゲンという生き物の強さと賢さ、そしていかに自分勝手で我儘な生き物であるかを、あるがままに話した。

 何故そのようにするのかという事情まで付け加えて、全力で説得を試みたのである。


 なにもメイルは自らが人間を説得することを諦めたわけではない。

 しかし全てが上手くいくなどと、都合の良いことばかりも考えてはいなかった。

 彼女は自分自身の帰還と、自分が人間たちを説得誘導し得なかった場合にとるべき手立て……緊急時の里を捨てての大移動の、二正面作戦について話して聞かせたのである。

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