第三章 その2 飛竜対王国軍 (後半)


 あちらこちらで兵士が宙に弾き飛ばされ、悲鳴にも似た叫び声が上がっている。

 抗う術に乏しい中央の弓兵大隊は特に酷く、被害甚大で総崩れ状態に陥ったその時だった。


 本隊の斜め後方、少し離れたところに配置されていた予備兵力、緊急徴募に応じた冒険者のおよそ半数が、奮戦ままならない指揮系統が機能しなくなった弓兵大隊に割って入っていったのである。


 その中には黒髪で、齢十七の女冒険者の姿もあった。

 先を行った屈強な先輩冒険者たちが弓兵大隊の中央で暴れ回る飛竜に果敢に斬りかかる姿を尻目に、少女はただ一人その先、大型弓砲バリスタ隊の中央で大暴れする飛竜へと向かっていった。


 走りながら背に負う大剣に手をかける少女。


 それに気付いた飛竜が迎え撃たんとして、尾による薙ぎ払いの態勢に入る。


 危険を察した少女は不意打ちを寸でで諦めると、近場に打ち捨てられていた重装歩兵のタワーシールドを見つけ、滑り込んでそれを大地に突き立てた。


 それを見た工兵隊の誰もが思った。

 死ぬ。確実に死ぬ。死に至ると。


 重い鎧で身を固めた屈強な重装歩兵たちですら、構えた盾ごと弾き飛ばされ宙に舞ったのである。

 こんな華奢な少女が耐えられる道理などない。下手をしたら胴体から真っ二つ。見るも無残な光景が目に浮かぶ。


 しかし工兵たちが見たものは誰もが予想しないものであった。

 少女は直撃の瞬間、盾を斜めに傾けたのである。


 飛竜から放たれた薙ぎ払いによる一撃は、斜めに突き立てられたタワーシールドに沿って上方にそらされた。


 受け流し。熟練の武芸者のそれである。

 筋力に劣る女性剣士ならではの、力の上手な逃がし方といえよう。

 いやこの場合、巨大な化物を前にしてそれを成す、彼女のクソ度胸と天武の才の賜物とでもいうべきか。


 思いもかけず態勢を崩され、相手に背を向けたままの姿勢でつんのめることになる飛竜。

 少女はその一瞬の隙を見逃さなかった。


 再び背に負う大剣に手をかけると、その渾身の一振りをあらわになった膝の裏側に、思い切り叩き込んだのである。 


 ズダァァァン……


 痛恨の一撃を受け、もんどり打って倒れこむ飛竜。

 おあつらえむきに少女の目の前に、飛竜の太い首が横たわる。


「……!?」


 それはまさにまな板の鯉状態。

 どうぞぶった切ってくださいと言わんばかりであった。


 少女は大地に覗く岩をステップ台がわりにして跳躍すると、目の前に晒された飛竜の太っとい首めがけて、まだ慣れない大剣を思い切り打ち下ろしたのである。

 そして見事、一刀両断果たしきった。


 流石は新品ホヤホヤの両手剣ツヴァイハンダー。新品ならではの切れ味と、その重量あってこその成果。

 大地がまな板の代わりを果たしたことも功を奏していた。


 首狩り。ここにきてようやく飛竜の側にも明確な被害が出たのである。

 少女の纏められていた黒髪がほどけ、戦場の風になびいている。


「まさか……仕留めたのか?」

「やりやがった……あいつ飛竜を……」

「ううっ……」


「ヴォオオオオォォーーーーッ」


 阿鼻叫喚だらけの戦場にあって、一際大きな歓声が上がった。

 これがもたらす意味は実に大きかったといえただろう。

 人の身であっても、飛竜を撃退せしめることは可能だと、戦場にいる全兵士たちに知らしめたのである。


 これによりからくも全軍崩壊の危機は免れたといえた。

 参戦を躊躇していた残りの冒険者たちもこれには奮い立ち、先を行った者たちに続いたのである。


 開戦前、人間たちは後の飛竜戦を、どこか楽観的に捉えているところがあった。

 だがそれは飛竜たちの方も同様であった。


 とはいえ前線各地では依然として飛竜が暴威を振るっている。

 この少女の側でも、未だ健在の飛竜が戦術兵器であるバリスタをなぎ倒して回っている。それこそ工兵隊ごと……


 だが風向きは確実に変わりつつあった。


 この軍に最大の契機をもたらした人物。

 彼女は冒険者。冒険者ではあれどまだ少女に過ぎない。

 特別な力など何も持ち合わせていない、少しばかり人より才に恵まれているだけの一介の冒険者、少女に過ぎないのである。


 その容姿はどちらかと言えば華奢。

 両手剣を振るってはいるが、乱暴に扱ったら折れてしまいそうなくらいには薄い肉付き。

 だがその見た目に反し、自ら死地に飛び込むかのような鬼気迫った……まるで命を顧みない苛烈な振る舞いは、まさに悪鬼羅刹の如し。


 少女は次に近場で暴れ回っている二体目の飛竜へと向かっていった。

 そして激しい格闘の末に逆に追い詰められ、倒され迫られ絶体絶命の危機に陥りながらも横倒しになったバリスタを見つけ、それを至近距離から起動させ反撃せしめた。


 そして何本もの矢を喉元に受けてたじろいた飛竜の喉笛を、その大剣でジャンプ一番、かき切ってみせたのである。


 そして満身創痍、額から血を流しながらも三体目の飛竜にも向かっていき、他の冒険者たち及び、健在のバリスタ工兵隊と共にこれを討ち果たしてみせた。


 直後である。

 飛竜たちは長たる個体の咆哮と共に、突如として何処かへと飛び去っていった。


 その姿をポカンと眺める兵士たち。

 災厄は嵐のように過ぎ去り、戦場には先ほどとは打って変わって静寂がもたらされたのである。


 黒髪の冒険者の少女が他と連携して三体目の飛竜にとどめを刺した時と同じ頃、偶然にも他の戦場でも飛竜に打ち勝っていたところがあった。


 最も被害の大きかった中央弓兵大隊のところでは、とある冒険者クランのリーダーが、多大な犠牲を払いながらも仲間たちとともに一体を。


 左翼の長槍兵大隊のところでも、とある兵士が放ったヤケクソぎみの槍の投擲が、たまたま咆哮した若い飛竜の口の中にぶっ刺さり、皆で一斉に蜂の巣にしたのである。


 飛竜の長からしてみれば、この戦いにこだわる理由はなかった。

 居座るにしろ去るにしろ、纏わりついてくる羽虫どもを少し払うぐらいはしておかないと収まりがつかない、それぐらいのものであった。


 このまま戦っても勝ちは揺るぎようもないが、そうなったところで益はない。

 というわけで思わぬ被害が続いたところで戦場を後にする判断を下したのである。


 この僅か数分の戦いによって命を散らした王国軍兵士の数は全体の三分の一を超え、また同じくらいの数の兵士が傷ついた。

 緊急徴募に応じた勇敢なる冒険者たちも、十余名が命を落とした。


 人類側が仕留めた飛竜の数は五。うち三体の討伐に、まだ若い黒髪の女冒険者が係っていた。


 王国軍は僅か十分足らずの戦いで半数以上もの兵士が戦闘不能に陥るという、甚大極まりない損害を出したのである。


 しかし飛竜の群れを追い払うという、当初の目的を達成するという形での勝利はもぎ取った。

 目も当てられないほどの被害状況。死傷者数を考えれば惨敗なのは疑う余地がないのだが、結果だけを見れば勝ちは勝ちである。


 たとえ指揮長官ネオロイ将軍までもが名誉の戦死を遂げていたとしても……


 この戦いは人間の軍隊が初めて飛竜の群れと交戦した最初の事例として、冒険者や行商人、吟遊詩人たちによって広く伝えられ、後に人類が強大な脅威に立ち向かう際のひとつの指針とされた。


 記録にある限り、人類が巨大敵性生物相手に組織的に挑んだ最も古い事例である。

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