第三章 その3 英雄凱旋 (前半)

第三章 その3 英雄凱旋



 帰還部隊の第一陣が王都の門をくぐったのは、それから二日後の午前であった。


 すでに伝令によって王国軍勝利の報はもたらされていたので、生還を果たした兵士たちは万民によって喝采で迎えられたのである。


 子は父や兄の帰還を喜び讃え、母は白い布きれを振りながら涙でもって家族の生還を迎えた。

 兵士たちはそれに手を振って応え、またある者は命あることを喜び、家族と肩を寄せ合って涙した。


 そして何頭もの馬に引かれた特別大きな荷車が城壁の門から現れた時、場を覆っていた空気は一瞬の静寂、そしてどよめきを経て大気を震わすほどの大歓声へと変化した。


 その荷車には巨大な飛竜の生首と、その角に手をやりながら黒髪をなびかせて立つ、凛々しくも楚々たる、うら若き乙女の姿があったのである。

 後ろに続く荷車にくくり付けられた飛竜の胴体部分が、彼女の戦功の大きさを物語っていた。


 人々は理解した。この冒険者の少女が成した偉業の何たるかを。


 その時、天空を覆っていた雲に幾つもの切れ目が出来て、辺りに光りのカーテンが射した。

 それは別名、天使の梯子と呼ばれるもの。


 その内の一つが偶然にも、凛々しくも楚々たる少女に降り注いだのである。


 それはまるで奇跡の証明。

 朝の陽ざしが少女を照らし、まばゆいばかりに輝きを放っている……


「なんと神々しい……」

「まるで伝え聞く天の御使い様のようじゃ……」

「……」

「勇者だ……」


 観衆のなかの誰かがポツリと呟いた。


「勇者……?」

「おお……あれこそまさしく勇ましき者……」

「勇者……」

「勇者の誕生だ……」


「英雄万歳ーーー!」

「勇者様万歳ーーーッ!!!」


 民衆が狂気にも似た歓声を上げる。


 すると少女はその歓声に応えるかのように背負っていた両手剣ツヴァイハンダーを抜き放つと、片手でもって彼方の空へ向けて掲げてみせた。

 そしてくるりと回転させると、荷台にどんと突き立てたのである。


 その身体にそぐわぬ大きさの剣を片手で操り胸を張り、遠くを見据える姿はまさに何者かの誕生を彷彿させるものがあった。


 そののち王城中央門広場前にて、飛竜の首を見た刻の王は大いに満足し、戦功第一位とした冒険者の少女に対し竜殺しの称号と宝剣フロッティを与え、人々の前で讃えたのである。


 ここまでの帰路にて少女は得物の両手剣ツヴァイハンダーの所為もあってか、断頭姫だんとうひめだとか飛竜絶対殺すウーマンなどという、女性にあるまじき物騒な二つ名を冗談まじりに囁かれていた。

 しかしここにきてようやく名実ともに、ドラゴンスレイヤーというなかなかにして名誉な名乗りを上げられるようになったのである。


 そしてしばしの休息。

 ーーーからの翌日。


 王家主催の戦勝記念祝賀会。

 その控の一室。


 ズラリと並べられたるは、見たこともない煌びやかな衣装の数々。

 それに生まれて初めて袖を通す冒険者の少女。


 差し出されたグローブボックスには真っ白なレースの手袋。

 寒くもないのに身を守る目的以外での手袋など、もちろんこちらも初のこと。


 見事なまでに見目麗しい姿へと変身を遂げた冒険者の少女。

 鏡に映る姿はどこぞの貴族令嬢か、商会のお嬢様といったよう。


 しかし彼女の自身を映し出す鏡を見る目はどこか素っ気なく、まるで他人でも見ているかのようであった。

 少しもうかれていなければ、笑顔の一つも覗かせていなかったのである。


 祝賀会場では戦功を挙げた厳ついナリの冒険者クランのリーダーが、散った仲間の分だとでも言わんばかりの勢いで、酒をあおりまくっていた。


 また別の一角では借りてきた猫のような場違い感MAXの下級兵士が、上官たちに取り囲まれてガッチガチになっていた。

 飛竜戦を間近に控えていた時より、緊張していたかもしれない。


 そこに現れる戦功第一位の少女。

 そのあまりの見目麗しさに会場は一瞬静寂に包まれるも、次第にそこここからパチパチと手を叩く音が上がりだす。


 そして改めてジャイアントキリングを果たした三名に対し、褒賞が賜られたのである。


 宝剣フロッティ。

 少女に賜られたそれは世界に八本しかないと言われる、知る人ぞ知る名剣で、応接室の壁にでも飾って、うんうんと頷くのがお似合いの豪奢なもの。


 もちろん常用にも耐えられる造りはしているが、もったいなくて本来のそんな使い方をする者はそうはいない。


 そんな希少価値の高いものをいくら戦功を挙げたとはいえ、たかが冒険者の少女に与えたその理由。

 それは実質的な敗戦から市民の目を逸らす必要があったから。

 その意味ではこの黒髪の女冒険者の存在は非常に都合が良かった。

 英雄の誕生をセンセーショナルに演出することによって、上手く市民の関心を誘導したのである。


 飛竜戦に臨んだ兵士たちは決して犬死にしたわけではない。

 栄誉と栄光を手にせんがため果敢にも挑み、奇しくもあと一歩届かなかっただけなのだ、と。


 敗戦にこそ英雄が求められる。

 その為の経費と考えれば決して痛い支出ではない。

 案外、国外へ向けての宣伝とか、何かしらの思惑もあったのかもしれない。


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