第三章 その3 英雄凱旋 (後半)

そしてその翌日。


 冒険者ギルドでは飛竜にはどのような攻撃が有効だったかなど、今回の戦いの検証が行われていた。

 今度のことはギルドにとっても今までに類をみない規模でのレイド戦。

 このグランドクエストの一部始終を余すことなく記録という形で残し、後の冒険者の活動に役立てようという趣旨のものである。

 発案者はとある女ギルド職員。


 ギルドの大広間には飛竜に直接対峙した者たちが集められ、身振り手振りを交えて、件の飛竜戦の再現が行われていた。

 戦功をあげたクランのリーダーや、生き残った冒険者たちの立ち回りには少なくない感嘆と称賛の声が上がった。

 殊勲賞をあげた少女などその筆頭である。

 それをまるで他人事か、作業でもするかのように淡々とこなす少女。

 一方で一つも書洩らさんとペンを走らせる言い出しっぺの女ギルド職員。


 そして一通りの検証も終わり、もう何度目になるか分からない、気の知れた者同士での祝い酒を交わそうかという頃合いに、記録係を務めていた女ギルド職員が英雄となった少女を呼び止めたのである。


 招かれて奥の会議室に入っていく十七才の少女と、少しだけ年上の記録係の女ギルド職員。

 そして……


「……!?」


「お気付きになられましたか? その花、ギルドの裏の広場にも咲いているんです♪」


 テーブルの上には、むさくるしい男たちばかりが集まるギルドという場所にはそぐわない、小さな紫色をした花が飾られていた。


 そしてその花に手を伸ばす、少しだけ年上の記録係の女ギルド職員。


「私、この花のどこか儚げなところが妙に気に入ってて……知ってます? この花の名前。失われた国の言葉で……」


「ええ……もちろん。私の名前と一緒ですから……」


 そう答えた十七才、竜殺しの勇者、救国の英雄はどこか寂しげな表情をしていた。


「……い、一躍ときの人ですね。それにクールって言うのかな、その落ち着いた態度、憧れてしまいます」


「私……がですか? なにを……」

「いえいえー、ご謙遜をー……」


 予想以上に微妙な空気が流れる。何とか取り繕ろうとするギルド職員。


「ど、どうぞお掛け下さい。今お茶をお淹れしますね。それともお酒のほうがよろしいですか?」


「ありがとうございます。気を使って頂かなくても大丈夫ですよ」


 コポコポコポコポ……


「どうぞ、お熱いので気を付けて……」


 ギルド職員はお気に入りの茶葉で淹れた紅茶を提供しつつ、テーブルを挟んで座った。


 カチャ……


「いただきます……それで改めて私に話というのは?」


「はい、それはですね……」


 そして対飛竜戦の検証記録発案者でもあった女ギルド職員は、英雄をわざわざ呼び止めてまで訊いておきたかったことを尋ねたのである。


「えっ……と、あなたは何故……」


 女性という身でありながら冒険者などという因果な商売を生業にしているのか、きっかけは何だったのか……と。


 後の冒険者たちの為だと言って、検証記録の必要性を訴え出た女ギルド職員。

 そんな彼女にはもう一つ別の目的があった。それがコレである。


 このうら若き女冒険者は何者か。

 飛竜を三体も討伐し、英雄などと呼ばれるようになる者とは一体どういった人物なのか。


 実力だけが物を言う世界に身を置く者の経緯など人それぞれ。それこそ人の数だけ理由がある。

 だがそうそう良い話は聞かない。

 いつ命を落とすかしれない稼業なのだから当然といえば当然である。

 女性ならば尚更な話だ。


 そんな者たちばかりが集まる中で、この自分といくらも歳の変わらない、まだあどけなさすら残す少女は三体もの飛竜を討伐するという、他に類を見ない偉業を成してみせた。


 そんな者の過去とは一体どういったものであったのか、どのような過去の持ち主ならば、これほどまでの高みに至ることができるのか。

 彼女を突き動かすものは何か……


 記録係の女職員は職分を越えて性分として、好奇心を掻き立てられて止まなかったのである。


 ーーーガチャン


 その時、少女が持つカップの取っ手がとれて、ソーサー代わりに使っていた皿の上に落ちて割れた。


 テーブルの上に淹れたばかりの紅茶が飛び散る。


「!?」

「いま拭くものをっ……」

「ああっ私ったら、割ってしまってごめんなさ……っ!?」


 英雄となった少女は慌てて自分でどうにかしようとして、陶器の欠片で指先を切ってしまっていた。


 英雄の指先にじわりと赤い血が滲む。


「いけませんこれをっ……手を出してください」


 女職員は濡れたテーブルに布巾をばらまきつつ、少女の切ってしまった指先を確認しようとした。

 そしてその手のひらに、古い十字の傷が刻まれているのを見たのである。


「え……!?」


 それは女ギルド職員にとって、かつてどこかで見たものであった。

 

 割れたカップ。

 その陶器片のかたわらに、ポタリと一滴、彼女の赤い血が落ちた……

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