第三章 その4 同郷の新人冒険者 (前半)

第三章 その4 同郷の新人冒険者



 パチンッ……パチ……パチパチ……


 ここは暗闇の草原。

 木陰に焚火の明かりがポゥと浮かび上がっている。


「その手のひらの傷は冒険者時代のものですか?」


 焚き木をくべる際に一瞬だけ見えた利き手の傷。確かに女の右手には只事ではない古い傷跡が刻まれていた。

 十字の形をした古傷。それを見て訊いてきたのは、新人ばかりの冒険者パーティーのリーダー、スカサハだ。


「そうだけど、あなたまだ起きてたの? いいから寝ておきなさい」


 慣れた手つきで火の番をする二十代そこそこの黒髪の女が答える。

 使い込まれながらも手入れが行き届いた革製のレザーブレストが、彼女の経験値の高さを物語っている。


「でもオリンピアさんも少しは休んでおかなくちゃ……」


「人の事はいいの、私は少しくらい寝なくてもへいちゃらだから」


「わかりました。ではそうさせて頂きます……」


 そう言ってようやくスカサハは眠りについた。


 細身のわりに筋肉質、リーダー気質の戦士スカサハ。

 傍で同じく横になっている整った顔は、レンジャーの小弓使いディムナ。

 向かい側には、そばかすの所為で少々損をしている感のある女シーフのデイジーと、あと少し成長したら誰もが羨むほどの美人さんになるであろう、女剣士のジャンヌ。

 同郷の新人冒険者四人パーティー。

 村を飛び出してまだ一年と経っていない、これからの子たちだ。


 一人年上のオリンピアはそんな彼らに、やむなく同行する形となっていた。

 なぜなら元が付くとはいえ先達の冒険者だった者として、彼らを放っておくわけにはいかなかったからである。


 もしも今回のクエスト、この若者たちだけで行かせていたら十中八九命を落とし、生きては帰ってこられなかっただろうから……


 パチ……パチンッ……


 くべたばかりの木の枝のはじける音が、夜の闇に静かに響いている。



 事の始まりはその日の午前中。

 オリンピアが農場で収穫した野菜を市場と取引先の食堂に届け、売り物にならない二級、三級の品を昔世話になった冒険者ギルドにお裾分けに行った時のこと。


 食堂側のカウンターに野菜かごを乗せ世間話に花を咲かせていると、入口の扉が勢いよく開け放たれ、駆け込んできた若者がいきなり大声で喚いたのである。


 水を一気に飲み干し一息着いた若者によると、ここから二日ほどのところにある村、深夜にそっと森からやってきたゴブリンの集団、二つの家族が寝込みを襲われ父親二名と母親一名が死亡、もう一人の母親と子供二人の計三名が攫われた。

そのうちの一人が姪っ子なのだという。


 冒険者の助けがほしいとのことであった。


 しかし折り悪く、王都方面でオークに対する大掛かりな反攻作戦があるとかで、熟練の冒険者たちは軒並みそちらに駆り出された後だったのである。


「困りましたねー……」


 頭を抱える若い……というか若すぎる、まだ半分子供と言えなくもないギルドの受付職員。

 関係者の親類縁者であろうか。普段からはあまり見ない顔。


 だがこんな見るからに半人前の職員が受付に向かっているぐらいである。

 反攻作戦とやらに駆り出されたベテランは、冒険者だけではなかったらしい。


「そんな……冒険者を頼ってここまでやってきたっていうのに、熟練の人たちがいないだなんて……」


 そこで応えたのが遠巻きに様子を覗っていた、こちらもまだまだ新人の域を出ない、スカサハ達だったのである。


「おいおい、ここには俺たちだっているっていうのに、頼りになるヤツがいないってのはあんまりな話だな……なぁあんた、俺たちでよければ力になるぜ。皆も文句はないだろ?」


 互いに顔を見合わせる他のパーティーメンバーたち。


「そうね……まあゴブリン相手なら経験もないこともないわけだし……」


 そう答えたのは女剣士のジャンヌ。デイジーとディムナもそれに続いた。


「……うん、案外いい機会かもね」


「上に行くならいつまでもつまらないクエストばっかりってわけにもいかない……か。人助けでもあることだし、ここはリーダーの判断に任せるよ」


 快く頷く三人。


「よっし、じゃあ決まりだな」


 ここのところ郊外の巡回と採集のクエストは、大抵このパーティーが受け持っていた。

 報酬は少ないが危険も少ない、比較的安全な新人向けのクエスト。

 足りない分は別で補う。


 例えばそれは角うさぎやボアといった害獣の類の駆除。

 本来の採集任務に加え、索敵に狩り、捕えた獲物の解体処置と、総合技術の修練にもなって丁度良い。


 彼ら四人は今日あたりその依頼が重なると見込んで、そしてあわよくばダブルで受けようと、今日日きょうび珍しく一朝イチからやって来ていたのである。

 そこに飛び込んできたのがこの話、ゴブリン相手の緊急クエストであった。


 そして名乗りを挙げた。


「力になってくださるのですか……?」


 若者の目に涙が溢れる。


「わあっ♪ 皆さんが受けてくださるならギルドとしても大助かりです。では正式に受注致しますんで、ゴブリン相手の救出任務、皆さんがんばってきて下さい。村の若者さん、良かったですね。えーと依頼料についてはですねー……」


 ギルドの若い受付職員がサクサクと話を進めていく。

 巡回と採集のクエストは別に急ぐことはない、問題はないと考えてのことだ。


「ちょちょちょ……待ちなさい。あなたたち正気?」


「……え?」


「聞くとこの子たちまだ新人じゃない。こんな危険なクエスト、新人なんかに任しちゃだめよ。死んじゃうわよ?」


 その時、少し離れたところで聞いていたオリンピアがあまりに堪りかねて、纏まりかけていた話に割って入った。

 そして若いギルド職員を嗜めたのである。


「でも生憎とベテランの方たちは出払っていていませんし、相手はゴブリンですよね? 彼らも経験ならあるって……」


「私たちならゴブリンの経験ありますよ? それにいつまでも新人って言っていられませんし、任せて頂いて大丈夫です!」


 腰に細みの剣を下げたジャンヌが答えた。それを横目でちらっとだけ確認するオリンピア。

 すぐに視線を戻す。


「……それでもギルマスなら、きっと許可しないと思うわよ?」


 どうもこの新人四人、というか若いギルド職員も含めてだが、相手がゴブリンと聞いて甘く見ている節がある。

 調子付いてきた駆け出しが陥りやすいアレだ。

 物事を良く知っているギルドマスターなら、新人だけのこのパーティーに許可など出そうはずがない。


「もしかして疑われてるのか俺たち……? いや本当だよな? どこだったかの村の防衛レイドクエストに参加して、ゴブリン追っ払ったことあるよなあ?」


 うんうん、とリーダーの言葉に頷く三人。


「はぁぁ……いいこと? 良く聞きなさい。新人のこの子たちがナメて掛かって大変なメに遭うのは自己責任だとしてもよ。仮にもギルドの受付嬢たるあなたはそれじゃ済まされないわよ?」


「やだなぁ、そんな怖い顔しないでくださいよ。えーと、オリンピアさん? そりゃあ冒険者稼業ですからゴブリン相手だって安全は保障されませんけど、いくら新人だからって下手うって、怪我して帰ってきた後のことまでは面倒みる気ありませんよ?」


「何言ってるの、怪我だけじゃ済まないから言ってるのよ……そこの村から来たってあなた、もう一度訊くけどゴブリンはどこからやってきたって言ったっけ?」


「え……? 森からですが……」


「そこの新人四人、あなたたち森でゴブリンと殺り合ったことはある?」


 傍から見れば実に不遜で、偉そうにしか見えない態度のオリンピア。


「さっきから黙って聞いてりゃ……だからゴブリンとの戦闘経験ならあるって……おばさん、さっきから一体何なんスか」


 後から勝手に割り込んできたかと思えば、こちらを指して新人新人と連呼。

 どれだけギルドに顔が利くかは知らないが、見れば一介の農業関係者。

 こちとら武器を手に命を張る冒険者である。


 一般人に舐められたと勘違いしたスカサハが、年上のオリンピアに食って掛かった。


「質問には正確に答える! 森の中でゴブリン相手に、命のやり取りをした経験があるかって訊いてるの!」


 喧嘩腰に出てきたスカサハに対し、微塵も怯む素振りを見せないオリンピア。

 その態度が火のついたスカサハに更に油を注いだ。


「ざけんなよ……俺たちがゴブリンなんざに遅れをとるわけ……」


「ちょっとスカサハ、お願いだからアンタは少し黙ってて!」

「ディムナ、頼める?」

「ほらあなたはこっちきて頭を冷やす!」


 不穏な空気になりかけた途端に、女の子二人が若いリーダーの首根っこを掴んで引っ込ませた。

 少々強引気味のジャンヌに、やや遠慮がちながらもそれに倣うそばかす娘のデイジー。


「……?」


 こんな時に言ってる場合ではないが、そこだけ見れば微笑ましくもある、若い時分に時折り見られる甘酸っぱい人間関係。

 ほっこりするような初々しい姿。


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