第三章 その4 同郷の新人冒険者 (後半)

 ともすれば少々喧嘩っ早いリーダーに代わって、普段あまり前にでることのない狩人姿の青年が入ってきた。


「仲間がすみません。それで……もしかして森のゴブリンって特別強いとかあるんですか?」


「……そうね、別に強くはないわよ。あ、ちなみに私はあなた達の元ご同業、つまり先輩ってわけ。引退はしてるけどね」


「……!?」


「それは……うちのリーダーが生意気な口をきいて失礼しました。でも強くないなら何が問題なんです?」


「強くないから問題なの……って言っても解からないか。あなた、そのナリからしてレンジャーのようね」


「……はい」


 そしてディムナを頭の上から足の先まで値踏みするように流し見た。


「……経験はまだまだみたいだけど」


 一瞬だけむっとしたディムナだったがその通りだったので態度には出さなかった。


「確かに僕たちが経験不足なのは事実ですけど、助けを待っている人がいるんです。放ってはおけませんよ」


「……まぁ、そうよね」


「なら……ゴブリンが恐くないなら何が問題なのか、そのあたりを教えては頂けませんか?」


「恐くない……か。そうね……あなたたち四人、今すぐ森のど真ん中にほっぽり出されたとして、どれくらい耐えていられる?」


「そうですね……僕なら一週間くらいは何てことないですけど、他の三人は嫌がるでしょうね」


 少しだけ考えるフリをしてから答えるディムナ。

 彼は仮にもレンジャーの端くれ、森での活動などお手のもの。

 狩人姿の好青年は質問の内容より、その意図の方が気になっていた。


「言い方を変えるわね。どのくらいまでなら五体満足に生きていられる?」


「(今なんて……? 生きていられるかだって……?)」


「ディムナ言ってやれっ、お前なら幾日だって余裕だろっ!」


 いくらなんでも馬鹿にし過ぎだ。レンジャーならそんなもの余裕に決まっている。


「ちょっとスカサハ、あんたは口を挟まないっ!」


 ジャンヌに強めに小突かれるスカサハ。

 ディムナは今度は少しだけ真剣に考えてみた。だが質問の真意がイマイチ見えてこない。


「そうですね、健康状態までも考慮するとなると、一ヶ月くらいが……」


「まだ勘違いしているわね。根本的なところが理解できていない。いーい? あなた達が向かおうとしてる森は、故郷の見知った森じゃないのよ?」


「……?」


「熊、猪、狼はもちろんのこと、それ等すらをも襲って喰らう危険極まりない魔獣が徘徊する森の中で、どれくらい無事でいられるのかってのを訊いてるの」


「……!?」


 オリンピアの目は真剣そのものだった。

 スカサハを抑えるデイジー、ジャンヌ、両名の手から力が抜ける。

 二人も気付いたようだった。


 熊をも襲って喰らう……


 五体満足とは何も怪我や健康状態のことを言っているわけではない。

 もちろんそれも含めてのことだが、五体とはリアルに頭と両手両足、四肢のこと。

 それらをどれくらいまで失わずにいられるかと訊いているのだ。


 これはただの生存技術だけの話ではない。

 ゴブリンがいる森とはつまり、他にも危険な魔獣がいるということ。

 そんな森の中でのサバイバル。

 なにも相手はゴブリンだけとは限らない。

 少しの油断も許されない、迂闊なものを口にして体調を崩しただけでも他の魔獣猛獣の餌食となりえる、常に死と隣り合わせの厳しい環境。

 ゴブリンのいる森、その意味に。


「どう? 私が言ってた意味が少しは理解できたかしら、レンジャー君」


「はい……一週間、それ以上は帰還できない可能性が無視できないものとなる……」


「少しは理解できたようね」


「……はい」


「でもようやく半分てとこね、まだ全然足りないわ」


 オリンピアは更に続けた。


「……一日。たった一日がいいとこよ」


「え……?」


 一日と言われて驚くディムナ。

 そこに状況を理解しないスカサハが割って入った。


「おい、どういうことだよ? それがたかがゴブリンとどういう……」


 それを無視して続けるオリンピア。


「あなたさっき、ゴブリンが強いのかって訊いたわよね。答えてあげる」


 そしてオリンピアは全員に向けて言い放った。


「皆も良く聞きなさい。彼らはね、少しも強くないの。でもね、そこのレンジャー君が一週間と言った森の中で、彼らは生存競争を勝ち抜いているの。それこそ戦闘能力に欠ける雌や幼体を守りながらね。一体どうやって生き抜いていると思う?」


 ゴブリンの住まう森、それ即ち魔獣が生息する森でもある。

 だからといってゴブリン達はべつに他の魔獣、野獣の類と仲良しというわけではない。

 脅威となりえる存在がいるなかで狩りを行い、罠を用い、時には脅威の存在そのものを獲物として狩って生きているのである。


 ここまできてようやく頭に血が昇っていたスカサハも気が付いたようだった。


「戦士階級のゴブリンとあなた達を比べたら、確かに戦闘面ではあなた達の方が上よ。

体格からして違うのだから当然、一対一の戦いならまず負けないでしょうね。でもね、断言してもいい。決してそういう状況にはならない」


 ゴブリン達は人間の村を襲ったことで当然、仕返しを警戒している。


「のこのこと森に入っていったあなた達はゴブリンどもの警戒網に引っ掛かり、突然射掛けられる。運の無い一人は初撃で致命傷を受けてそこで終わり。手傷程度で済んだ残りは仲間の救出を諦め、警戒網から抜け出そうと逃走を図る。でもそれすらも罠。まんまと獣用の罠が仕掛けてある所まで誘導されて袋の鼠。あなた達はこんなはずじゃなかったと思いながら、ゴブリンの姿すら拝むことなく死んでいくの」


「……ッ!」


 ゾッっとするというのはこういうことを言うのだろう。

 新人の四人全員が、自らが死ぬ最期の光景を見たような気がした。


「そもそも質問からして間違ってる。どちらが強いとかじゃない。脅威か脅威じゃないか、危険な存在なのかどうかを訊かれていたら私は間違いなくこう答えてる。彼らは恐れるべき相手。そこらの野獣や魔獣を狩るのとはわけが違う。相手は集団で生存戦略を行う知的生命体。加えて言えば舞台は相手のフィールド。勝てる要素があるなら教えてもらいたいくらいよ」


「……」


「これは私個人の経験則だけど、森に拠点を置くゴブリンの戦士階級は皆、レンジャー系技術中級以上よ。森の中での活動・探索においてレンジャー系技能がどれだけ重要なのかは理解しているわよね。つまり森の中では、あなた達は彼らよりはるかに格下のひよっこってわけよ。それが何を意味するかぐらい分かるでしょ?」


 オリンピアは更にまくしたてるようにして続けた。


「つまり一方的に狩られる存在なのはあなた達の方だってこと。そんなとこにのこのこ入っていったらいつ射掛けられるか分からない。その脳天めがけていつ矢が飛んでくるか分からないのよ? あなたたちにそれを察知できる? どう? 怖いでしょ」


「……ゴクリ」


 ディムナのこめかみを指差してここぞとばかりに語るオリンピア。

 ぐうの音も出ない経験の浅い四人。


「そんな……」

「でも俺たちゴブリンなら相手に……」


 ここからはもうオリンピアの独壇場であった。


「村の防衛レイド戦って言ってたわよね。まだはっきりとしたことは分かってないけど、私が思うにあれはいわばゴブリンの負け組。生存競争に敗れて傷ついた弱者の集団。何かしらかの理由で拠点を失い、放浪するはめになった者たちだと推測される」


「でも生きていく以上、腹は減る。餓えに苦しむ非戦闘員を食べさせなきゃならない。しかし住処を追われた時点で集団としての戦闘力はさらに低下しているはず。まともに狩りもできやしない」


「そこでやけになったリーダーが群れを守るため、食糧を求めてヒトの住まう村をダメ元で襲うの。それは言わば敗残兵、手傷を負い腹を空かせた万全ではない者たち。あなた達が相手をしたのはそんな者たち。追い散らせて当然の相手」


 そこには役に立たなくなった仲間を間引くという意味も込められているのかもしれない。

 しかし今回の相手はそれとは違う。


「今回、森のゴブリン達はヒトの村を襲い女性ばかりを攫っている。食糧ではなく生身の人間。ねぇ、そこのあなた、村の食糧には手もつけられていなかったんじゃない?」


「はい、何ヶ所かある村の食糧庫は全くの手付かずでした……」


「……つまり食う物には困っていない。獲物を狩る能力は十二分に足りてるってことよ。じゃあなぜ人の村なんかを襲う? 女性ばかりを攫った理由は何?」


「その答えはこう。ゴブリンはヒトと生殖してゴブリンの子を産ませることが確認されているの……」


「……え?」


「ここからは完全に推測の域になるけど、例えば戦士階級が出払っている間に、巣に魔獣などの驚異的な存在の侵入を許してしまった。それが原因でゴブリンの女子供に多大な被害が出てしまっていたとしたら……?」


「つまり集団としての存続に深刻な問題が生じたのではないかと思うの。だから女性ばかりを攫った。大きな声じゃ言えないけどその目的は……」


 オリンピアはチラリと村の若者の方を見た。


「……」

 言葉も出ない関係者たち。


「……まぁ、種の存続の為ね」

「ああああぁぁぁぁ……」


 呻き崩れる助けを求めに来た村の若者。


「正直、生きているかは五分と五分ね。ゴブリン自体に女性たちを害する理由はない。子を産んでもらいたいのだから逆に死なせてしまっては元も子もないもの。でも人の身ではその仕打ちには耐えられない。助けに行ったら、自ら命を絶ってしまった後だったなんて事も珍しくないらしいの」


「ああぁぁ……うぅぅぅ……」


 二日もかかる街まで、すがる思いでやってきた村の若者の顔に、再び絶望の影が射し込む。


「私は伝えるべきことは伝えたわ。後はあなたたち次第。早く駆けつけられればそれだけ生存率は上がるけど、話した通り大変な危険が伴う……」


「さあどうする? あなた達にそれを知って尚、命を危険に晒す覚悟はある?」


「……」


「おば……ん、先輩には悪いですけどそんな話を聞かされちゃあ、尚更行かないわけにはいかないな」


 そう答えたのは冷静さを取り戻した若きリーダー、スカサハだった。


「……リーダーの決定に従うわ」

 俯いたままそれに応えるジャンヌ。


「そうね……助けを待ってる人がいる」

「……ですね」


 デイジー、ディムナが続いた。ギルドの若い受付職員が心配そうに三人を見つめる。


「皆さん……」


「まあ冒険者のはしくれである以上、そうでなくちゃあ……ね。はぁ、行き掛かり上しかたないか」


「……?」


「あなた確かロマーニ村って言ってたわよね。この先に農場があるから悪いけどちょっと寄り道してもらうわよ?」


「……?」

「それってどういう……」


「義母に娘のことをお願いしなきゃならないの。昔の道具も取ってこなきゃだし……少しくらいなら時間もらってもいいでしょ?」


「それって……!?」

 重かった場の空気が一瞬でパアッと明るくなった。


「いっ、一緒に来てくれるんですか? さ、さっきはナマ言ってスミマセンした。俺、リーダー張ってますスカサハっていいます。戦士っす」


「ジャンヌです、よろしくお願いします。得物はコレです」


 急に頭を下げるリーダーのスカサハ。

 女剣士のジャンヌはオリンピアと握手を交わしながら、腰に下げた細みの剣に手をやった。


「……私はデイジー、シーフ」

 何故かまだ少し警戒ぎみのデイジー。


「ディムナです。本当に心強いです。よろしくお願い致します」


「まぁ、みすみす死にに行くのを放っといても寝覚めが悪いしね。オリンピアよ。一応、先達としての責任ぐらいは果たすつもりだから、そこんところヨロシク」


 オリンピア。彼女の話を聞く以上、かなりの経験の持ち主であることは明らか。

 それになんだかんだ言いながらも手を貸してくれるとは、新人四人にとってこれほど頼りになる話はない。

 事はかつて冒険者であったオリンピアが同行する形で、改めて纏まろうとしていた。


 その時である。


「あ……あの、私もついて行っていいですかっ!」

「え……?」


 突然突拍子もないことを言い出してきたのは、当初はそれと知らず、新人たちだけで死地に赴かせようとしていたギルドの若い職員だった。


「わ、私この方たちのこと、危うく死なせてしまうところでした。だから……ここで仕事をする以上ちゃんと知っておかなきゃって思ったんです」


「……志は買うけどそこまでする必要はないと思うわよ。さっきはああは言ったけど、あなたの年齢としじゃ知らなくて当然の話だし、所詮冒険者は自己責任。分かってる? 本当に危険よ? 誰一人として命の保証はできない。それでもついてくる気?」


「はい、分かっています……いえ、分かってなかったからちゃんと分かっておきたいんです!」


 確かにギルドの職員ならば、どれほどの危険かを承知しておいて損はない。

 ギルド職員が事情に通じていたなら、それだけ所属する冒険者の生存率も上がる。


 ギルドの若い職員の熱い想いが伝わってくる。


「あの、余計なお世話かもしれませんが、ギルドのほうは……?」

 当然の心配をするジャンヌ。


「弟がいるので大丈夫です!」

「あなたより下の弟っていくつよ……」

「私よりしっかりしてるくらいだから大丈夫ですっ!」

「そっか……うん、じゃ決まりね」


 こうして新人冒険者パーティーの四人に引退した元冒険者のオリンピア、それに見届け人としてギルドの若い職員を加えた六人が、このゴブリン相手の緊急救出クエストに挑むことになったのであった。

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