第二章 その12 決して逃れられぬ運命
第二章 その12 決して逃れられぬ運命
ここは砦の内側、開拓村の中央に位置する小さな噴水広場。
そこに集まるは、只ならぬ雰囲気を感じ取って何事かと外に出てきた、開拓移民や兵士のその家族たち。
一部は武器をとって戦うこともあるが、その大半は非戦闘員。
「何だ……何が起こっている?」
「騒がしいわね……何かあったのかしら……?」
「……東門の方で何事かあったらしいぞ?」
「嫌ねぇ、こんな夜更けに魔獣でも出たのかしら?」
「まじゅう? ねぇおかーさん、まじゅうが出たってホント?」
砦の東門に駆けていく兵士たちの姿が確認できる。
「……」
心配そうな顔でそれを見守る母親。
「おかーさん。わたしこわい……」
周りの大人たちの普段からは違う様子を見て、まだ幼い女の子は不安を募らせてしまった。
母親も我が子に強くしがみつかれたことで我に返った。
「大丈夫よ、ここには兵士さん達もいるし、お父さんもきっと頑張ってる。魔獣なんて入ってきやしないわよ。」
「……こう言っちゃなんだが奥さんの言う通りだな。ここを守る兵士は精鋭揃いって話だし、まぁ問題はないだろ」
「そうだぞ嬢ちゃん、砦の内側にいるぶんには危ないことはなしだ」
「ホラ皆もこう言ってるわよ。大丈夫、今まで一度だって魔獣に、砦の中にまで入り込まれたことはないんですもの」
「……うん」
周りの大人たちによって諭されて、無理やり心の奥底に不安を追いやる幼い少女。それでも母親の袖を掴む力は緩まない。
それも致し方ないこと。一度覚えた心細さというものはそう簡単に払いきれるものではない。
大人たちも大人たちで子供を安心させることで、心の奥底でざわめく言い知れぬ不安から目を背けようとしていた。
皆それぞれに砦の門の方に意識をやっている。
遥か彼方に見えるはずの丘は、夜の闇とこの霧の所為でよく見えない。
霧と闇が開拓村はおろか、心までをも包み込もうとしているかのような妙な感覚。
集まった人々はしばらくは心配そうに東門の方を覗っていた。
しかし時間が経つにつれ騒がしかった門の方も、次第に静けさを取り戻していったのである。
静寂が辺りを包み込む。
「……」
依然として晴れぬ言い知れぬ不安。
人々は知る由もなかった。今になって尚、晴れることのない不安の正体。
東門が静けさを取り戻した本当の理由……
「どうやら収まったみたいだな……?」
「な……だから言ったろ? ここの駐留部隊は優秀なんだ。心配する必要なんか最初からなかったんだよ」
「案外大したことなかったのかもな……はは」
「そ、そうね、静かになったみたいだし、もう安心してもよいかしら……」
「おかーさん、おとーさんだいじょーぶかな……?」
「心配しなくてもきっと大丈夫よ……ホラ、もうおうちに帰って寝ましょ?」
「うん……」
「明日、お父さんが帰ってきたら何があったのか聞きましょうね」
一抹の不安を抱える者もいるなか、人々は思い思いに村の広場を後にしようしていた。
母親も我が子の背中を押して、家に向かうよう促した。
その時である。
突風。
ビュンという音とともに、一陣の風が辺りを吹き抜けた。
被っていた頬かむりが飛ばされそうになって、慌てて手でおさえる母親。
押さえながら彼女は、風以外にも何か……何か確かなものがすぐ近くを凄い速さで通り抜けていったような感覚を覚えた。
「……?」
母子のすぐ近くを歩いていた男が足を止め、その場で立ち竦んでいる。
そこは丁度その何かが通り抜けていったような感覚を覚えた辺り。
依然として立ち竦む男。なかなか歩み出そうとしない。
「……?」
一方で腰から下が急に動かなくなってしまって立ち竦んいでいる男。
足を前に出そうとしているのに、何故か思うように動かない。
まるで何かに身体を乗っ取られてしまったかのよう。
何が起こったのか理解できない男。その男の胸にはぽっかりと大穴が空いていた。
男が動けなくなった理由はこれであった。
男が胸に違和感を覚え手を伸ばそうとした時、途端に男は意識を失った。
胸に大穴を空けた男はそのまま膝から崩れ落ち、前のめりに倒れ込む。
最初にその異変に気が付いたのは子供を連れた母親であった。
しかし今夜は新月、目が慣れたとはいえ辺りは闇に包まれている。
何かに躓いて転んだに違いない。きっとそうだと彼女は自分にそう言い聞かせた。
「おかーさん、おじさん転んじゃったよ?」
男は倒れたままピクリとも動かない。何か血のようなものが見える。
「……(ガクガク)」
震えが止まらない母親。
「……おかーさん?」
……ビュオッッッ
そこに再びの突風。
一陣の風が若い母親の頬かむりを闇の空へと舞い上げた。
後方から人の倒れるような音が聞こえてくる。それと同時に何かが……
ゴッ……ゴッ……ゴロン……
転がってきた何かが母親の足元のすぐ近くで止まった。その音から分かる。それはそこそこ重量のある物体。
例えばそう、人の頭くらいの……
嫌な予感しかしないとはまさにこのこと。
「ん……?」
確認しようとする娘を無理やりに抱き寄せる母親。意を決して足元に視線を落とす。
「ひッ……」
それは母親が想像した通りのものであった。
「キャアァァァーーーッ!!!」
ひときわ甲高い声を上げた母親は悲鳴もそこそこに大事な娘を抱え上げると、東門とは逆の方向に向かって走り出した。
そこに降り注ぐように飛んでくる幾つもの何か。
それが槍であることに気付くのに、それほど時間はかからなかった。
「キャーー……!」
「うわあぁぁーー……!」
そこかしこから遅れて同様の悲鳴が上がってくる。
次々と身体を貫かれて倒れていく村人たち。
彼らに死をもたらした槍はそのまま地面をえぐるようにして大地に突き刺さる。
その度に辺りに歪なクレーターが出来上がった。
家々からも次々と悲鳴が上がっている。
飛んできた槍は家の壁をも易々と貫いていた。
槍は家の中で縮こまる者たちの命までをも奪っていたのである。
辺りは阿鼻叫喚の坩堝と化していた。
そんななか、娘を抱いて一心不乱に駆け抜ける母親。
「どうか……神様……」
百発百中の閃光の如き槍。悪夢中の悪夢。
それはひとしきり村を蹂躙した後、悲鳴が全く聞こえなくなった頃にやっと収まった。
言い換えればそれはつまり、悲鳴を上げられる者が一人もいなくなったことを意味していた。
娘を抱えて神に祈りながら必死に走っていた母親。残念ながら彼女もまた例外ではなかった
。我が子ともどもに胸を貫かれた母親は、娘を大事そうに抱いたままあの世へと旅立っていたのである。
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